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学園に眠るグリモワール 第1陣リプレイ

 これは自作シナリオ『学園に眠るグリモワール』をシネマティックモードで遊んだ記録を元に作成したリプレイ風SSです。

キャラクター紹介

ダンデライオン(PL:しまうま)
オモテ:飛行術学 ウラ:禁忌を求める天才
飛行に並々ならぬ情熱を燃やす天才少女。箒に頼らず身ひとつで風になるために魔導書を求める。

マーガレット(PL:りりこ)
オモテ:占術学  ウラ:恋愛脳
愛称メグ。恋に恋しては敗れ続ける恋愛脳。力づくでも運命の恋を手にするべく魔導書を求める。

ニンフィア(PL:式夜)
オモテ:魔法薬学 ウラ:異世界転生者
面倒見がいい引っ込み思案。妖精を自称しているが実は異世界のドラゴニアン。元の世界に戻るために魔導書を求める。


Opening Chapter

 この学園には、代々語り継がれる伝説がある。
 それは、学園のどこかに隠されているという魔導書に選ばれた者は、望む全ての魔法を身につけることができる、というものだ。そして、その噂を裏付けるように、学園は百年に一度の周期で、歴史に名を残す大魔法使いを輩出している。彼らは皆、その魔導書を手にした者だと考えられていた。
 百年も時が経てば、真偽は揺らぐ。しかし、噂は真実だと強く信じる者もいた。
 学園に属するダンデライオン、マーガレット、ニンフィアもまた、その噂を本気で信じている生徒達だった。
 奇しくも、今年は噂の大魔法使いが見出されてからちょうど百年。学園寮の同じ部屋で眠っていた彼女達は、偶然か必然か、同じ夢を見た。

ーー私を探せ。もっとも強く私を求める者に、私は与えられるだろう。

 夢の中で、聞きなれない声がそう告げる。
 彼女達は直感した。これは、魔導書が呼ぶ声だ。

 二段ベッドの上段で、がばりとダンデライオンが起き上がるのとほぼ同時、隣の二段ベッドでも、マーガレットとニンフィアもはっとした様子で目を開ける。

「……え、」

 目を覚ましてすぐ、珍しく全員同時に起き出したことに気がついたマーガレットが驚いたような声を上げる。

「は、はぁ、おはよう……ございます……?」
「な、なんだ今の……」
「……あ、えぇ、おはよう……?」
「おお、おはよう?」

 何かよくわからないがおかしなことが起きた、という空気感の中、どうしても語尾の上がってしまう挨拶を交わす。

「なんか、三人同時に起きるなんて、偶然ですね……?」
「……そうね。なんか、変な夢を見て」
「二人とも珍しく早起きじゃないか……まさか同じ夢を見たなんてことは……ないよな?」
「夢……?」
「なぁにそれ。そんなおかしな話あるわけないじゃない」

 まだ状況がわかっていないといった様子で首を傾げるニンフィアをよそに、マーガレットは肩をすくめて笑い飛ばす。

「ははっそれもそうか。ニンフィアが夢を見せる妖精でもない限りは」
「あ、いえ、夢の妖精では……」
「それよりダンデ、珍しく早起きってなによぅ。あたしだっていつもちゃんと起きてるでしょ!」
「まぁせっかく起きたし、私は朝飛行でもしに行くか……。二人はどうだい?」

 抗議をスルーされてマーガレットは頬を膨らませる。

「あーあ、ほんとあんたってば飛行バカよね。寝惚けて木に激突しちゃえばいいのに」
「私は顔を洗いに……」
「なんだ、付き合ってくれないのか。残念だな。それに、……ふっ、この天才がそんな間抜けなことをするわけないだろう?」

 ダンデライオンの実力なら誰もが知っている。彼女は学園随一の飛行技術の持ち主だ。天才と自負する彼女が笑い飛ばすように、そんな事態はそう起こり得ないとここにいる誰もがわかっている。

「でも、朝霧が出ているので気をつけてくださいね」
「あぁ、ありがとうニンフィア。マーガレットも少しは運動すればいい。失恋で沈んだ気分も晴れるというものだ」
「う、うるさいわねぇ!!!! いいのよ、あの件はもう。だって、占いもあの人は運命じゃないって出たし……う、ぐす……」

 つい最近、好意を抱いた相手にフラれたばかりのマーガレットにはてきめんのダメージだったらしく、思い出したようにぐすんと涙ぐむ。
 そんな二人のやりとりに、まぁまぁ二人とも、とおろおろ声をかけるニンフィアへ、箒を手にしたダンデライオンは軽く手を振って、窓を大きく開け放つ。

「すぐに朝ごはんですから、早く準備と朝の日課を終わらせましょう?」
「そうだな。では、また後で!」

 ひらりと箒に跨がり、窓の外へと出ていくダンデライオンの背へ向かって、マーガレットは大きく息を吸うと、

「ダンデのばーーーーーか!!!!」

 声のかぎりに叫ぶ。しかし、ダンデライオンは全く意に介した様子も見せずに、振り返りもせず、手をひらりと振ってみせて飛び去っていった。

「さぁ、マーガレットさんも、早く洗面台に行かないと混んでしまいますよ」
「……はぁ、もう、最悪の朝だわ。でも、そうね。あんなバカのこと考えるのはやめて、早く行きましょう」
「はい」

 少し困ったように眉尻を下げて、ニンフィアは笑みを浮かべる。
 そうして二人並び立って洗面所へ向かい、支度を整えた後に向かった食堂でダンデライオンと再会すると、朝食を済ませ、各々授業へと向かっていく。
 なんでもない日常の一幕のようでありながら、どこかいつもと違う始まり。
 彼女達は言葉にこそしなかったが、あのおかしな夢がある種の転機になるとほとんど確信していた。
 魔導書が出現したと噂されている年からちょうど百年後の今年、もし本当に魔導書が現れるのだとしたら、それは一体いつで、どこになるのだろう。
 仮に親しいルームメイトたちがライバルなのだとしても、絶対に見つけ出して手に入れるのは自分だ。
 彼女達の胸の内には、同じ想いが抱かれていた。


Chapter Ⅰ 〜談話室〜

 広々とした寮の談話室では、学年関係なく生徒達が談笑していた。
 黙々と課題を行う生徒もいれば、ひそひそと噂話をする生徒もいる。そんな中を、ダンデライオンはまっすぐに目的へと歩みを進める。備え付けの本棚から分厚い本を引っ張り出すと、軽く埃を払って、窓辺の席へと持っていく。
 椅子に腰掛けると足を組み、肘をついてぱらぱらと本を捲りながら、なにやらメモをとりはじめる。
 ちょうどそんなところへ、近くをマーガレットが通りかかった。

「あらあら? こんなところで何してるの、ダンデ? あなたが空にいないなんて珍しいじゃない。それ、【課題】?」

 足を止めて不思議そうに首を傾げるマーガレットの声に、ダンデライオンははっと顔を上げる。

「なんだマーガレットか。いや、【私ほどの天才にかかれば】課題など授業中に終わらせられるものさ」
「ふぅん。あいかわらず嫌味な天才さまだこと。じゃあいったい何をしているのかしら?」

 少しつまらなさそうに唇を尖らせ、マーガレットは向かい合う【肘掛け椅子】に腰を下ろす。

「……君も見たんじゃないのかい? 今朝の【夢】のことさ」
「夢? ああ、そうね。たしかに、変な夢を見て目が覚めたの。そういえば、ダンデもそんなことを言っていたっけ?」
「ああ」

 なんだかんだでうやむやになってしまった今朝の違和感を思い出す。軽く首を傾げたマーガレットに頷きながら、ダンデライオンは読んでいた本を軽く持ち上げて見せた。

「これによると、私の見た夢はまんざらただの夢ではないみたいだね」
「へぇ? まぁ、たしかに、夢占いというものもあるしね」

 占いならばマーガレットの得意分野だ。夢に出てきた人や物、出来事などから示唆される現状や未来を読み取る夢占いも、当然そこに含まれてくる。そういう意味では、ただの夢ではないという言葉にも頷ける。しかし、普段占いに興味を抱かないダンデライオンがここで急に夢占いの話など持ち出すだろうか。

「ところで、その本は? あなたがそんなに熱心に何かを読んでいるなんて珍しいわ」
「『魔法学園史』。この学園の公歴からイベント、当時の生活まで書かれてるんだ、なかなか興味深いよ」

 表紙を見せながら口元に笑みを浮かべるダンデライオンに、あんなの読む人いたんだ、とどこか呆れたようにマーガレットが呟く。言われるまで存在を忘れていたほど、埃を被った本なのだ。マーガレットが興味を失くそうとするのを見て、ダンデライオンはにやりと笑ってこう続ける。

「この本によると、どうやら【今年が百年目】らしいね」

 百年。その言葉に、マーガレットは敏感に反応した。この学園の誰もが、百年と聞けばある伝説を思い浮かべる。

「……ねぇ、ダンデはあの魔導書の【噂って本当だと思う?】だって、百年も前のことなんて記録には残ってるかもしれないけど、生きてる人はもう【誰も知らない】じゃない?」

 どこか試すような口振りのマーガレットに、ダンデライオンは意味ありげに笑う。

「確実に知っている人間が、少なくともここに二人いるじゃないか。君も見たんだろう、魔導書の夢を。私は、あの夢こそが魔導書に【選ばれる基準】だと思うんだが」
「……ダンデも、魔導書の声を聞いたのね? それなら、あたしたち、ライバルってことになるわ。だって、選ばれるのはひとりだけなんでしょう?」
「その通りさ。そして選ばれるの天才である私を置いて他にいない。そう思わないかい?」
「思うわけないでしょ!」

 これまで声をひそめていたマーガレットの声量が上がる。

「ダンデなんてただの飛行バカじゃない。あたしの方が魔導書にふさわしいに決まってるもん」

 再び声をひそめながらも、こどもっぽい口調で反論するマーガレットに、気分を害した様子もなくダンデライオンは鷹揚に笑う。

「それは褒め言葉だな。私も君の占いの腕は信用しているさ。……どうだい、魔導書のありかを探すために協力するというのは」

 ずい、と身を乗り出すダンデライオンにマーガレットは驚いた表情で瞬きを繰り返して、しばし考えるように黙り込む。
 そっと耳で揺れるクリスタルペンデュラムに触れ、その占いの結果が是だったのであろう。

「……そ、そうね。まぁ、探し物ならあたしの得意分野だし? ひとりでも探せるけど? ダンデがどうしてもって言うなら? ちょっとくらい手、貸してあげてもいいわよ」

 その占いがどのような結果を連れてくるかまではまだわからない。だが、それ以上にマーガレットは自身の占いの腕を信じていた。
 つんとした態度ながら頷くマーガレットに、にっこりと笑顔を浮かべたダンデライオンは手を差し出し、マーガレットもまたその手を取る。

「決まりだな」
「しかたないわね!」


Chapter Ⅱ 〜温室〜

 学園には大きくて立派な植物園がある。
 中でも、煌めくガラスドームが特徴的な温室では、珍しい花や温帯地域特有の薬草などが育てられている。噂によれば、百年か二百年前の天才大魔法使いの改良によって今の温室があるらしい。
 それを知ったマーガレットは、なにか魔導書に繋がるヒントがあるのでは、と早速ペンデュラムで占ってみる。
 占いは新たな発見を示唆し、その結果にひとり満足げに頷いたマーガレットは早速温室へ向かうのであった。

「……あら? その後ろ姿、ニンフィアね?」

 いざ、温室についてみると、そこには先客がいた。頭に生えた角が特徴的なその後ろ姿を見間違えるものはいないだろう。
 自称妖精の編入生にして、ルームメイトでもあるニンフィアに声を掛けると、【薬草】の水遣りのために屈んでいた彼女は、びく、と肩を跳ねて振り向いた。

「……あ、マーガレットさん。どうしたんですか?」
「んー、温室をちょっと見にきたの。ニンフィアは水やり? わかった! 誰かに頼まれたんでしょ!」
「え、あ、はい。先生に頼まれまして……。あとは【マンドラゴラ】にお水をあげたら終わりですね」
「そうよね。ふふ、災難ね。ここって【育成が難しい魔法植物】がいっぱいあるから、みんなそういうの引き受けたがらないのよ。マンドラゴラもそのひとつだけど」

 水のあげ方や量に非常に繊細な植物もいる。そういった細々したことを考えることを嫌う生徒は少なくない。

「災難なんて、そんな……。ここには見たこともない魔法植物がたくさんあるので、水やりだけでも興味深いですよ」
「ふぅん、変わってるのね」

 たしかに、特に薬草学や魔法薬学を好む生徒も中にはいる。ニンフィアもそういえばそのひとりだった、と思い出したマーガレットが興味薄そうに頷く。

「マーガレットさんはどうしてこちらに?」
「あたし? あたしは、そうね。【憧れの魔法使い】の足跡を辿りにきた、ってところかしら」
「憧れの魔法使い……? それは、【万能】薬を作ったという、大罪の魔女ですか?」

 温室と魔法使いというふたつの言葉から連想されたものを口にすれば、マーガレットはきょとんとよくわかっていない表情で首を傾げる。

「へ? なぁに、その大罪の魔女って。なにかのお話? ちがうわ。この学園の卒業生よ。【百年に一度の奇跡】と謳われた、超! 天才! 大魔法使い! なんだから!」
「え、あ、そうでしたか……。てっきり歴史の授業のお話かと……」

 たしかつい最近の授業で、と思い出しながら、ニンフィアは眉尻を下げる。

「その、卒業生の方と温室に何か関係が?」
「ええ、ええ、もちろんよ。なんといっても、この音質はその卒業生が作ったといっても過言ではないの。って本で読んだの。だからね、どんな工夫がされてるのか見てみようかと思って」

 例えば、育成が難しい魔法植物が育てられるようになった環境づくりだとか、そもそもその魔法植物達を学園に持ち込んだのもその卒業生だったという記録が残されている。と、得意げなマーガレットだが、厳密にはダンデライオンからの受け売りだ。

「なにやら面白そうなことになってますね。ですが、ここには魔法植物しか無いみたいですし、【理想の魔法薬】を作るくらいしか……」

 そんなマーガレットの様子を微笑ましそうに見つめ、ニンフィアはマンドラゴラに水やりをすべく、プランターへと近づいていく。

「理想の魔法薬かぁ。いいわね。そういえば、ニンフィアは魔法薬学が得意だったわよね? ここにある魔法植物からなにか面白そうなのって作れそう?」
「え、そんな、勝手に使ったら先生に怒られますよ?」

 マンドラゴラに水やりをしながら、眉尻を下げたままの笑顔で振り返ったニンフィアが、思案顔で、そうですね……【こちらでもアレが使えれば】……なんとか……などとぶつぶつと呟き始める。
 それが聞こえていないのか、気にしていないのか、マーガレットはずい、と身を乗り出して、きらきらと期待に輝かせた目をニンフィアへと向ける。

「【この間読んだ小説】にね、魅了の香水っていうのが出てきたの。詳しいレシピとかそんなもの、もちろん書いてなかったけど、そういうの、作れたりしない?」
「こ、香水ですか!?」

 そうすれば、きっとあたしの恋だって……とわくわくした表情を浮かべるマーガレットに、気圧されたように再びニンフィアが困り顔になる。

「いえ、私の専門分野は鉱石と魔法植物の相乗効果についてなので、香水はちょっと……」
「そっかぁ、残念……」

 至極残念そうに肩を落とすマーガレットに、あ、とニンフィアは声を上げて、むん、と胸を張る。

「でも、パワーストーンなら専門分野ですよ!」
「パワーストーン……あっ、鉱石と魔法植物の相乗効果が専門って言ったわよね? 鉱石なら……これ、クリスタルなんだけどね。パワーアップさせるいい方法なんて知らないかしら?」
「イヤリングのですか……? 少し見せていただいても?」
「ええ、もちろんよ。ちょっと待ってね」

 言いながら、マーガレットは片耳のペンデュラムイヤリングを外してニンフィアに渡す。

「占いにも使うペンデュラムなの。パワーアップしたらきっと精度も上がるんじゃないかと思うんだけど……」

 ニンフィアはイヤリングを手のひらに乗せ、角度を変えながら詳しく観察していく。

「既に研磨されたクリスタルですね。内包物は少なくよく澄んだ物。無垢な象徴には十分ですし、イヤリングの飾りに幾つかの石を追加して、ダメおしに月桂樹の葉で浄化をして、他には……」

 いつになく饒舌にぶつぶつとなにやら呟き考え続けるニンフィアの様子を、マーガレットはわくわく期待の眼差しで見つめている。

「クリスタルが何にでも合わせられるので、マーガレットさんの雰囲気に合わせてガーネットとか…………あっ、す、すみません! つい熱中してしまって……」
「ううん。何かいい案は思いついたかしら?」

 はっと我に返ったニンフィアから返されたイヤリングを耳に付け直しながらそう問いかけると、ニンフィアはまだ考え中といった様子で首を傾けた。

「そう、ですね……少し装飾を弄らせていただければあるいは……。でも、石の貯蓄がないので、今は難しいです」
「そっか。それじゃあ、また今度、いい石を見つけたら教えてね! 楽しみにしているから!」
「はい。マーガレットさんも魔法使いの足跡探し、頑張ってくださいね」

 ひらひらと手を振って去っていくマーガレットにそう声をかければ、ありがとう、と一度とびきりの笑顔で振り返り、そのままマーガレットは去っていった。


Chapter Ⅲ 〜図書館〜

 木を隠すなら森の中という言葉があるように、魔導書を隠す場所に図書館は最適なのでは。そう考えたニンフィアは、就寝時間を過ぎてからこっそりと図書館に忍び込んだ。
 小さな灯りを頼りに【歴史書】の並ぶ本棚で背表紙を辿っているうち、人の気配を感じる。
 身構えたニンフィアが急いで灯りを消したのとほぼ同時、向こうも同じことを考えたのだろう。その灯りは消えた。

「……そこにいるのは、どなたかな?」
「……ダンデライオン、さん?」

 ひそやかに囁かれる声が聞き覚えのあるものであったことに安心したのか、ダンデライオンもニンフィアも再びランプを灯す。

「……ニンフィアか。よかった。図書館に巣食う魔物だったらどうしようかと背筋が冷えたところだけど、実際は図書館の妖精だったね」
「あ、いえ、図書館の妖精では……」

 妙に早口のダンデライオンに困ったような表情を浮かべて首を軽く振る。

「そうではなくて、こんな時間にどうしたんですか?」
「ここの【厳重な警備】を掻い潜れるのは、【この天才である私】と君くらいなものだと思うけどね」

 どちらも校則違反を犯していることに変わりはない。
 ひそひそと囁きながら肩を竦め、ダンデライオンは書架の脇にランプを置く。

「実は……少々人には言えない本を探していてね?」
「人に言えない本……。ま、まさか噂の【禁書】、【呪文】の本ですか……!?」

 意味ありげな顔をするダンデライオンに、ニンフィアは冗談のつもりで驚いてみせると、ダンデライオンはぱちりと瞬く。

「おや。その驚きよう……。もしかして君もこれの手がかりを探しているのかい?」
「……? あ、いえ、私は夢に出てきた魔導書の手がかりを探しているので、歴史書は違いますね」

 つ、と滑らされた『魔法学園史』に視線をやった、ニンフィアはきょとんと首をかしげてみせる。しかし、その反応に、ダンデライオンはしたり顔で頷いた。

「なんだ。やっぱりニンフィアも見ていたのか。同時に目覚めていたものな。……じゃあ君も魔導書に選ばれる基準を満たしてるってわけだ。
「……え、もしかして、ダンデライオンさんもですか?」
「まぁね。せっかく魔女に生まれたんだし。魔導書を手に入れて【歴史に名を残す】偉業を成し遂げてみたいというのは人情じゃないかい?」
「えっと……その、私は妖精なので……」

 探るようなダンデライオンの問いかけに、ニンフィアもまたわざとらしく視線を逸らす。

「その、この棚には手がかりがなさそうだったので、後は【閲覧禁止の書庫】を覗いてみようかと……」
「おや、案外大胆なことをするんだね。それじゃあ図書館の妖精さん、私にもその禁止書庫とやらに案内してもらえるのかな?」
「図書館の妖精ではないんですが……いいんですか? もしバレてしまったら、謹慎させられてしまいますよ?」
「ふふふ。私は自由の鳥・メイプル氏の孫娘だよ? 謹慎などで縛られるものではないさ!」

 冗談めかして笑って見せるダンデライオンに、はぁ、そうなんですね。なるほど。と納得しきっていない様子で頷いたニンフィアは、ランプを手にとって歩き始めた。

「禁止書庫はこっちですが、鉄格子があって読めないんですよ……。ダンデライオンさん、鍵開けの魔法とか使えますか?」
「もちろんだとも。私を誰だと思ってるんだい?」
「すみません……。私も、【ここでアレが使えれば】鍵も開けられたのですが……」

 ぱちりと片目を瞑り、自信満々な様子で閲覧禁止の書庫へ向かうダンデライオンの後を、どこかしょんぼり肩を落としながらニンフィアがそう呟きながらついていった。


Final Chapter

 ある夜、三人の少女たちは再び同じ夢を見た。
 あの時の魔導書の夢と同じ声が夢の中でこう告げる。
 ーー選定は下された。私をもっとも強く求めたものに、私は与えられた。
 その声が消えると共に、彼女たちは目を覚ました。

「……またか。なぁ、二人とも?」
「ゆ、夢……?」
「またあの声……。選定は下されたって」

 起き上がりながら口々にそう呟いて、お互いの様子を見る。

「え、あれ、何ですか、これ……」

 ふと、ニンフィアが起き上がった拍子に、手をついた枕元に見知らぬ本があることに気がつく。当然、眠りにつくときにそんなものは無かった、とその分厚い本を持ち上げると、マーガレットが思いきりそれを指差す。

「あーー!!! それ!!!」
「それ……君が選ばれたのか」
「え、え……!?」

 二人の視線を受けて、まだ事態のわかっていないらしいニンフィアがおろおろと魔導書を持ち上げたり下ろしたりする。

「あーあ。絶対私だと思ったのになぁ」
「あーあ。あたしも絶対負けないと思ってたのになぁ」

 息ぴったりに肩を落としてしょんぼりする二人を交互に見て、とりあえず魔導書を膝の上に置いたニンフィアがさらに困ったように眉尻を下げる。

「えぇ……、そんな、私どうすれば……」
「それは……願いを叶えるんだろう?」
「どうすればもなにも、選ばれたんだよ? 魔導書、使わなきゃ。それで、ニンフィアちゃんはどんな魔法を身につけたかったの?」
「願いに……使う……」
「叶えたい願いがなきゃ、深夜に禁止書庫に入ったりしないだろう?」
「そうそう。やりたいことがなくちゃ、魔導書なんて求めな……」
「あ、あの、お二人に話しておきたいことがあるのですが……」
「……話しておきたいこと? なぁに?」

 しばし呆然としていたニンフィアが、不意に意を決したように顔を上げてそう切り出す。
 そのただならぬ雰囲気にマーガレットは首を傾げ、ダンデライオンも、なんだい? と二段ベッドから降りて、マーガレットの隣に座る。
 なんでここに座るの、と言いたげなマーガレットの視線をダンデライオンが堂々と笑顔で交わす間、ニンフィアも二段ベッドの上から降りて彼女たちの向かいのベッドに腰掛ける。

「その……実は、私が知りたかった魔法は、異世界に行く魔法なんです……」
「異世界?」

 唐突な打ち明け話に、二人の声が重なる。

「はい。……その、実は私、この世界の人間じゃないんです……」
「え、」
「……へぇ」
「なので、帰るために魔導書が必要で……」
「あ、まぁ、妖精だもんね。妖精の国に帰るの?」

 さらに上をいく打ち明け話に二人ともしばし固まって、それから彼女が妖精だったことを思い出してなんとなく納得する。

「よ、妖精じゃないですよ!」
「自分で妖精だっていってたじゃないか。
「その、妖精じゃなくて、本当は、私、ドラゴニアンという種族で……」

 かくかくしかじか、ニンフィアの元の世界の話を二人とも真剣に聞く。

「ほぇぇ……物語みたいだねぇ」
「……はーん。なんか、納得というか。なぁ?」
「うんうん。それならニンフィアちゃんが選ばれたのは納得って感じ」
「そりゃ、私たちの中じゃ一番強い願いだろうしな」
「そうだよ。だって、違う世界に来ちゃったんなら、帰らなきゃだもん。家族が待ってるんでしょ?」

 うんうん、と納得して頷き合う二人に、ニンフィアの方が虚をつかれたような顔をする。

「え、あ、怖がったりとかしないんですか?」
「こわ、い……?」
「怖い……?」

 どちらの表情も言っている意味がわからないとばかりに不思議そうな顔をする。

「で、でも、魔法史ではドラゴンは恐れられた悪魔のような存在だって……」
「でも、ニンフィアは別の世界のドラゴンで、怖いドラゴンじゃないんでしょ? ……あ、ドラゴンじゃなくてドラゴニアン、だっけ」
「ニンフィアが人とって食うところなんて想像できないしなぁ」
「わかる〜。想像できない。うん。絶対しなさそう」
「……どっちかと言うと、私の方が人外じみてると思わないか?」
「それは思わない」

 すんなりニンフィアの話を飲み込むどころか、勝手に納得して、さらには戯れのやりとりまではじめるダンデライオンとマーガレットに、すっかり置いて行かれた心地で、ニンフィアの手が宙を掻く。

「なんだい」
「ただの飛行バカじゃん」
「お、言ったな? 恋愛不手際ガール」
「う、うるさいわね、なによそれ」
「はっはっはっ」

 ぷっくーと頬を膨らませるマーガレットに、ダンデライオンは余裕の笑み。

「け、喧嘩してはダメですよ。食後のおやつ抜きにしますよ!」

 どうしていいかわからずに、とりあえずそう仲裁に入ると、ふたりにはてきめんに効いたのか、ごめんなさい。と声が揃う。

「でも喧嘩じゃないもーん」
「なぁ」
「……これからは、私が居なくても仲良くしてくださいね?」
「私はとっても仲良くしているつもりなんだが」
「べ、べつに、仲悪くないもん……たぶん……」

 そんな二人に、仕方ないな、と言わんばかりに眉尻を下げたままニンフィアが笑う。

「ほらな!」
「いったっ!! なにするのよ、ばかダンデ!」

 思いきり頬を突かれて、すぐにくってかかったマーガレットが不満げに頬を膨らませる。

「二人の仲が良いのはわかりましたから、早く顔を洗いに行ってください」

 肩の荷が降りたと大きく息を吐いたニンフィアが、半ば呆れたようにそう急かすと、ダンデライオンもマーガレットも立ち上がる。

「はーいおかーさーん」
「はぁーい。ニンフィアも行くでしょ?」
「はい、私も、行きますね」

 魔導書は自分のベッドの枕元にひとまず置いて、早く、と急かしながら二人の後に続いて部屋を出る。

「今日の朝食プレートはなんだろうな。ああ、そうだ。その前にひとっ飛び行くか?」
「それは行かない!」

 即答するマーガレットの後ろを歩きながら、ニンフィアは少し考えるような素振りをする。

「……せっかくなので、私は久しぶりに羽を伸ばそうかな……」
「うそぉぉぉぉぉ、あの飛行バカに付き合うつもり???」
「おっ! いいねぇニンフィア!! どこ行く? ちょっと足をのばして塔の方にでも行ってみるかい?」
「そ、その、かなり久しぶりに自分の羽で飛ぶので、お手柔らかに……」

 ニンフィアの言葉に、二人の顔が同時に輝く。

「自分の! 羽!」
「いいなぁ!! ニンフィアは身ひとつで飛べるのか!! いいなぁ!! うらやましいなぁ!! ほら、最後になるかもしれないんだ。メグも行こうじゃないか!!」
「ひとっ飛びした後のカツ丼は格別に美味しいですよ!」
「朝からカツ丼食べないわよ!」
「カツ丼おいしいじゃないか、なぁ?」
「ねぇ?」

 今度はすっかりニンフィアとダンデライオンで結託してしまって、マーガレットは言い返しながらも逃げ場がない。

「まぁ、でも? そうね……行ってあげても、いいけど……」

 久しぶりにダンデライオンにメグと愛称で呼ばれて嬉しかったとか、もうニンフィアと三人でこんな風に戯れることができないかもしれないと思ったからとか、そんなのは胸の内に秘めて、ぽそ、と呟いた小さな声を、二人とも聞き逃しはしなかった。

「ふふ、また食堂の厨房をお借りしないとですね」
「もう……本当に仕方ないわね、二人とも!」

 ほら、行くわよ、と二人の手を引いてマーガレットが歩き出す。
 後ろで顔を見合わせたダンデライオンとニンフィアもマーガレットに合わせて準備を済ませにいったのだった。

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