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《燃ゆる思ひを》~嵯峨野小倉山荘色紙和歌異聞~五十一の歌

《燃ゆる思ひを》 原作:藤原実方朝臣
♪六甲おろしに、さっそうとー♪
「おっ、六甲おろしや。今日は勝ちやな。」
「いけ~! 球児! 三振とったれ! こら! クソ巨人、おまえらがナンボのもんじゃ!」
「……すっごい応援やな~。わいらもいっちょいくか! それ! あと一球、あと一球!」
ーーまゆみちゃん、愛しとるで! 今やからほんとの事言うわ!! 俺、愛しとんで! ほんまやで!!!ーー
「なんや気のせいかドサクサにまぎれて、今へんな応援聞こえんかったか?」
*2010年当時の阪神タイガースをオマージュして。当時、藤川球児氏や真弓明信氏などが在籍していました。
*文中に不適切な文言があります。巨人ファンの方々にお詫び申し上げます。
<以下、物語>

 蓮生が出てゆくと、いれかわるようにして月あかりの中、艶やかな姫君が二藍の襲の裾をひき濡れ縁に姿をあらわした。それを見て、定家は仰天する。
「式子内親王様ではありませんか!」
定家が心の中でずっと想っている女性だった。
「定家様、お久しぶりでございます。ですが、この場にて内親王とはお堅い仰せ。式子とお呼びくださいませ」
式子は笑みを浮かべ、静かに部屋の中に歩みを進め、散らかる色紙を眺めた。
「蓮生殿から何やら定家様と楽しき遊びをしているとお聞きしました。式子にもそれを教えてくださいますか?」
式子は薄い水色の敷物を敷いた床に座り、一つの色紙を手に取った。桜色をした指先の美しさに定家は溜息をつく。
「かくとだに えやはいぶきの さしも草 さしも知らじな もゆる思ひを。貴方を好きだということさえ言えない。だから、伊吹山のさしも草が燃え盛るように貴方を想う私の恋の炎がこんなにも激しく燃えているとは、貴方は知るよしもない……」
式子は手に取った色紙を定家に見せた。月明りは煌々としてさんざめく。
「色紙に記された歌の想いを蓮生殿と語り合っておりました。その歌も胸に秘めた慕情を切々と訴えておられます」
「定家様にはそのような想いはないのですか?」
式子は嫣然と笑った。
「式子にはございます」
定家は戸惑う。どう自分の心を伝えたものか、当惑していた。
「……どなたでしょう? その幸せなお方は」
そう応えるのが精いっぱいだった。
「今、式子の目の前に居られるお方……かしら」
式子は小首をかしげて少女のように語尾を上げた物言いをした。瞳に涼やかな煌きが宿っていた。
「うっ……」
定家は含んだ酒にむせる。
「式子もお酒をいただきますね。今宵は定家様と惑うまでご一緒いたします」
式子は定家も掌から盃を奪い、一息に飲み干した。
<続く>



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