論語 微子8 わがままと自由の違いをどうつけるか

 逸民は伯夷、叔斉、虞仲、夷逸、朱張、柳下恵、少連である。先生は言われた。「自分の志を低くせず、自分の身を汚さなかったのは、伯夷・叔斉であろうか」。柳下恵と少連を評して言われた。「志を低くし、身を汚したが、言葉は道理に的中し、行動は思慮どおりにやった。その点は評価できる。」
 虞仲と夷逸を評して言われた。「隠遁し言葉は勝手放題だったが、実は清潔に持し、世の捨てかたも時宜にかなっていた。(しかし)私はこの人々とはちがい、きまってよしとすることもなければ、きまってよからずとすることもない(一定のやり方にこだわることはない)」。

井波律子(訳)(2016)『完訳 論語』 岩波書店

 逸民とは優れた才能の持ち主の事である。志を低くしないとは何のことだか分からないが、役人の地位にいたという事だろうか。それぞれの長所というよりも生き方それぞれに対して正解があるのだという事だろう。政治に関わる相応の立場で活躍をした人、言っている事が正しく行動が一致している人、好き勝手に物事を言うが、世間から離れてもその生き方に一貫性のある人である。

 私なんかは成果を出した人間を評価してしまいがちである。つまり伯夷と叔斉については評価が出来るが、それ以外の四人に関して何もしなかった人として、評価が出来ない。
 
 生き方に正解はないとはいうが、我欲の為に犯罪に手を染める事は勿論の事、法の抜け穴を探し続け私腹を肥やすだけに邁進する事は間違いであるというのもまた事実である。そういった生き方をしていないだけでも同じくらい立派なことなのかもしれない。

 孔子は分かりやすい成果とはまた別なものを見ている。
そして孔子自身も彼らとは別な生き方をしているという事を自覚している。

 孔子は50歳を過ぎてから理想を実現できる程の役職を手に入れた。その後は策略に破れて理想となる君主を求めて旅に出ることになる。それが叶わなかった後は詩の編成に力を入れることになる。
 他の人物がどのような生き方をしていたのか分からないが、役人に固執する事もなく、世を完全に捨て去る事もなく、出来る事を邁進し続けた結果である。
 職業という常識にとらわれることなく、自身の出来る事を探して活動するという事はいつの時代にも求められる姿勢である。そしてそれが「正しい」かどうかとなる道しるべの一つを論語は示してくれるのかもしれない。

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