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延長

週に1回、昼休みに「みんな遊び」という、クラス全員と、担任の先生で外遊びをするというイベントがあった。
外は冬にしては暖かく、風が吹かなければ寒くはなかった。小学校の隣にある正体不明のビルが反射した光が、窓際の僕の席にちょうど刺してきて、それで誰もいなくなった教室が余計に拡大された気がした。
みんなが外に出たことを確認してから、僕は特に意味なく自分の席に座った。しんとした教室の中で、僕は僕で外遊びを楽しんでいた。黒板の上にかかった時計の秒針を見て、今度秒針が12をさしたら教卓へ向かおうと決めた。
僕は、秒針が12をさしてから1秒間を置いて席を立ち、教卓へ向かった。思いつきでやった行為だが、3秒前の自分とテンポをずらすことで、昼休みがすこし間延びすることを知った。知ってしまったから、この時しか使えない技となってしまうだろう。外では、クラスのみんながドッヂボールをやっていた。先生はいないらしかった。
教卓に着く前に、黒板の横の掲示板に見たことのない写真が貼られているのに気がついた。僕は歩く方向を変えて、写真の方へ向かった。昔の校舎の写真だった。今の校舎とは、どこか違うような気もする。しかし、天気は今日とよく似ていて、雲の形から空の色味、風の冷たさまでそっくりなようだった。
今の校舎は、どのような形だっただろうか。急に気になってきて、僕は誰かに気を使うようにひっそりと廊下へ出て、階段を下った。踊り場の窓から空の色を確認して、余計に校舎を見たくなった。
校庭へ近づくにつれて、全員の声が大きくなっていく。昇降口は開け放されているのに、音の壁によって、尚も扉が閉まっているようだった。外の色味が淡いことが、いっそう音の壁の色味を濃くした。
校庭へ出た。僕にとってそこは室内だった。人々によって作られたぐにゃぐにゃの廊下を辿っていって校舎から距離をとる。
なるほど、こんな形だった気がする。昔よりも階数が増え、渡り廊下もできていた。薄汚れた銀色のパイプが隠れるように這っていて、それが壁のざらつきと酷く調和していた。あれが、昼休み中の僕の「外」だということに寒気がした。多分風が吹いたからだ。
風が吹くと、次第に旧校舎の形が消え始めた。僕はゼロから旧校舎を作り直したが、うまくいかなかった。完成した旧校舎には、何度やっても銀色のパイプが絡みついた。
僕は廊下を走って、昇降口へ向かった。旧校舎が、完全に新校舎に書き変わる前に、あの写真を見なくてはいけなかった。途中、秒針が12へ近づく様子をイメージしたが、時間はやはり、ゆっくり流れてくれなかった。
下駄箱に辿り着く。何人かの女子生徒が上履きに履き替えていた。階段を上る途中、先生1人と4人の男子生徒とすれ違った。それに安心している自分が憎かった。外遊びは終わろうとしている。
教室に戻って、すぐに掲示板を確認した。旧校舎の写真があった。この写真の、このままを目に焼き付けようとしたが、写真から目を逸らすと、やはり銀色のパイプが走る。銀色のパイプと、ざらついた壁と、渡り廊下。何人かの女子生徒。先生1人に、男子生徒4人。次第にはっきりとしていくそれらが、僕がまだここにいる当面の理由になってしまった。卒業式を思い浮かべたが、うまくいかなかった。

「なあ、次からは、ちゃんと参加しような。」
教卓には、いつの間にか先生がいた。
教室の後ろに飾られた、金色のシールが貼ってある習字を見ながら、先生はぼんやりそう言っていた。

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