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人と比較・・・しちゃいますよね・・・

わたしと誰かを比べて得られる情報って?

他者と比較することで何を得ようとしているのか?
優位性?
遅れを取っていないかの確認?
何だろう?

目がさ
外に向かってついているからさ
私は「わたし」を見ることが出来ないわけよ。
他者をみる事で「わたし」を確認することは
ある意味仕方ない事だと思うんですね。

比較したことで落ち込んじゃうとか
心が落ち着かなくなる・・・モヤモヤするのは
ちょっとしんどいですよね。
だれとも比較せずに生きていくことも
不可能な話ではあるんですよね。

だったらどうしましょう?

比較した情報をどうするか?
「わたし」を落ち込ませない方向に処理しましょうよ。
人と比較することをやめましょう
はい、わかってます!
この情報はあちこちで耳に目にしています。
だけど無理です。
そこに人がいるんだから。

比較した後
なぜ落ち込むのか?
自信を失うのか?
モヤモヤするのか?
多分ですけど
序列作っていません?
そして「わたし」を下位に設定しませんでした?

それをやめましょうよ。
わたしが「わたし」を追いこんだり、いじめたりするのって
何のためでしょう?
楽しく生きていくためにも
「わたし」をイジメるのは得策ではありません。
「わたし」イジメ長らくやっておりました。
そこから学んだことは
それ絶対にやめた方がいい!ことが全力で分かった事以外は
何もありません。

人と比較してわかることは・・・

当たり前すぎるけど違いです。
1人として同じ感性の人なんていないと思います。
似たような感性を持った人はいるでしょうけど
全く同じ感性を持った人は
どこにもいません。
みんなそれぞれにオリジナルなんです。
違っていていいというより
違っていて当たり前なんです。

そのことを知識として知っているんじゃなくて
体感するためにも比較するのはいいんじゃないか?と
私は思います。
同じ価値観、感性の人ばかりだと
世界はうまく回らないんじゃないか?と思っています。
気になる場所が違うから
補い合えてるんじゃないかしら。

高校生の頃かなぁ?
美容院の店長さんの話だったと思うんですけどね。
色んなタイプの子たちがいてるから
お店がうまく回るんですよね。
ある子は床が汚れているとすぐに掃除してくれるんです。
だけど鏡の汚れには気が付かない。
でも鏡の汚れにすぐ気付く子もいるのよ。
床の汚れには気付かなかったりするんだけどね・・・。
それぞれに気になるところが違う。だからうまくいくんだなぁって
思うんですよ。気が利かないなぁ…って思うところはありますよ。
だけど最初から全部できる子なんていないんですよ。
自分が気付かないところに気付いて動いてる他の子の姿を見て
だんだん色んな事に気付けるようになる
んだよねぇ。
店長になって初めて気が付きました』
すごく若い頃に聞いた話なんだけど
この年齢になって何度も思い出します。
高校生の頃は「ふぅん、そうなんだぁ」くらいにしか
思っていなかったのにね。

同じじゃないから
違いがあるからこそ
今のとても便利な世界がうまれたんじゃないかなぁ?って
思うんですよね。
同じ価値観の人しかいなかったら
まずこんなに多様な商品に囲まれてはいなかっただろうなぁって
思います。
幸せだなぁって思っちゃってます。

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