半隠遁日記(10月)

     (日記シリーズです)


【諦め】

半隠遁を気取って、はや7か月目に。

人それぞれの 人生の諦め方。
組織に対する承認欲求を減らしてゆく。

欲張らない、あまりがんばらない。
組織にとっては、代わりになる人は、いくらでもいる。
置かれた場所で、大過なくやってくれればいいポジションが実は多い。

総務でも、経理でも、本部でも支部でも、大差はなく。

もう、他人と比べたり、競争して、勝った負けた と一喜一憂せず。

組織からの卒業も視界に入る歳が近づく。退職で自分の居場所は組織には完全に無くなる。潔く諦めるべし。

マッカーサーは、ファシズムに勝利した業績が歴史に残ることを、「死なず」と表現しつつ、ただ、誰しも最後は去りゆくという諦念を述べたものと思われます。

同感。
さらに、虚無主義者は、業績さえもいつかは歴史に埋もれ、消え去るのみだと云うのでしょう。同感。

奉公分の御恩は、充分頂いたのです。

今後は、組織への片思いを断ち切り、気持ちを切り替え、別の居場所を確保しなければなりません。

早ければ、早い方がいい気がしています。

世間的にある程度のことをなしとげたあとに、あるいは自分の能力と仕事を見限ったときに、あるいは出世ゲームが心底虚しく感じられたときに実践するのがいちばんいい。

『人生を半分降りる』中島義道

【経済的自由】


隠遁とは、独りで、世間との関係を極力断ち切り、自由きままに生きていくというイメージがあります。

聞きかじりや推測に過ぎませんが、経済的自由を有した者の隠遁に憧れます。

鴨長明は荘園を、松尾芭蕉は確たる収入源を、きっと持っていたのだと思います。

良寛さんは、健康なうちは独りでボロ家に住み、托鉢を行ったり、寄進を受けて生活の糧を得ていたようです。

山頭火ほどになると、困窮し、寄生し、その日暮らしのような感じであったようです。

経済的自由に近づけたほうが、楽に暮らせると考えます。いまなら、FIREですね。

半隠遁は、経済的な自由を得ていない者が、日中は雇用労働に勤しみ、拘束時間以外はなるべく自由キママに行動するという考え方に立脚しているものと私はとらえています。

逃避的に社会と関わる正直な人の姿なのです。

BRICSやASEAN、アフリカの台頭と欧米の没落。日本の稼ぐ力は減退し、円の価値も下がり、財政は破綻に向かっています。

厳しい時代が待っています。
経済的な自由を得るべくみな足掻いていますが、投資には才覚が必要です。

経済的自由を得ることは至難の業だといえるでしょう。

【胸を張る】


隠遁者への あこがれ は薄れたり、高まったりします。
今は薄れています。

きっかけは、家族のインフルエンザ罹患でした。

抗インフル薬や適切な栄養(豊富な食糧)、文明の利器(エアコン、アイスノンなど)がなければ、おそらく我々家族は、とてもヒドイ目にあっていた可能性が高いことを実感しました。

やはり社会を維持発展させるために、サラリーマンが必要なのです。

総務部だったり、営業部だったり、管財だったり。所詮歯車やネジであっても。

家族のためにも、隠居生活のためにもなるべく稼ぎ、同時に社会維持に一定の貢献をなさなければならないのです。
言い方を変えれば、私が働くことで、幾ばくかでも社会の役に立っていることに思いを馳せていいのです。胸を張って自慢します。

【多忙の功罪】

忙しいほうがいい人がいれば、忙しいのがイヤな人がいます。

若く、希望に満ち、これからぐんぐん成長してゆく者は、忙しいほうがいいに決まっています。

仕事を覚え、潜在能力を開花させるためには、極限まで忙しく働いたほうが良いのです。事務能力、調整能力が格段にアップするからです。

昇進すれば、収入にも直結するわけですしね。

しかし、隠遁に向かう者は、逃避的に勤しむわけですので、忙しさは残業や休日出勤の原因になるので、避けるべきだと思います。

自分の好きなことに時間を使う。
イヤなことに時間を使わない。

残された時間は、赤の他人や悪の他人のためではなく、自分や、身近な人々のために使いたい。

【収穫】

隠遁の準備期間に決まりはありませんが、7ヶ月が過ぎました。

種を畑に撒き、農民の真似事をはじめました。

経済的自由の獲得は夢の話です。
私の場合、支出を極限まで減らす生活を志向せざるを得ないとずっと考えています。

食も自給率を高めて。

まだ家庭菜園以上のことは全く出来てはいませんし、恥ずかしさもありますが、いつか書いてみたい。
















 
 




この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?