「JIN-仁-」から読み解く人の世の営み
皆様は日曜劇場「JIN-仁-」に笑い、そして泣いたことでしょう。あの漫画原作を、ドラマとして、別の作品へと「いい形」で結実させた。
そう。
ドラマと漫画原作は、別の作品です。
しかし根本のテーマは変わりのないものだと思います。
どちらも幕末を丁寧に描き、その時代の一面的なガイドとなっているから歴史を知る教科書になる。しかし、それはあくまでも時代背景をなぞったもので、本質は、歴史上の人物を拾い上げていってネタにしているわけではない。これは、夢酔もよくやる手法だから、分かる。
その時代の説明をクドクドするよりも、そのとき活躍した人物をスパイスにすることで、架空の登場人物と周辺が動きやすくなるのです。
ドラマの主題歌はMISIAと平井堅でした。歌が流れるだけで涙腺が緩むというズルい作風ですが、ドラマで注目するべきはOPテーマとその映像。
過去と放送当時の現在、同じ場所の風景を重ねる。
これは歴史上の有名人に向けたものではなく、名もない市井を丁寧に拾い上げているという象徴だと思う。
物語の主人公・南方仁は実在の人物ではない。
そこから理解のうえで、時代背景上、史実の人物に巻き込まれていくことは展開上のスパイス。本当のテーマは、その時代の市井にこそある。いまと、むかしの日本人、何が違いますか?
なにも違わないでしょう?
よく、坂本龍馬像がよく出来たドラマだという。
役者の格が違うから、大河ドラマにも勝る演技であることは認める。
でも、龍馬ですら主人公の動機と決断と未来のスパイスであることも事実。主人公ではない。これは漫画も同然。
知っている人には申すまでもないが、実は、この作品はドラマと漫画でオチが異なるのです。
知らない人、これから知りたい人は、ここまで。
ネタバレ
頭蓋骨内に奇形腫瘍を持っていた謎の男性患者との接触により、文久2年(1862)の江戸にタイムスリップした南方仁。歴史を変えることになると自覚しつつも、医者としての使命感から、江戸の人々を自身の知識と近代医療で救う。西洋医学所とコレラの対策を行ったり、原始的な方法によるペニシリンの抽出・精製を行ったりと、幕末の医療技術を飛躍的に進歩させたことで、蘭方医だけでなく漢方医や外国人医師たちだけでなく幕閣や雄藩の武士層からも一目置かれる存在となっていく。
当時の日本西洋医学所頭取・緒方洪庵に意志を託され、その死後、医学所と距離を置いた市井の医術所として仁友堂を開業。数多くの難病の治療を成功させ続けた。その一方で、彼の存在と功績を妬む者が現れる。ときとして手術の妨害を受け、やがて南方仁は命を狙われる。
松本良順は緒方洪庵の遺志を継ぎ、仁に協力。市井でなく奥医師になることを勧めるが仁の決意は変わらぬ。しかしそのことで、地位を奪われることを懸念した三隅俊斉が南方仁の暗殺のため企てを駆使していく。
かくして。
歴史を変えてしまうことに躊躇しつつも、親友となった坂本龍馬の命を救うために奔走する南方仁。運命の日、京都。龍馬の暗殺を阻止するべく上洛する仁、結果的に長州藩士の東修介に額を切られた龍馬は治療を受けるも脳死状態、ついに絶命する。しかし仁は龍馬が斬られた場に居合わせたことにより、血液や脳髄液を眼球や身体に浴びたことにより奇跡が起きる。龍馬の意識が仁の肉体に同居したのだ。
原作漫画とドラマは、終盤の運命が大きく異なる。
ドラマ版
上野戦争で流れ弾により負傷した咲を救うべく、緑膿菌感染症の治療薬ホスミシンを手に入れるため、脳腫瘍を負いながらも現代に帰還する。そのとき頭蓋骨内に奇形腫瘍を持っていた謎の男性患者が、実は時間軸の異なる南方仁そのものであることが理解される。非常階段から落下してタイムスリップしたことを繰り返そうとしたとき、執刀した本人と揉みあいとなり、遂に帰還することが出来ず現代に留まり、失意の中で意識を失う。
その後、図書館の文献から、幕末以降の出来事を知る。
西洋よりも早い発見で、江戸時代の日本でペニシリンが生産されていたことや、仁友堂の医師たちの活躍ぶりを確認する。しかしそこに咲の名がなく、また自分の存在が痕跡すらないことを知る。かつて橘家があった場所をたずねてみると、そこには「橘医院」があり、元々の世界で恋人だった橘未来が仁とは面識のない予備校講師として生活していた。橘家に残された写真や手紙。あのときホスミシンだけは江戸に転送され、恭太郎が拾うことで注射し咲が助かったことを知る。仁の存在そのものは、その時代の人々の記憶から消滅していた。ひょんなことから名前も顔も思い出せない仁がいたことを思い出した咲は、自分の記憶から次第に消えていく仁に対する想いを残すべく綴った手紙。視聴者は9割の確率でこの場面と音楽にやられて号泣。
その後、医師としての決意を新たにした仁。数日後、脳腫瘍で緊急搬送されてきた未来の手術を執刀する場面で物語は幕を閉じる。
Happyなような、歴史という刻の隔たりに引き裂かれた仁と咲のアンハッピーなのか複雑な気持ちだけは残されるが、物語としてはスッキリ終わる。
良作と思う。
漫画原作はどうか。
三隅の陰謀により負傷した咲を救うため、必要な薬品を求め現代に帰還する南方仁。非常階段で執刀医である自分自身ともども落下。ここでタイムパラドックスが生じる。現代へ飛んだ直後の時間に戻ってきた南方仁と、現代に取り残される南方仁、同じ記憶を共有する2人に分裂する。
この薬品のおかげで咲は一命を取り留める。
江戸時代は終わった。
仁は二度と元の時代に還れない覚悟のもと、咲と結婚して「橘」の家に婿養子となる。そして明治日本の仁友堂を医療機関兼教育機関として発展させていく。
このことで、一部の歴史が変わった。
現代の仁が務めている病院が「仁友堂病院」に変わっていた。見知らぬスタッフがいることや「東洋内科」という新しい科ができている。憶えのないことや医療知識が、新しく変わった世界に合わせて自動的にアップデートされる感覚を理解しつつも、そのことに戸惑いを隠せない。
後に江戸時代での経験を元にGM(総合診療)に転身、10年後には同病院総合救急医療部部長・准教授となり、同じGMで野風の子孫であるマリー・ルロンと出会う。
甲乙はつけがたいふたつの「JIN-仁-」。
どちらかといえば漫画版の方がハッピーエンドに感じるのは、刻を越えて包括した綺麗なオチがついた納得感からかも知れませんね。