季節のない世界ーaki.1ー
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主な登場人物
<回想>
コミュニティにいると、リアルの人間関係同様さまざまなトラブルが起こる。ネットの世界とはいえ、いや、ネットの世界だからこそ、人は本音を漏らしがちだ。
私の場合、人あたりの良さだけで知り合いを増やしていく性格と行動のせいで、ネット上の人間関係のトラブルに巻き込まれることが多くあった。
「Вы」内でも1ヶ月に最低一度はなんらかのトラブルが発生していて、私は何故か(もちろん首を突っ込んでしまうからだけれど)毎度巻き込まれてしまう。
そんなとき、手を差し伸べ助けてくれるのはいつもakiだった。
「まい、大丈夫か?」
そっとDMから話しかけてくるakiに何度救われただろうか。
いうまでもなく、ネットのコミュニティには多様な背景と目的を持つ人々が集まる。ビジネス系のコミュニティである「Вы」も例外ではなかった。
就職したばかりの、やる気と希望に満ち溢れた新社会人。
子育てに追われながらも、上昇志向で登りつめようと頑張る既婚女性。
野心に満ち溢れ、転職によるキャリアアップを視野に新たなつながりを求める若手社員。
多くの人は、自分の将来を考え、キャリアプランを立てて、自分なりの理想をかなえようとしていた。より高みを目指す、仕事へのモチベーションの高い人は、だれかと自分を比較するのではなく、常に自分と対峙している。
そんな人たちばかりだからか、「Вы」は規模と比較して人間関係の摩擦は少ないように思う。
とはいえ、ゼロではない。
毎日、どこかで、だれかが、他者からの言葉によって細かく傷ついていることも容易に想像できた。
テキストコミュニケーションが主になる場では、相手の性格は文章や言葉選びから推察するしかない。
文章をお金に換えて生活している私は、たぶん、他の人よりもわずかに他者が発する言葉に敏感だ。そのせいか、その人の文章を読むだけで、「苦手だなぁ」と瞬時に判断してしまう悪い癖がある。
そんな私が、「Вы」の中で特に苦手としている人物が颯太だった。
2023年7月23日 6:58 「Вы」 颯太
真夏の早朝、薄暗い静かな室内に通知音が響いた。
(akiかもしれない)
急いでアプリを開き、内容を読んだ私は膝から崩れ落ちた。
「僕、思うんですけど、社会貢献してない人間に存在価値ってありますかね?ないですよね?今度、そんな無価値人間を観察するツアーを敢行しようと思ってるんですけど」
コミュニティ内でひときわ浮いている男性、颯太の発言に、画面の向こう側の大勢が引いていくさまが感じ取れた。
文章からは若さ、というか、幼ささえ感じる颯太は、本人曰く「42歳営業職妻子あり」。彼は大言好きの小心者だ。奇をてらいすぎた発言をして、自分の意見がとおらないと見るやわざわざ不快な言葉を選び投げ、いったん議論から離れるのが常套手段だった。
このような人なので、賢い人はまず相手にしない。私はといえば、コミュニティの雰囲気が悪くなることを恐れて、颯太がおかしな発言をしたときには、いつも何とか場を収めようと躍起になっていた。
この日も、「朝から何言ってんだコイツ」と内心思いながらも颯太に話しかけた。
「ん?それってどういうことだろう。例えば、そういった方たちに社会貢献の場を用意する事業アイデアがあるとか?」
少し間をおいて、颯太からの返信が来る。
「単純に興味本位ですね~。何か、SNSで日本のスラム街、みたいな写真見たんすよ。で、どういう人がいるのかなと思って。」
想像の斜め上を行く回答にあっけにとられていると、彼を「かわいそうな人」と形容し、普段は相手にしないakiが口を開いた。
「Вы」のログ
普段であれば、「朝活」よろしく早朝から闊達な議論が繰り広げられているチャットは、この後しばし静寂につつまれた。
(ああ、やってしまった。余計なことをしてしまった……。かえって雰囲気を悪くしてしまったじゃないか。私って本当に無能……。)
スマホをデスクに置き、すぐとなりのベッドに身を投げ、胎児のように縮こまる。
ひとり後悔の念に苛まれていると、再び通知音が鳴った。
こんなときに連絡をくれる人はakiしかいない。泣きそうになりながら、すがるようにアプリを開く。
7月23日ーその後のDMログ(まいとaki)
颯太とのやりとりでざわついていた心が、akiとのDMで不思議と落ち着いていく。
やりとりをはじめて、たった1ヶ月かそこらで、彼はわたしの扱いを心得ているようだった。
akiは不思議な人だ。わたしの言葉の、わずかなニュアンスの違いを汲み取ってそのときの心情を理解し、時に励まし背中を押してくれたり、だまって話を聴き続けてくれたりする。わたしが欲するコミュニケーションを、その時々の状態に合わせて的確にしてくれる。
わたしは他人に感情をぶつけることが大の苦手で、つらいとき、悲しいときでもそれを隠してしまう。テキストであれば簡単に隠せるそれを、akiは見つけ出して温かい手を差し伸べてくれるのだった。
そんなakiを愛してしまうまでに、さして時間はかからなかった。
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