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トイレへ逃げこむ人(石田徹也の絵①)


石田徹也の絵です。
いろんな絵があるのですが、静岡県美術館の所蔵する絵のなかで三つ選びました。
最初はこれにしてみます。

初めて石田徹也のことを知ったのは、毎週NHKでやっている「日曜美術館」の番組でした。

YouTubeで見たほうが話が早いと思います。この回は神回です。

私の理解になりますが、芸術大学を出た後、道路工事などのアルバイトをしながら、自宅のアパートで絵を描き続けて、注目され始めた矢先に不慮の事故で亡くなってしまったという、早逝の画家です。

惜しい。ほんとうに惜しまれます。

日曜美術館の放送の後、練馬美術館の展覧会で石田徹也の絵を初めて見たのは、まだ私も30代の頃。
この絵もそうですが、少し可笑しな感じでとらえてました。
漫画チックなので笑えるし、「気持ちはわかるよ、けどそんなに逃げなくても」的な。
とても繊細なヒトなんだろうな。
気持ちはとてもわかるよ。

ただ、当時繁忙部署にいて申告した残業時間を削られたり、
鼻持ちならない同僚がいたり、
少しずつ組織人であらねばならないことに疑問が沸きはじめていた頃でもありました。

それに、実は自分って、子供の頃から競争社会で背伸びしてきて、実はあんまり働くの好きじゃなかったんです。

アルバイトなんかも、接客とか極力避けたりして。。

昔は、友達が持ってるものは、全部欲しくて、ハングリー精神とモテたい気持ちは自然と身に付いており、働くのが好きではないのに、頑張れちゃってたんです。
結婚前でもありましたし。。

限度を超えて働かされたのに、正当な報酬をもらえなければ、当然疑問は沸くわけで。。

ん?失われた30年なんだから仕方ないって?確かに。。申し訳ありません。。

でも、もうその頃から残業代をケチるような、情けない国になりつつあったのですよ。ニッポン株式会社。

鬱屈した思いを抱えながら、惹き付けられるままに展覧会を見に行ったのだと思います。

この便器、レールの上を走っています。その後ろに、多分同じ会社の上司か同僚か、追いかける人の影と手がみえますね。逃走中のようです。

トイレは、逃避先の象徴で、会社の人は、逃避を許さない社会の掟なのでしょう。単なる役割関係にしか過ぎないはずの先生と生徒、先輩後輩、上司と部下などの社会契約が、ピュアな人にとっては重い呪縛、束縛にみえるわけです。

石田の場合は雇われ人として制服やスーツを着て、ネクタイを締めて、コンクリートジャングルに朝から夜中まで拘束されるような生活は、義務教育時代だけで充分だったのでしょうね。

私はかれこれもう40年間も束縛されていますが。。

世の中を回してゆくのに、従順な雇われ人は必要な人です。要望に的確に、確実に、迅速に応えられる人材、悪くいえばへータイがいつの時代も必要です。

自分がよく行く店に、そんな人材がいなければ、ろくでもないお店になってしまいます。「ヘータイ」を自分も求めてしまうわけですから、始末に終えない。

悲しいですがそれが現実です。

ただ、残念ながらヘータイはいくらでも代えがいるのです。それは中間管理職も同じです。ロシア軍や大組織をみていると、よくわかります。司令官でさえも例外ではありません。

あまり幻想に入れ込んではいけません。

もしかして、恥も外聞もなく、便器に乗ってとっとと逃げ出すほうが、利口なのかもしれません。

ただ、逃げるのはいつでも可能。
もう少し、もう、すこし。。
悔しい気持ちがある限りは。。

逃げ出したくなったときに、ふと眺めたくなる絵です。




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