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学園に眠るグリモワール 第2陣 リプレイ

 これはTRPGシステム『ストリテラ オモテとウラのRPG』の自作シナリオ『学園に眠るグリモワール』をシネマティックモードで遊んだ記録を元に作成したリプレイ風SSです。
 ネタバレの存在し得ないシステムなので、もしリプレイを読んで興味がわきましたら、ぜひシナリオにもお目通しください。そして遊んでくださるととっても嬉しいです!!


キャラクター紹介

カズハ(PL:みかねえ)
オモテ:魔法薬学 ウラ:異世界転生者
 元の世界へ戻ることを目的に魔導書を求める異世界転生者。
 常に自らが調合した魔法薬の香りを纏い周囲に対し自身についての認知を歪めている。

シャノン(PL:りりこ)
オモテ:呪文学  ウラ:禁忌を求める天才
 自他共に認める天性の魔力と呪文の才能の持ち主。飛び級を繰り返し、14歳にして最終学年に到達した天才少女。
 禁断の精霊召喚を成功させ、歴史に名を残す天才になることを目的に魔導書を求めている。



Prologue


 ふたりの出会いは、最終学年としての新学期が始まったばかりのある日のことだった。
 次の授業は移動教室だというのに、教科書を持ったまま廊下に佇む生徒がひとり。
 それを目にしたシャノンは、何をしているのかと不思議に思いながらその生徒に声をかけてみることにした。
 たしかあの生徒は、そう、同じクラスで、次の授業でも一緒だったはずだ。

「ねぇ、そんなところでどうしたの? 次、移動教室でしょ? 早く行かないと遅れるよ」

 声を掛けられた生徒は緩やかに微笑みながら振り返った。ふ、とどこか薬品めいた匂いが香る。

「え、ああ。……ごめん、次の場所ってどこだっけ。道に迷っちゃって」
「道に迷ったぁ!? なにそれ、キミ何年この学園にいるわけ? それとも突然記憶喪失になったとか?」

 返ってきた思いもよらない言葉に、思わず声が裏返る程の素っ頓狂な声をあげる。

「1年生の頃から居るよ。記憶喪失は……どーだろね、ただ方向音痴なだけかも」
「いやいや、そうだとしたら方向音痴がすぎるでしょ。まだ記憶喪失の方が信憑性あるって」

 声色は困っているのに、表情からはあまりそうは感じられない。それになにより全てが嘘っぽすぎる。それを指摘するほど迂闊ではない、と心に閉まって、シャノンはただ呆れた顔で、こちらもわざとらしく肩をすくめて見せた。

「……君と一緒に行ってもいい?」
「仕方ないな。ついて来ればいいんじゃない。キミが何企んでるんだか知らないけどさ」
「……何も企んでなんてないよぉ、ただの平凡な一学生」

 何言ってるの。なんて続けながら、カズハはシャノンの後をついて歩く。見かけによらず鋭い子だな、と内心零しつつ、あ、そ。ま、そういうことでいいや。と何かを諦めたらしいシャノンの返事に柔い笑みを返した。

「いこ。早く行かないとほんとに遅刻しちゃう」
「……次の先生って遅刻すると怖い人なの?」
「あれ? あの先生の授業、今まで受けたことないの? それは幸運だったね。怖いってかめんどくさい……かな。一日中嫌味言われ続けたくなければ余裕を持って教室に着いておくことをおすすめするよ」
「はは、サイテー。そりゃ早めに君に見つけられて幸運だったよ」

 早足になるシャノンを追い越さない程度に歩く速度を上げて、教室までの道中にふと首を傾ける。

「君、名前は?」

 その問いに、思わずシャノンは足を止めて大声を上げる。

「はぁぁ!? この稀代の天才シャノン様を知らないとか本気で言ってるなら、キミ、ホントに記憶喪失なんじゃないの? 自慢じゃないけどボク結構な有名人なんだけどな!?」
「そうなの? なーんも知らねー」
「……もしかして、教室より医務室に連れていった方がいい? なんかの呪文に失敗でもした?」

 本気で心配そうな顔をして見上げるシャノンに、カズハはあっけらかんと笑う。失敗どころか、この学園の生徒として、そして女生徒として、違和感を持たれていないという時点でむしろ成功しているのだ。無理に話を合わせてボロを出すよりは、多少変なやつでいる方がいい。

「医務室なんて必要ないよ。行ったことねーから場所も知らないし。で、有名人だって? 成績良いとか?」
「嘘でしょ? 成績がいいなんてレベルじゃないんだけど。最短年数で学園を卒業予定の天才14歳、シャノン様を知らないなんて……」

 信じられない、とぶつぶつ呟きながら、シャノンはまた歩き始める。

「あ、君14なの。道理で小さいわけだ」

 この学校は飛び級制度もあるのか、とどこか感心したようにふーん、と鼻を鳴らすカズハに、シャノンは小さくて悪かったね。と足を踏み鳴らしてずんずんと歩く速度を上げていく。

「キミ案外随分とぼうっとしてるんだな……。ボク、天才すぎてキミが何考えてるんだかわかんないや……」
「そうだね、俺……私のことは平凡な、およそ君の理解の及ばない凡人と思ってくれていい」
「いやいや、凡人だなんて謙遜することはない。カズハだっけ? キミ、結構な変わり者だよ。おもしろいね」
「ふふ、面白いか。そう言われたのは初めてかも。よろしくね、シャノン」
「そう? ま、よろしくしてあげてもいいよ」

 学園では目立たずに過ごすつもりだったが、この少女は使えそうだ。カズハは内心でシャノンをそう値踏みする。気に入られておいて損はないだろう。

「……ところでさ、君は伝説の魔導書って知ってるかい」

 カズハがそう切り出すのを聞いて、シャノンの片眉が上がる。

「……ふぅん、キミ、あの伝説に興味があるの?」
「いやぁ……私が欲しいわけじゃないけど、君には相応しいと思ってね。どうだろう、探すならお手伝いするよ。自信があるのは腕っぷしくらいだけど」
「ふふん、そう思う? まぁ、ボクもそう思ってるんだけどね。やっぱりボクみたいな天才はより多くを為すために天から恵みをいただいたはずなんだ。手伝うふりして掻っ攫っていくつもりか知らないけど、まぁ、考えておいてあげてもいいよ」
「……そんなことする訳ないじゃない」

 本当に鋭い女だ。目を細め、口角を上げた表情はなにかを企んでいそうな怪しい笑顔。どちらもにんまりと挑戦的な笑みを浮かべて見つめ合う。

「とりあえず、今は授業のことを考えるとしようか?」
「そーだね。君のおかげで遅刻せずにすんだよ。ひとまずはどうもありがとー」

Opening Chapter


 この学園には、代々受け継がれる伝説がある。
 学園のどこかに隠されているという魔導書を手にした者は、望む全ての魔法を身につけることができる、というものだ。そして、実際、学園は歴史に名を残す大魔法使いを百年に一度の周期で輩出しており、彼らは皆、その魔導書を手にした者だったと伝えられている。
 百年も時が経てば、真偽は揺らぐ。しかし、シャノンとカズハは魔導書の噂は真実だと強く信じていた。
 そんなある夜、ふたりは同じ夢を見た。
 知らない声が、こう告げる。
 ーー私を探せ。もっとも強く私を求めるものに、私は与えられるだろう。
 目を覚ましたカズハとシャノンは、魔導書が呼んでいるのだと直感した。

「……今のは、」

 目を覚ましたカズハは、重い体をなんとか起き上がらせて、しばしベッドで思いを巡らせる。こんな夢を見たのは、先日少女に魔導書について話したせいだろうか、それともーー。
 そこまで考えて、ふと時計が目に入る。

「……わ、やべ。時間じゃん」

 慌てて準備をし、まずはあの偉そうな態度の少女に話しかけてみよう、と心に決めて教室へと向かった。

 一方、シャノンも目を覚まして直感していた。あの夢は、魔導書がシャノンを候補者に選んだという宣告だ。
 やっぱり、ボクこそが魔導書にふさわしい。それを魔導書に証明してやろうじゃないか。……でも、どうやってーー?
 いつも通り朝の支度をしながらも、シャノンの頭の中はその考えで占められていた。

「おはよう、カズハ。今日は少し遅かったみたいだね」

 先に教室に着いたシャノンは、いつもより少し遅い時間に教室へやってきたカズハを見てそう声をかける。

「……おー、おはようシャノン。いやなんか、夢見が悪かったっつーか。変な夢見たっていうか……」

 頭を掻きながら、どさ、とシャノンの近くの席に腰を下ろす。

「……なんか、私を探せ……みたいな」
「ふぅん、私を探せ、と言われる夢を見たんだね。誰にかは、覚えてる?」
「誰だろうね、声しか聞こえなかったから」

 探るようなシャノンの言葉に、はぐらかす答え方をして、

「もしかしたら例の魔導書が私を呼んでるとか〜? ……まさかね」

 なんて、冗談めかす。目を細めて、こちらを見る少女を見つめ返せば、少女は堂々と見つめ返してにんまりと笑った。

「そう。じゃあ、キミはボクのライバルに選ばれたわけだ。そっか。意外……でもないかな。負けないよ、カズハ」
「なるほどね、君も見たのか。天才様のライバルとは光栄なこった。……とはいえ、私たちだけとは限らないぜ。全校アナウンスかも。今にも虎視眈々と色んな人が魔導書の話に耳を傾けているかもしれないな」

 シャノンも選ばれたのだと確証を得れば、冷めた目で視線を逸らす。目的が達成されればそれでいいのだ。

「まさか。魔導書には百年も見定めの時間があるんだよ? 候補者を絞っているに違いない。それに、他の人の様子を見てみなよ。全校アナウンスならきっともっと話題になったり騒ぎになったりしているはず。ところが全然。いつもと同じ様子。つまり、ボクたちは見つける権利を得たってことだ」

 シャノンの弁舌に、へぇ、と気のない返事をしながら、カズハは内心僅かに後悔していた。百年間眠ってるんじゃないのか。それなら、シャノンには伏せておくべきだった。余計なことをしたな。

「……で、探しに行くの?」
「もちろん。キミだってそうでしょう? まぁ、手にするにふさわしいのはボクだけど、魔導書がキミのことも気にかけたなら、楽しいことになってきたね」
「まぁ探せって言われてるなら、行動起こさないとバチでも当たりそうだし。……そうだね、やっと楽しい学園生活になってきたよ」

 カズハの気のなさそうな態度に、シャノンは楽しそうに笑みを浮かべた。表面上こそこんなにやる気のないように見せかけているが、魔導書を手にする候補者に選ばれたということは、すなわちカズハも強く魔導書を求めていることの証左にほかならないと気がついていないのだろうか。

「そうだね。キミがそういうなら」

 そう。楽しいことになってきた。

 そんなやりとりをしたふたりは、午前の授業に向けての準備を始める。
 もしも、本当に今年魔導書が現れるなら、それはいつで、どこにあるのだろう。
 絶対に見つけ出して自分のものにするのだ。ふたりは密かにそう決意した。

Chapter Ⅰ 〜星見の塔〜


 学園の端には高い塔があり、晴れた夜にはそこから星がよく見える。
 学園に申請し、許可を得た時間内ならば、夜でも学舎に残り、星見の塔から星を観測することができる。
 ある晩、シャノンも許可を取って、星見の塔から空を見ていた。満天の星と、澄み切った空気は気分転換にちょうどいい。
 大きく深呼吸をしたところに、カズハが塔を上がってきた。

「どうしたの、一人で【星空なんて見上げて】、随分とロマンチックなことしてるね」
「……おや? カズハだ。偶然だね。それともボクを追ってきた? なぁんて」

 高所に吹き荒ぶ風に髪を乱しながら階段を上ってきたカズハに声をかけられ、振り返ったシャノンは悪戯っぽく笑う。

「天才様が居残りなんて、【占星術】の勉強でもしてるの?」
「居残りなんかじゃないよ。星を見てただけ。そういうカズハこそ、何してるの? 【魔導書の行方】でも星空に聞きにきた?」
「私も夜風に当たりに来ただけだよ。それ、星なんかが答えてくれるもんなの?」

 シャノンの側の【望遠鏡】へと手をかけて、身を屈めてレンズを覗く。覗いた先、瞬く星は元の世界のものとそっくり同じようで、若干配列が異なるようにも見えた。

「……だんまりみたい。そりゃそうか」
「そうだろうね。そもそも星占いとかいうのはそういうのに向いてないから。どっちかといえば、答えてくれそうなのって水晶とかタロットとか、そっちの部類じゃない? ま、【当たるも八卦当たらぬも八卦】っていうのは前提だろうけど」
「魔法っていうからもっと便利なものかと思ってたよ。星の流れで【未来が分かったり】、過去を変えられたりとかさぁ」

 望遠鏡を覗き込んだまま、思わずそんなことを呟く。要はカズハが元いた世界の占いの類と変わらないということだ。【こちらの世界でもアレが使えれば】、となんでも調べられる小型の端末を頭に思い浮かべる。

「あは。【ボクほどの天才にかかれば】……と言いたいところだけど、さすがにそんなの魔導書の力でもないと難しいんじゃないかなぁ。カズハにはそんな、変えたい過去でもあるの? それが【選ばれたい】理由だったり?」

 首を傾げながら、視線を星空からカズハに移す。口調こそ軽いものの、揶揄うような様子は表情や仕草にはない。

「逆に言えば魔導書があれば可能なんだね。なんでも叶うって話だもんな」

 望遠鏡から離れ、今度は自分の目で遠くに瞬く星を見上げる。

「……どうだろうね。変えたいのは過去でも未来でもないかもしれない」
「ふぅん。でも、変えたい何かがあるんだね。ま、本気で叶えたい願いでもなきゃ魔導書を探し求めたりなんてしないから、そういうものかな」

 小さなカズハの呟きに、納得した上で深くは立ち入るまいとシャノンは頷く。カズハも小さく頷くと、ふと思い立ったというように問いかける。

「……ねぇ、この学園で調べ物をするならどこがいいだろう」
「調べ物? そんなの、やっぱり図書館じゃない?」
「何かわかるかもしれないし、明日一緒に図書館へ行ってみようよ。道わかんねーからさ、案内して」

 ふっと微笑んでみせるカズハに、いいよ、と頷いたシャノンはまた呆れた表情を浮かべて肩を竦める。

「それにしても相変わらず方向音痴だよね。6年間一度も図書館行ったことないわけ?」
「……んー……、実はそうなの」

 もういいか、とばかりに適当な返事をする。どうせ魔導書が手に入れば、この世界からはいなくなるのだから。

「変なの。どんな生活してたらそうなるんだか。ま、いいや。じゃ、また明日。おやすみ〜」

 ひらひらと手を振って塔を降りるシャノンの背をカズハはただ見送った。

Chapter Ⅱ 〜図書館〜


 木を隠すなら森の中という言葉があるように、魔導書を隠すなら図書館の中なのでは。そう考えたカズハは、就寝時間を過ぎてからこっそりと図書館に忍び込んだ。
 小さな灯りを頼りに本の背表紙を辿っているうち、ふと、別の灯りが視界の端に入る。
 見回りか、と身構えたカズハが急いで灯りを消したのとほぼ同時、向こうも同じことを思ったのだろう。その灯りは消え、静寂の中、小さな声で、誰かそこにいるの、とシャノンが囁いた。
 びくり、と肩を震わせたカズハが声の主を見やると、そこにいたのは見知った少女で、安堵のため息を漏らす。

「……びっくりしたぁ。シャノンか。【脅かさないで】よ」
「……なんだ、カズハか。そっちこそ脅かさないでよ」

 お互いに声の主が見知った人物だと知れば、シャノンはもう一度灯りをつける。

「君も魔導書の探索? フツーに図書館から貸し出されてるもんじゃないぜ」
「も、ってことは同じ言葉を返すけど?」
「そうだね。……こんな夜に来てるってことは君も【閲覧禁止の書庫】が目当てだろ。昼間に君に案内された時は【厳重な警備】があって入れなかったしね。……手がかりがあるとすればあそこだろ」

 そう顎で示した先は、昼間来た時には見張りの目が多く立ち入りを禁止されていた部屋だ。わざわざ隠れて来たのであれば、シャノンにもやましい事情があるに違いないと踏んでの発言は、軽い頷きに肯定される。

「まぁ違うといえば嘘になるかな。昼間が厳重だからといって、夜は違うとは言えないけど、【ボクほどの天才にかかれば】人さえいなければなんとか掻い潜れるだろうし?
 閲覧禁止というからにはいろんな【呪文】の【禁書】だって眠っているに違いないんだ。伝説の魔導書はさておきね。ヒントくらいはあるかもって、じゃあ、キミもあの時思ったんだね?」

 そう言って、ずい、と距離を詰めると、なんとなくの違和感にシャノンは、あれ、と不思議そうに瞬く。

「それは頼もしい。私はトラップの類には詳しくないからね。……、」

 さらに言葉を続けようとしたカズハは、ふとあることに気がついてシャノンから少し距離を取る。
 普段は香水で本当の姿を誤魔化して隠しているのだが、今は風呂上がりで香水の匂いは薄まっているはずだ。誰にも会わないだろうと油断したのが仇になったか、そう警戒したところに、シャノンが灯りを掲げて距離を詰めてくる。

「……ところで、キミ、なにかいつもと違うね。……うん、暗いせいかと思っていたけど、その反応。ねぇ、カズハ、もしかして、キミーー」
「……何、言ってるの、普段と変わらないだろ」

 元々、男にしては声が高く、身長は低い。顔つきも女性的だと自負している。暗ければわからないだろうとたかを括っていたが、目の前にいるのは天才を自称するほどには頭も勘もいい少女だ。灯りから離れようと後ずさったカズハの退路は、しかし、【歴史書】の棚に遮られ、背中をぶつけた拍子に数冊の本がばさりと落ちた。

「……いや、そっか。……過去でも未来でもなく、変えたいもの、ね」

 香水の効果がほとんどないほどに薄れた今では、はっきりとカズハのすがたを見ることができる。身体つきや顔立ちなど、よくよく見てみれば、カズハが今まで思っていたのとは違う性別だとわかってしまう。
 しかし、シャノンは飛び級で進級してきた天才少女だった。これが、同じ年数を学年で重ねてきていたのなら、カズハなんて少年あるいは少女がこれまで学園に在籍していなかったとわかっただろう。ところが、最短年数で学園を駆け抜けたシャノンは、一度も同じ学年になったことのない生徒のことなどほとんど知らなかった。
 だからこそ、彼女はカズハを盛大に誤解するに至る。

「なるほど。そっか。まぁ、【歴史に残って】いないだけで、そういう魔法とか魔法使いも存在したかもしれないし……」
「……なんか勘違いしてそうだけど、それでいいや……」

 バレたな、とカズハは盛大にため息を吐く。なにやら誤解されたことは分かったが、誤魔化せたのなら結果オーライだと、あえて誤解は訂正しないでおく。
 魔法に頼りきりな世界ゆえか、医療技術などはおそらくカズハの世界の現代の方が進んでいるに違いない。もし、【この世界にも性転換手術なるものがあれば】、あるいは、禁書を追い求める理由として納得されていなかったかもしれない。

「私ーー、……俺でいいや。もう。……俺が男ってことは周りには内緒な」
「……わかった。それは内緒にしておく」

 魔法薬の香水を常用してまで隠したいことなら、よほど深刻な秘密に違いない。きっと、カズハは女の子になりたかったんだ。そう信じ込んだまま、シャノンは神妙な顔で頷いた。

Chapter Ⅲ 〜温室〜


 学園には大きくて立派な植物園がある。
 中でも煌めくガラスでできた温室では、珍しい花や温帯地域特有の薬草などが育てられている。噂によれば、百年か二百年前の天才大魔法使いの改良によって今の温室があるらしい。
 それを知ったシャノンは、かつて魔導書を手にしたであろうその魔法使いの足跡を辿るように温室を訪れる。すると、そこには先客としてカズハがいた。

「あれ?カズハじゃん。こんなところで何してるの?」
「……シャノン。いや、俺魔法薬で女に擬態してっから……」

 後ろから声をかけられても、声の主が誰かがわかれば振り返ることもなく、材料集めに。と答えながら【薬草】を採集する姿は、やはり女性といわれても違和感がない。

「あー、なるほど」

 たしかに、珍しいものもあるものな、と納得した様子で頷く。

「あんたはなぜここに?」
「いや、なんていうか……【憧れの魔法使い】の聖地巡りみたいな。魔導書探しのヒントないかなって」
「憧れ?」
「そ。魔導書を手にしたんじゃないかっていう噂の大魔法使い。ここで【マンドラゴラ】とかみたいな【育成が難しい魔法植物】が育てられるのってその人のおかげらしいよ」
「へぇ。……どれがマンドラゴラ? よかった、間違えて引き抜かなくて」

 温室内を見回すシャノンに、そんなものまで飼育されていたのか、とさっと温室内に視線を巡らせる。認知を歪める魔法の存在を知り、それを会得するのにいっぱいいっぱいで、他の魔法については正直なところほとんど詳しくないのだ。

「あれ。葉っぱの形が他の薬草に似てるから気をつけなよ」
「……わかんねぇよ、こんなの」

 すぐに大きなプランターを指すシャノンの指先と、そのすぐ近くの薬草の葉を見比べて、カズハは乾いた笑いを溢す。いまいち見分けのつかないそれらさえ、瞬時に見分ける彼女は、たしかに天才と言われるだけの技術と知識を十分に持っているのだろう、と妙に納得する。

「……ところで、シャノンはさ、なんで魔導書が欲しいの? 叶えたい願いでもあるとか? 俺の知ったんだからさ、教えてよ」

 そして、カズハはやっとシャノンの方へと向き直る。【百年に一度の奇跡】をものにしてまで、天才少女が叶えたい願いというものに、少しだけ興味が湧いたのだった。

「なんで、って、それは当然ボクが天才だからだよ。今は天才だけど、でも、ただの天才だから」
「……天才の中でも平凡な天才ではなく、優秀で【万能】な天才になりたいってこと? それはそれは、傲慢な願いだね」
「まぁ、そんなとこ。【ボクみたいな天才にかかれば】教科書なんて一度読めば覚えられるし、呪文だって一度使えば使いこなせる。だけど、前人未到のヤバい天才になるにはそれだけじゃ足りないんだよ。それこそ、この温室を作った大魔法使いみたいに名前を残して後世まで感謝されるくらいにならないと」
「……つまりは伝説になりたい、ねぇ。それはまた大きな願いだな」

 今でこそ、15歳で卒業予定のシャノンは学園の有名人で、将来も有望視されている。でも、それは学園という枠組みにいる間だけの話だとシャノンは感じていた。
 学校を卒業したら、もっと歳をとったら、ただの元・天才少女になって誰にも見向きされなくなってしまう。
 だからこそ、名を残すことにこだわってしまうのだ。天才であるがゆえに、そして、歴史に名を残した天才がいるせいで。

「禁じられた呪文で何かになりたいとか、【理想の魔法薬】を作って誰かをモノにしたい、とかじゃないんだ」
「あはは。誰かをモノにしたいはまだないなぁ。でも、禁じられた呪文で何かになりたいってのは近いかも。実はね、精霊使いになりたいんだ、ボク。
 知ってた? これまで精霊召喚を成功させた例ってないんだよ。でも、天才たるボクが魔導書を手にすれば、絶対に成功させられるはず。そうしたら、もっと大きなことを成し遂げられる」
「……なるほどね。より自分を高めるために魔導書を使うのか。夢があるって素晴らしいことだとは思うけど」

 そこまで言いかけたカズハの脳裏によぎる元の世界での記憶。
 天から授けられた才能がなかったとしても、自分の力で天才と呼ばれる才能に食らいつくことはできると、カズハはよく知っている。
 それを証明するように、薬草を抱えたカズハの両手の指先は硬く、血の滲むような努力の跡が垣間見える。

「……けど経験上、あんたみたいな性格なら尚更。……それは与えられるんじゃなくて、自分の努力で成し遂げた方が後々後悔はないかもよ」

 採集も済んだしもう行くよ、と温室を後にするカズハの背を見送りながら、そうかな、とシャノンはひとり呟いた。

「まぁ、ボクは天才だから……できないことはないと思うけどさ……」

Final Chapter


 探索の最中、カズハとシャノンはこれまで見たこともない部屋を見つける。
 恐る恐る中に入ってみると、そこは少し埃っぽく、様々なものが乱雑に置かれた倉庫のような部屋だった。
 もしや、ここに伝説の魔導書があるのか、と探し始めたカズハの目の前に、ふっと何かが浮かび上がる。
 それは、一冊の本だった。カズハにはそれが伝説の魔導書だと一目でわかった。

「……シャノン、これって……」

 周囲に乱雑に散らばる本とは明らかに異なる重々しい革張りの本を手に取ったカズハが、それをシャノンに見せる。

「そ、それ……もしかして、いや、もしかしなくても伝説の魔導書じゃない? ってことは……選ばれたのはカズハか……」

 がっくりとその場に崩れ落ちるシャノンを尻目に、しげしげと本を眺める。

「……これ、そんなに欲しいの? アンタ」
「百年に一度の伝説だよ? 欲しいに決まってるじゃん。カズハだってそうでしょ! でも、魔導書がカズハを選んだなら、きっとボクには開くことすら許されないんだ……」
「……ふぅん。選ばれた、ねぇ。どちらかというと選ばれ終わった、の方が正しいかもしれねーけど」
「まぁ、そうかもしれないけど。でも、カズハがそれを持ってるってことは、カズハの方がボクよりずっとその魔導書が欲しかったってことは確実なんだ」

 なにせ、それが選ばれる基準なのだから。
 本を開こうとしたカズハは数秒手を止めて、代わりに口を開く。

「……あのさ、シャノン。やっぱりアンタは自分の力で伝説になるべきだよ。アンタにはきっとそれができる。向上心豊かなアンタには悪いけど、この魔導書は0を1に変えるんじゃなく、マイナスを0に戻すことに使わせて貰いたいんだ」
「……マイナスを0に、戻す? まぁ、ボクに悪いとか考える必要ないけどさ。勝ったのはカズハなんだから……」
「そりゃそうだね。俺の願いは努力で叶うことじゃなさそうだもん。
 ……俺はこの世界の住人じゃないんだ。この本は元の世界に戻るために使いたくて探してた。だからアンタとはここでサヨナラになるね」

 カズハは困ったように笑う。魔法使いのための魔導書であるならば、本来は魔法も使えない一般人が使うことに少々引け目を感じないこともない。
 しかし、シャノンはそれどころではないようで、衝撃的な彼の告白に思わず思考ごと固まっていた。

「この世界の住人じゃない!? は、え? なにそれ?」
「なんでもアリみたいな魔法の世界で驚くことかよ。
 ……俺は本当は数ヶ月前にこの学園に来たばかりだし、元はただの魔法の使えない世界の一般人男子ってこと。方向音痴でもない」
「……なんでもアリでもそんなこと考えたことないっていうか……いや、まぁ、だったら異常な方向音痴も記憶喪失みたいなものの知らなさも納得だけど……」
「だからさ、アンタが伝説の魔法使いになる姿を俺は見ることができないんだけど。それでもきっとこんな奇跡みたいな力なんか頼らずに叶えて、アンタが真に天才ってこと示してよね」

 屈託なく笑ってそう言ったカズハは、そっと魔導書のページを捲る。

「え、……行っちゃうの? もう、すぐに?」
「タラタラしてたら向こうの世界の俺が死んだことになっちまうかもしれねーし。……それに、」

 言いかけた言葉は唇の内側に閉ざされる。
 それに、未練が生まれる。
 けれど、学園生活で言葉を交わしたのがこの少女たった一人だけで良かった、とカズハはそっと目を伏せる。別れはいまこの場で言えるのだから。

「……いや、なんでもねぇ。うん、特に最後にやり残したこともねーしな」
「……なに、それ。やり残したこともないとか……。ずるいよ、……そんなの。キミは……キミは、と、トモダチだとっ、思ってたのにっ!!」
「……俺も思ってたよ。だから唯一のダチに見送られながら、こうして別れの言葉も言える今が絶好の使い所なんじゃねーか」

 シャノンの震える声に、穏やかなカズハの声が答える。
 開かれたページは眩い光を放ち始め、まるで願いに呼応するようにその光は白さを増していくようだった。

「シャノン。色々ありがとう。アンタが伝説の魔法使いになったら、その精霊の力でも使って俺に会いに来てくれよ。……待ってるから」

 ぐい、と目元を袖で拭うと、赤い目元をしたシャノンは取り繕うように強気な笑みを浮かべてみせる。震える口の端は今にも表情を歪めそうだったけれど、天才の矜持はもうシャノンに涙をこぼさせなかった。

「……しかたないな! ボク、稀代の天才だから! 会いに行ってあげるよ。……だから、忘れずに待っててよね!!」

 そんなシャノンを見て、カズハは口の端に笑みを湛える。彼女を納得させるために口にしたことではあるが、稀代の天才の名にふさわしい彼女の能力の高さはこれまで何度も目にしてきたところだ。案外、彼女ならば本当に成し遂げてしまうかもしれない。そうしたら、その時は、現代の、カズハの生きる世界を案内でもしてやろう。

「……うん、またね」
「またね、カズハ」

 光に呑まれるように、カズハも、そして役目を終えた魔導書も消えてしまった。その最後の輝きまで、シャノンは精一杯の笑みを浮かべて見送った。

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