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「悪代官様、御成りあそばせ」第2話

第2話 悪代官様、びふぉ~あふたぁ

 近頃お江戸に流行るもの。屋敷や長屋の改築、古い家屋を再利用して付加価値をつけ生まれ変わらせるのだそうで、昨今の流行は八王子方面出身の大道芸人の仕業らしい。長屋から旗本屋敷に至るまで、とにかく想い出の品物ごと新しく造り替える商売ってのは本当に目新しい。粋を自負する江戸っ子が飛びつくのも道理ってやつで。
 悪代官様も当節の流行には、なんだか乗り気のご様子です。
 で、悪代官様。
 これをうまいこと儲けに使えないものかと、またぞろ悪い考えを巡らせてしまったご様子。この日、代官所には、火消しと材木屋と大工の棟梁たちが集められておりました。それも、粒よりの素行不良な連中ばかり。
「その方ら、お金は好きか」
 こんな問いかけに、者どもすっかりノリノリに、はしゃぎまくっております。いやぁ、これで悪巧みが行なわれぬ筈もない。火消しも材木屋も大工も儲かる悪巧み、読者諸兄には、皆まで申さずとも……のう。
 
 この三週間は、実に付け火が多かった。火消しは急いで消しまくるも、ほとんどは完全類焼。
「旦那さん、隣に飛び火がなかっただけでもよしとしなければな」
 なんて火消しの棟梁に云われようものなら、商家さんは泣く泣く納得し、それで御店の再建にあたります。すると大工のなかには
「今度は往来の客も足を止めるような、斬新な店構えにした方が」
と囁く設計絵師がいて、魅惑の図面で勧めたりします。想い出の品が焼け残っていたら、そいつも生かして差し上げようという甘い言葉は、この年のお江戸流行語大賞候補とされたほど。すっかり洒落っ気のある御店は、これにコロッと参っちまうんですねえ。
 あとは大工お抱えの材木屋に特別注文するから、普通よりは些か値ぇ張っちまう。まあ、こういう仕組みが経済ならば、仕方がないですがね。
 こうしてみると、なんということでしょう。
 すっかり三つ巴の談合三商売が成り立ってしまいました。連中、すっかり儲かるもんだから、悪代官様のことを
「ありがたや神様仏様」
みたいに拝んじゃいましてね。黄金色の饅頭とかどっさり持ってくるだけでは飽きたらず、そのうちに感謝を形でお返ししたいという連中が現れた。タダ同然で、代官屋敷を改築したいって、もう乗り気満々。
「その方らの心根には、ほんに涙が止まらぬぞ」
 なんて嘘泣きしつつ、しっかり悪代官様、改築にあたり計画書なんか事前に作ってあったりして。案外、改築をタダ同然でやってもらいたくて、こんな悪巧み考えたりしていたんじゃないですか、悪代官様?
 その改築計画書。
 大工の棟梁たちは、一様に目を丸くした。
「こんなからくり、何のお役に立ちますので?」
「世のため人のため、儂のためじゃ」
「お代官様が作ると仰せなら、止めはしませんが……けったいな代物でございますね」
「いまに感謝する日がくるぞ。まあ、楽しみにしておれ」
 そんなこんなで、代官所はすっかり綺麗になってしまいました。奥方さまは上機嫌でございますし、適当な理由で奉行所も御公儀も納得させて、悪代官様はホクホクでございます。
 そのうちにですね、何やら焦臭い話が世の中を駆けめぐり始めまして。
 一連の火事は付け火であるとか。それで私腹を肥やしている悪い商人がいるらしいって。そんで、悪代官様自らがご出馬。御奉行様にあることないこと風評被害を訴えた。
 そうなると、奉行所も知らぬ顔が出来ないんです。
「悪い輩は牢に放り込んでしまえ」
と、善良で無実の棟梁たちを捕縛しちゃったりしました。
 まあ、悪さするにせよ引き際というものがありますので、悪代官様に連座する連中は、その日を境におとなしく態を潜めちまいました。まあ、そういう約束でもしてたんでしょうね。欲張りは、ほどほどに、と。
 
 ところであなた、聞いたことがありませんか。
 悪い奴らを銭金で退治してくれるという人が、この江戸のどこかにいるって評判を。表は市井の善良な町民、裏の顔はあらゆる道具を用いて闇に葬る仕置きをする奴。そんな正義の味方っぽい人がいるんなら、早くなんとかして欲しいものですね。
 でね、とうとう、なんとかしようと立ち上がっちゃったみたいですよ。
 的は悪代官さまと悪い棟梁たち。で、仕留めるのは、代官所で乱痴気騒ぎのある名月の日らしいです。で、その晩、悪い棟梁たちを集めた悪代官様。何やらすっかり上機嫌で
「お主らが乱痴気騒ぎする前にな、儂からほんの座興をくれてやろう。大工自慢の、我が家のからくりじゃ。まずは月でも見ながら貧乏くさく、チビリとしておくがよい。じきに魚が釣れるわい」
などと笑っております。
 チビリ酒が不服な連中、渋々従っていたら、じきに騒がしいのに気がつきました。
「おお、今宵は大漁といきたいものよ。皆の者、もう少し待っておれ」
 そういうなり悪代官様、屋敷に詰めている寡黙な与力を呼んだ。
「おぬし、からくりに掛かった賊の様子を見て参れ」
と、首尾を確認させに行かせました。何事が起きるのやらと、皆さま興味津々です。
 そのうち与力が帰ってきました。
「お代官様」
「おう、どうした」
「五匹捕れました」
「すげえな、すげえ効き目だぜ」
 ここで悪代官様、皆に種明かし。大工がけったいに思うようなからくり、実は世のため人のために悪い奴を仕事しちゃう奴らが当屋敷へ入り込んだら、まとめて網にするからくりだったようです。
 座が沸いたのは勿論の事。
 どやどやと見物に行く者やら、すっかり乱痴気騒ぎを始めちまう連中やらで大騒ぎ。
「あれ、あいつ色目使いで有名な端唄の師匠じゃねえか。こんなこと、してやがったのか」
「あいつも知ってるぞ。よろず屋の女だ」
 いかに世のため人のためとは申せ、こういう殺し屋さんはすぐに奉行所に引き渡して、貼り付けか獄門らしいですぜ。いいことしてても銭貰って人殺しというのは、やはり御定法にはそぐわないようでして、いやはや、くわばら、くわばら。
 
 悪代官様ね。
 今日は北町奉行に招かれて吉原で無礼講だそうですよ。なんでも裏稼業をしていた不貞の輩を捕縛できたご褒美とやらで。先日の殺し屋さんを捕らえた一件のことのようですね。
「のう、そちは実に日頃より心がけがよいの。とかく公職に就く者は、知らず知らずのうちに人の恨みを買うものよ。儂とて何度闇討ちされそうになったものか」
「えっ、真面目一辺倒な……いえ、失礼しました。御奉行を狙うとは、なんともけしからん輩がおりますな」
「それもこれも御政道のためとあらば、のう」
「まことに」
「でな。ついご禁制の短筒を懐に忍ばせておるのじゃ。儂のようなボンボンはのう、刀はからきしダメなのじゃ。免許は金で買えても、腕は買えないからのう」
「ご禁制持っていたら、いかな御奉行でも御用にござるぞ」
「解っておるわい。ほれ、ひとつやろう。儂はふたつ忍ばせておるのじゃが、口止めのためにひとつくれてやるわい」
「実を申すと儂も一度は欲しいと思っておりました。へっへへ」
 そういって勧められるまま、しこたま上酒を呑んだ北町奉行。あとは酔った勢いであっちこっちでお戯れ。悪代官様、それを見て思ったね。
「真面目な奴ほど、鍍金が剥げたら凄まじい。みろよ、御奉行。呆れたもんだね、四人目に挑んでいくよ。呑めば呑むほど絶倫にってやつだ。きっと朝になったら何も覚えていねぇんだぜ。世の中にはこういう手前都合で生きている奴がいるってこった。儂のことをとやかく云える資格なんて、まぁ、誰にもねぇやな」
 傍らの太鼓持ちも、涙目で口をあんぐりとしております。
 どうやら北町奉行、こういう一件では出禁とされる吉原の御常連さまらしいですね。どうりで、大門潜ったときに他の店が店を閉めていた訳だ。運がなかったのね、このお店は。
 まあ、それなりに楽しませて頂いた悪代官様。すっかりご機嫌で御駕籠に揺られてお帰りです。
「とまれ」
 見返り松のあたりでふと声がしました。悪代官は気のせいと思ったけど、暫く行くとハッキリとした声で
「駕籠、止まれ」
 駕籠担ぎたちはびっくりして逃げ出してしまいました。置き去りにされた悪代官さま、絶体絶命であります。
「だれだ?」
「お前ぇ、おれの仲間を獄門にかけやがったな。仕置をしてやるぜ」
「まて、これだけは聞いておかぬか」
「問答無用」
 カチリと鯉口を切る音が響いた。悪代官様、迷わずに懐から短銃取り出して、ぶっ放しました。その轟音にすっかり驚いた悪代官様、煙に撒かれて駕籠から出てみると、定町回りの同心が刀握ったまま絶命しておりました。
「世も末だぁな。町回りがなんと江戸の殺し屋だったとはね。その殺し屋を仕留めたのが、御奉行から貰った御守り代わりというのも、なんだか滑稽な話さ。おぉっと、長居は無用だぜ」
 山野堀から駕籠を拾った悪代官様。そのまま近くの玉虫屋さんへ転がり込みました。
「これはこれは、どうぞ奥へ」
「いや、構わん。それよりな、玉虫屋。儂はもう、風呂に入りたいのよ」
「風呂ですか?」
「なにやら煙に撒かれてな、焦げ臭くてかなわん」
「わたしには、白粉の匂いも気になりますが」
「ははは、こいつめ。あまりいじめてくれるな」
 そういって温々とお風呂を馳走になっていきました。
 風呂から上がると玉虫屋さん、気を利かせて座敷を用意してございます。
「玉虫屋よ。儂はもう、すっかり馳走になってきてな」
「紅葉狩りにござりますな。結構なことではござりませんか」
「それがな、聞いておくれ。北町奉行がのう……」
 こういう場の囁き話は、たいてい翌日には市井に広まっているものです。まあ、吉原通では既に有名な話ですから、今更というところですがね。玉虫屋さんもすっかり腹抱えて笑い転げておりますよ。まあ、人の痴れ事というものは、滑稽にして愉快このうえないですからな。
 結局、散々楽しんでから悪代官様は御帰宅となりました。
 
 門番を叩き起こして
「戻ったぞ」
と叫ぶと、慌てて閂をあけてもらいました。
 もう丑三つ時、悪代官様はそろりそろりと帰宅しました。足音を殺して、そろりと玄関に入った瞬間、何やら突然、身体がふわりと浮かび上がるような感覚に、すっかり酔っ払ったのかと勘違いした悪代官様。
 おやおや、どうやらからくりに捕らえられてしまったようです。
 悪代官様はすっかり宙吊りになってしまいました。突然のことで、全く何のことやら。
「どこへ遊びに行って参られましたか?よもや季節はずれの紅葉狩りにでも?」
 奥方様、腕組みしながら鬼の形相で笑っております。策士策に溺れる。明日からからくりを取り外そう……悪代官様は泣きながら、ありったけの口から出まかせで、この場を切り抜けようと頑張るのでした。
             
                        つづく



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