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「箕輪の剣」第4話

第4話 武田の勢

 長野信濃守業政にとって、主君は、関東管領・上杉憲政である。
 たとえ、身は越後へ逃れていても、いつ関東へ戻ってもいいよう、西上野だけは侵略から守り抜くつもりでいた。北条、なにするものぞ。それが、家臣領民一丸となった、箕輪城の団結である。
「くま、くまはいるか」
 上泉秀綱は屋敷内を探したが、くまの姿はなかった。
 岩付で拾って、もう、三年になる。地理感といえば仕方がないが、くまは時々、屋敷内でも迷子になる。いい加減、慣れると思っていたが、この癖は一向に定まらない。
「せっかく、稽古をつけてやろうと思ったのにな」
 仕方がないと、上泉秀綱は刀の手入れを始めた。最近は、武田の軍勢が佐久を越えて、よく攻めてくる。北条に備えるよりも、こちらの方が長野家にとって厄介だった。
 そういえば。
 先日、疋田文五郎が武田と戦ったおりに
「鉄砲が多い」
と語っていた。武田家は早くから鉄砲に着目しているようだ。
(剣は、鉄砲に勝てるのかな)
 ふと、上泉秀綱は、そう思った。そういえば、まだ、戦場で鉄砲に遭遇したことない。上泉秀綱は、そのことに気付かされた。鉄砲と剣、どう戦うか。その答えはわからない。
(もっとも、戦場では太刀を用いぬ)
 戦場の主流は槍だ。
 複数の不特定な敵と戦うため、足軽も士卒も、主な武器は槍である。太刀を使うときは負け戦さであり、すなわち自害するときだ。剣はあくまでも武芸であり、戦場の道具として重きを為さない。それと鉄砲と対峙すること自体が、本来、在り得ないことだった。
(鉄砲なんか睨んでいるうちに、四方を槍に攻められるだろう)
 考えるだけ、無駄だった。
 疋田文五郎という男は、上泉秀綱門下のひとりである。甥でもあり、上泉秀綱の勢法を忠実に修めようと精進するひとりだ。長野家には、こういう門人が多い。
「それにしても」
 くまは、どこへ行ったものか。
 考えても仕方がないと、上泉秀綱は苦笑いを浮かべた。
 

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