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「口は災いのもと」ってよくいうじゃないですか。うっかり何かを言ってしまうと、それがもとで災いが降りかかることもあるから発言には十分気をつけるべきであるっていう。
俺、あの音がまた聞こえた時に「やっちまった」って思ったんですよね。
外から聞こえてきてるはずなのに、耳の内側に無遠慮に居座ってくる、あの音。
発端は…そうですね、駅前の書店の近くを通った時でした。
急に呼び止められたんです、何かの小冊子?のようなものを配っている女性に。
俺は基本的にそういうものは受け取らないんですけど、その人から妙な押し付けがましさを感じて断れなくて。
気づいたらそれを持って歩いてました。
それでその後、電車に乗ってる時に見てみたんです、それ。
さっきも言ったんですけど、小冊子でした。
大きさはスマホくらいで、ポケットなんかにすっぽり収まるくらい薄い本でした。
タイトルは… すみません、よく覚えてないですが、なんらかのアンケートって書いてありました。
変だなとは思ったんです。
だって普通、アンケートだったら回答を集めるはずですよね。
なのに俺はその人に受け取りを押し付けられて。
渡した後に何をしてくるでもなかったんです。
今思い出すと、まるで渡すところまでが義務みたいな印象でした。
それでその冊子を開いたら、中身は全然アンケートでもなんでもなくて。
その章のタイトルから察するに、音声ファイルの書き起こしを印刷したものみたいでした。
ほら、画像や動画のファイル名って、未編集だと何年何月何日の何時何分って数字の並びの時ありますよね。あんな感じでした。
どうやら話をしている人は、何人かで肝試しに行ったみたいです。
その翌日に、一緒に肝試しに参加した杏って人が行方不明になった。
だから参加者が1人ずつ、当時の肝試しの状況とかを誰かに説明している雰囲気でした。
それで… 3人目を読み終えたくらいだったと思いますが、音が聞こえてきたんです。
今も耳に残り続ける、あの音。
蝉の声でした。
電車の中で読んでいるはずなのに、蝉の声がどこからか聞こえてきて。
だんだん大きくなって増えていったのに、周りは誰も気にする様子もなくて。
耐えられなくて席を変えました。
そしたらいつのまにか声は聞こえなくなっていて、その本の続きも読みませんでした。
それで、家に帰ってから本の存在を思い出して、改めて見てみたんです。
裏表紙に値段が書いてありました、550円とかだったと思います。
それを見た時に、嫌な気分になったのを覚えています。
あの人がもし、同じ本を何十冊も買い込んで配ってたらって考えてしまって。
そこまでしてこの本を読ませたがった理由はなんだろう、俺は何に巻き込まれてるんだろうって。
それで…… すみません。
【音声の途切れる音がする。
録音を中断後、再開されたと思われる。】
それで、最後まで読んだんです、その本。
まぁ、だからこれを残してるんですけど。
きっと彼女も同じだったんだなと、今になって思います。
いや、俺が本を受け取ってる分、彼女の方が賢かったのかもしれない。
やっぱり、人間ってのは仲間を作りたい性分なんだな。
俺には、これを残さないって選択肢は無くなりましたからよくわかります。
さっき全部の部屋の中を見回って、戸締りも3度確認したんですけど、やっぱり消えなくて。蝉の声が。
あ… はは…
もう、どうにもならないや…
【録音が終了される】
以下の写真は、このデータが保存されていたスマートフォンに残されていたものである。
撮影者は不明だが、発見状況から録音者が言及した小冊子と同一であると考えられるため、ここに掲載する。
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