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鬼斬の太刀

むかぁし、むかしのことさね

あるところにおにぎりろうぼうっちゅうもんがおったそうな
身のたけもあるおっきなを持ってな
山の人い鬼からえんの下の小鬼まで
鬼ならなんでもばったばったたおしておったんだそうだ

そりゃあもう強くてな
さすがの鬼もおののいて
太郎坊の名前を聞いただけで
夜も眠れなんだそうだ
村のみんなもな
太郎坊は鬼より鬼だといって笑っておってな

ただな、鬼でも殺生は殺生
いずれ本当に鬼になるやもしれんと
心配するものも、まあおったがな
それくらいにな、太郎坊は強かったんだと

そんな太郎坊がな、突然身を隠しちまってな
煙のようにな、ふっと消えちまったんだとさ

神隠しだ鬼隠しだっていってな
みんなで探し回ったんだけども
どうにも見つからなくてな
山を探しても海を探しても
太郎坊の影すらないときたもんだ

それでもみんな必死に探してな
中でも太郎坊とたいそう仲の良かった黍之介のきぃ坊は
北から南まであっちこっちに探し回ったそうな
でもやっぱり見つからずじまいでな

あまりにもきぃ坊が探し回るもんだから
太郎坊のことを知らなんだ人たちまで
探しはじめるほどにな、話が大きくなってしまったんさね
そしたらその話が鬼どもの耳にも入ってな
ここぞとばかりにあちこちでみんな悪さを働いてな
それはそれはもうおっかない世の中だったそうな

そうやって鬼たちがあちこちで騒ぎだして
世の中が乱れたころにな
うすべに色のころもに身を包んだひとりの娘っこが
きぃ坊のところにやってきてな
こういったそうな

はらの中には太郎坊の子がおると
産まれてくるのは50年後だと
宿してるのは鬼の子だと
太郎坊は鬼になってしまったのだと

そうしてな、持っていた太刀をきぃ坊に渡したんだそうだ
その太刀は身の丈もあるそれはそれは大きなもので
たしかに太郎坊のものでな
この子が産まれて大きくなったときに渡してほしいと
娘っこはそういっておったそうな
そんでな、きぃ坊にひとにぎりの種を与えてな
畑に植えて大切に大切に育ててほしいと
そうもいっておったんだと

そしたら娘っこさ山に消えちまった

はじめは疑っていたきぃ坊もな
しばらくして太郎坊からふみを受けとってな
そこではじめて娘っこのいっていたことを
信じるようになったんだと
ふみにはな、こう書いてあったそうな

少し前に、とある村の娘をめとったこと
娘のはらには自分の子がいて
その子のために手足がわれて
娘はいずれはらだけになること
おにぎりは娘に届けさせるから
子供が大きくなるまで預かってほしいこと
太刀と一緒に渡した種を大切に育てて
産まれてくる子に食べさせてやってほしいこと
子が産まれてくるのは50年後であること
自分が鬼になってしまったこと
そして自分の子が、自分をいずれ殺しに来ること

消えちまった理由も
鬼になったわけもわからなんだが
たしかにふみは太郎坊の字でな
きぃ坊は信じることにしたんだそうな

そうしてな、預かった太刀を大事に守ってな
もらった種もちゃんと育ててな
きぃ坊は太郎坊の子が産まれる日を待っていたそうな

その間誰にも
太郎坊のことも子のことも
いっさい口にせんかったそうな
自分のよめっこにもな
本当になんにもいわんかったんだと

そうして50年が経って
きぃ坊がきぃじいになったころさね

あるとき山から帰ってきたらな
家にあのときの娘っこがいたんだそうだ
あのときと同じ薄紅色の衣をまとってな
しずかにきぃ爺の帰りをまっていたんだと

ただ娘っこは手足も顔も失って
大きくふくらんだはらだけになっててな
本当に太郎坊のいっていた通りで
さすがにきぃ爺も驚いたそうだでな

そんでな、産まれてくる子供のためにな
これまで大切に大切に育ててきた
自分と同じ名前のきびの束をな
裏のへとりにいこうとしたんだがな

なぁんも知らなんだばあさんは
こうふんした声でな、こういったんだそうだ

『おじいさん、あたしゃ川で洗濯してたらねェ
この大きな桃がって
流れてきたからねェ、そら、持って帰ってきたんさね
……おや、中から赤子の声が聞こえるじゃないか』

この続きは、また今度
どんとはれ

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