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季節のない世界ー透.1

主な登場人物

まい(主人公):38歳バツイチ、フリーライター。北海道在住。リアルな人付き合いは大の苦手だが人当たりはとてもいい。ネットの出会いからリアルへの発展を望まない一方で、自分の完全な理解者が欲しいと願うアンバランスなメンタルの持ち主。

:30歳、大手メーカー勤務、男性。大阪在住。「まっすぐ」という言葉がこれほど似合う人はいないと多くの人が思うほど、素直で誠実。まいを「大切な人」と言い支えるが、関係の発展は望んでいない。

https://note.com/gifted_ixora955/m/ma7f83ba4f00b


2月の北海道。もっとも気温が下がるこの時期、外に出て息を吸うと冷たい空気が肺を貫く。


わずかな痛みのあとに訪れる、汚れた体内を洗い流すかのような感覚がたまらず何度も深く呼吸する。

凍てつく空気と、そのあとに来るえもいわれぬ爽快感。この感覚を得る度、私は透を思い出す。

こころが寒さに震える夜、やわらかな毛布のような優しさで包んでくれた。
言葉よりも態度で、いつも愛情を与えてくれた。

大切なことはほとんど伝えてくれないけれど、いつも行動で示してくれる透は、「愛情欲しがりモンスター」の私を上手に手懐けていた。

たぶん、彼は人生で大きな過ちを犯したことがない。
たぶん、彼は愛情豊かな環境で、大切に育てられた。
そして、彼は賢く誠実で。
なのに、彼は私と同じ心の闇を抱えていた。


2022年12月20日 23:00

外はすっかりクリスマスの気配。人気もまばらな北海道の片田舎でも、この時期の繁華街はきらびやかなイルミネーションで包まれる。

毎年年末は仕事に押しつぶされそうになるはずが、今年はなぜだかぽっかりと時間ができてしまった。

普段頑張っているんだからと、「ご褒美」と称して一人で行きつけの居酒屋に向かった。

外でお酒を飲んでいるときでさえ、私の精神はネットの世界に生きている。今何を食べて、飲んでいるのかをネットの友達に共有して。

くだらないことを言い合いながらお酒を飲む。

こうしてすごしていると、見知らぬ人に声を掛けられるのはよくあることだ。

今日も、カウンターの片隅に陣取り大将おすすめの日本酒をちびちび飲む私の隣の席に、一人の男性が腰掛けた。

「一人ですか?よかったら一緒に飲みませんか。」

断ることが苦手で、誰にでもつい笑顔で接してしまう私は、たいていの場合二つ返事でOKという。

「いいですよ。このお店はいつも来られるんですか?」

「そうですね~出張でこっちに来るときは、必ずと言っていいほどここに来ちゃいますね(笑)」

「あ~こっちの人じゃないんですね。たしかに、ちょっとイントネーションが北海道ぽくない!どちらからいらしたんですか?」

「大阪です。慣れてくると大阪弁でちゃうと思いますが、許してください(笑)」

「むしろ聞きたいですよ(笑)」

お互いを探り合うような会話をしながら、お酒を飲む。さすがにスマホは閉じて、しばし偶然の出会いを楽しんだ。

「失礼ですが、お名前を伺っても?」

「私の名前は『まい』といいます。」

「僕の名前は『透』。すきとおるの、透」

「いいお名前ですね~。なんか、イメージにぴったり」

「まいさんのお名前は?どんな漢字を使うんやろ?」

「私はひらがなですよ。」

「珍しいですね!」

名前を聞かれて、咄嗟に本名ではなくネット上で使用している方を答えてしまった。どうせ今日この時間だけの付き合いだから、これでいいと、いい直しもしなかった。

透は大阪生まれ大阪育ちの30歳。大手メーカーに勤務していて、全国各地を出張で回っているそうだ。

お互いが暮らすまちのこと、仕事のこと、プライベートのこと。互いを何も知らないからこそ、話題が途切れることはない。

どうやら透は同棲している彼女と別れたばかりのよう。仕事はうまくいっているけれどプライベートがボロボロでつらい、と嘆く。

「私なんかバツイチだよ~!!」と明るく返すと、泣きそうな顔が途端に笑顔に変わり「それよりはましかもしれへんなw」と私をからかう。

たった2時間で、私たちはすっかり打ち解けて、最後の1時間はお互いにずっと笑っていた。

楽しいお酒は進むのも早い。店を出るころには二人ともベロベロに酔っていて、透の酩酊具合は同じ酔っ払いの私がホテルにたどり着けるか心配になるほどだった。

「透さん、ホテルの場所わかる?ちゃんと戻れる?」

「んーわかんない!北海道さむい!ここどこやねん~~~!!!」

駄目だこいつ…早く何とかしないと…

何とかホテルの名前を聞き出した私は、透を無事帰らせるためにタクシーを探す。透の手を取り、引きずるようにしてタクシーが待機している場所へと向かっていると、顔も上げられないほど泥酔している透がぽつぽつと話し出した。

「まいさーん」

「はい、何でしょう」

「まいさーん、また、お話したいです」

「うんうん、また出張のときに、偶然会えるといいね」

「偶然なんていやや。絶対に会いたい」

「なるほど?」

「LINE交換しよ」

「んーーーーーーーーー」

「おねがい」

「んーーーーーてか私あんまりLINE使わないのよ。」

「じゃぁ何ならいいの」

「Discordならいいよ」

「あー俺、ゲーム好きでDiscordよく使ってる。IDおしえる。フレンドになって」

「わかった。私のIDはこれね。」

お互いのスマホの通知音が鳴り、無事フレンドになれたことを確認した。

「これでいいかな?ちゃんとホテル戻って、シャワー浴びて、歯を磨いて寝るんだよ?」

「うん、わかった!じゃぁ大阪戻っても、Discordで連絡する!ちゃんと帰る!またね!」

「うんうん、気をつけて帰ってね。」


2022年12月21日 11:04 透と




実際に会って話しているからか、ネットだけの知り合いとは違い、その言葉を発する透の顔や表情、声を想像しながらやり取りしている自分に気づいた。

少しがっしりした体型の透は、見た目からの想像に難くない低い声で、ゆっくり目に優しくしゃべる。

まいさーんと甘えるような呼びかけもかわいらしく、またていねいな振る舞いや気遣いを心得ている人で、リアルに人と接することが苦手な私も安心してコミュニケーションが取れた。

そうして、ときおり少年のように屈託なく笑う透との時間は、常に明るく、楽しかった。




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