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1月20日のあなたへ



数年前の1月20日、あなたは1人で逝ってしまった。


あなたと私は同じ宗教の2世だった。
幼児部からの顔見知り。でも、小学生になってもあまり話さなかったね。だってあなたはとても無口だったから。


中学生になって、あなたはよく笑うようになった。
私はというと、部活が忙しくてなかなか教会に行けなくなっていた。教会の行事もほとんど参加しなかった。


ちゃんと話したのは高校2年の冬。
私が通信制の高校へ転校して落ち着いてきたころ。
教会内の合唱コンクールに向けて、一緒に練習したね。
あなたが「誕生日いつ?」って聞くから、私は「今日だよ」って言った。その日は本当に私の誕生日だった。あなたはびっくりして、でももちろんプレゼントなんて用意していないから、手に持っていた小梅ちゃんのアメを一粒くれた。「誕生日おめでとう」。

あなたを身近に感じたのは、その年の合唱コンクールの帰り道。たまたま2人で一緒になって、そのまま駅へ向かった。
「親が過保護なんだよね」。私は言った。私の親は、良く言えば愛情深く、悪く言えば過干渉な人たちだった。
あなたは「わかる!」と返した。あなたのお父さんは教会長だったね。信者たちの模範になるような人だった。
私たちは、この時初めて教会への不信感のひとかけらを共有し合ったのかもしれないと、今になって思う。


高校三年生になった。
教会内の中学生から高校生をまとめる立場になった。
進路のことも考えなくてはいけなかった。他の友人たちは、漏れなく教会内の施設へ入って修練する道を選んだ。
私とあなたは共に「すごいね。私はあそこまで頑張れない」と、彼女たちとの距離を感じていた。




あなたが死ぬ2週間前、あなたは突然、合唱の練習中に泣き出した。思ったように歌えないことを気に病んでるのかな、と思った。あなたの背中をゆっくりとさすって、泣き止むのを待った。
今思えば、この時に彼女の異変に気づくべきだったのだ。

そして訪れた、あの日。
当時、私はよく寝付けず、夜更かしをして、昼頃に起床する生活を送っていた。
その日も合唱の練習があったが、いつもと同じようにスマホゲームをしてから眠って、13時ごろに起きた。

あなたからLINEがきていた。

「今日合唱来る?」
12時ごろのメッセージ。
私は起きて、その後ろめたさから、遅れて15時ごろに「今日は休む」と返信した。



あなたがその時間にはもうこの世にいなかったことを知ったのは、4日後のことだった。



事故で亡くなった、と聞かされた。
何の事故で?疑問に思った私は、衝動を抑えきれずにインターネットでその日の事故について調べた。
事故に遭った時間は分かっていたので、ある記事を見つけるのは簡単だった。


「〇〇線で人身事故  市内に住む女子高生か」


心臓が耳の隣にあるようにドクドクとうるさく鳴っていた。
記事には、女子高生は線路内に落としたものを拾うような仕草をしていたと書いてあった。
自殺、という言葉が頭をよぎる。
でも、本当に線路内に何かを落として、それを拾おうとして轢かれてしまったのかもしれないし。きっとそうだ。事故なんだ。


その考えが正しくないと確信したのは、それからしばらく経ったころ。
合唱の練習中、彼女と仲の良かった子たちだけ別室に集められた。私も中に入れてもらえた。
学生部長があなたのことについて話す。「もっと彼女の話を聞いてあげられていたら、こんなことには…」。明言は避けていたが、明らかに自分で死んだのだとうかがえる内容だった。
なぜ教会は初めから自殺として私たちに伝えなかったのか、怒りが沸いた。


私たちは、あなたが欠けた合唱コンクールで最優秀賞を獲った。
神様のためになんか歌ってやらなかった。ただただ、あなたに届けば良いと思って歌った。あなたと一緒に歌いたかった。


あなたを亡くしてから何年経つか。
私は就職して、うつ病になって、3年間もこうしているよ。毎年1月になると寝込むよ。
私はいつも、あなたのことを考えているよ。あなたがいないのが悲しくて泣くときもあるよ。
他の教会の同期とは馴染めなかった私が、あなたとなら普通に話せたの。短い交流だったけど、あなたは本当に大切な友人だったんだよ。

どうして死んでしまったの?
私はまだあの日さすった背中の感触を、その温度を覚えているのに。
誰にも相談できないくらい苦しかったんだよね。今ならあなたの死にたい気持ちを少しだけ理解できるよ。ごめんね。ごめんね。何も気づかなかった馬鹿な私でごめんね。

もしかして、宗教を嫌だと思っていたの?私も同じ気持ちだったんだよ。神様なんてもう信じていなかったんだよ。
あなたの最期の瞬間のことを考えると、心がグチャグチャになるよ。痛かったね。ずっと苦しかったんだね。



今どこにいるの?何してるの?元気でいる?
いつも思い出しては問いかける。

そしてどうか、あなたが暖かくて、優しくて、明るい場所にいますようにと、毎年この日に祈る。
ただ静かに、あなたの安穏を。

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