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嵯峨野小倉山荘色紙和歌異聞~前日譚~


 定家が嵯峨野にある宇都宮蓮生の小倉山荘でよく晴れた春の日の午後、寝そべっています。
「たいくつやな。そや、為家からもろたお酒あったな。あれちょっと飲んだろ。これ、たれかある!」と女房を呼びつけて酒の用意をさせます。井戸で冷やした酒は摂津の銘酒。肴は嵐山近くの大井川で獲れた魚の煮付け。「たまらんがな、これ」ってな感じでぐびぐび杯がススミマス。
「あ~っ、酔うた。酔うた。なんか、こう歌いたい気分やな。口から出まかせでやったろか」
 しばらく、そうして気に入っていた和歌を歌ってますと「なんかこう趣向がないとただ歌っていたんではおもろないな」定家は思います。
「せや、一人一首で百の和歌を集めたらおもろいやろな。……よっしゃ、これでいったろ。これ、たれかある!」
 また、女房を呼びつけて「墨をすっ、磨ってな。しき、色紙持ってきてェ。ええか、これからぼちぼち歌うさかいにな、そ、それを書きとめとくんや。ええか?」酔っ払っていますから呂律が回りません。
 実際、始めてみると思いの外面白く、この後、小倉山荘で気ままに過ごす折には定家は決まって、これで遊び呆けておりました。
 で、百首が集まったところで周りを見渡すと色紙だらけ。もとより和歌集に編むつもりなどありません。口任せ、出任せのプライベートな歌遊びの結果ですので似たような和歌もあり、駄作かと思える朗詠もありで到底人前には出せません。
「めんどいな。これどないしたろ?」
 片付けるのも面倒と気に病んでおりましたが、ひょいっと見るとふすまに色気がない。「せや、こいつに貼ったれ。」
 そこに宇都宮蓮生がふらりと現れます。「定家はん、あんまり飲んだらあかんで」と蓮生が言えば、「ふん、蓮生はんにだけは言われとうないわ」と定家が色紙を襖にあてがいつつ返事をしております。
「何しとんね?」蓮生が、どっこらしょと定家の隣に座って見ると、なにやら和歌が書かれた色紙が床に散らばっている。定家は酒を一口すすって、「な~に、一人一首で合計、百の和歌を自由気ままに選んでな。それを色紙にしたんや。そいでもって、そいつをこの殺風景な襖に貼って、にぎやかしてやろ思て。ちょうど、今、貼り始めようしたとこや」とニヤついた。
「ほうか、そらおもろい。その思い付きはいただきや。俺の方から是非それ頼むわ」蓮生はつるつるの頭を撫でながら定家の酒を横取りして飲んだ。「あぁ、なんちゅうことするんや。それ、わしの酒やで」酒を盗られて悔しがる定家にかまわず、蓮生は色紙を眺めている。
「どんな和歌があるんか見てみよか。これ、たれかある、酒を持て」蓮生は大声で女房を呼びます。「けっこう、おもろい和歌尽くしやで、蓮生はん」定家は眼の前にあった一枚の色紙を拾い上げ、蓮生に見せます。「これが初めの和歌や」
「和歌は今風に深読みせなあかん。それに絵が欲しいな。観て聴いて、歌ってわかってくるもんがほんまもんやさかいな」歌人としても宇都宮歌壇を率いる蓮生が酒臭い息で力説すると「了解や。ほんならわしの思い込み、深読みでええな。もちろん、絵付きや」定家がとろりと応えます。
「最初は……、天智の帝の御製か。ほな、定家はん、よろしゅう」
                                                       ~To be continued~



 


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