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彼女の夜の呂律

呂律が回っていない金澤さんが、もう一杯、と呟いて、それを受けた僕はハイボールを注文する。
金澤さんはすでに10杯近く飲んでいるから、もう許容量を超えているに違いないけれど、それでも潰れずに飲み続けいているから偉い。
いや、阿呆だ。
呂律が回っていないけれど金澤さんは、ある夜について延々と語っている。
同じ話の繰り返しで、僕ももう覚えてしまった。
その話はこうだ。

その夜、私はしらふで、よく晴れていて星がかすかに見えたような気がする。
街を歩いていた、ずいぶん久しぶりにしらふで歩いているなあ、と思った。
前を歩いている人に、片思いしていたからきっと飲んでいなかったんだろう。
その人は無口で、私と違ってかなり飲んでいたものだから、私は介抱するつもりでついて歩いていた。
けれど、私のことなんか知ったことか、とずんずん歩いていくので、少し腹が立っていた。
別に、酔っ払っていたって、自分を慕ってついてきている後輩に対して、少しぐらい気にしてもいいじゃない。
ちょうど国道沿いのローソンに、徐に立ち寄ったその人は、急足でトイレに駆け込み、盛大に吐いた。

私は背中をさすりながら、水いります?ときいた。
いらない、とだけ答えた。

すぐに店を出て、その人はふらふら歩きながら、泣いていた。
なんで、と思ったけれど、その人にはその人なりの理由があって、泣いているんだと思った。
星が流れて、私も泣きたくなった。


それからどうなったんですか?と僕は金澤さんに聞いたけれど、その先は教えてくれていない。

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