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不妊治療物語9 〜仕事とフーナーとけもの道〜

痛みと引き換えにまっさらな子宮内膜を手に入れた私は、ついにフーナーテストに漕ぎ着けました。


このテストの本来の目的は、相手の精子が自分の子宮までちゃんとたどり着けているのか確認することです。

たどり着けていない場合、原因はいくつかあるのですがそれは割愛します。


エコーで卵胞を確認し、殿にこの日!と言われた日に致して翌日受診して頸管内の精子の観察と、エコーで排卵済かの確認をします。


そしてここで予想外の展開が。


内診室でいつものようにエコーされる私。

そこで殿が一言。



「あれえ、まだ排卵してないねぇ」




は?

昨日排卵誘発打ったよな…?

タイミング見誤ったのか…?

こちとら仕事に都合つけて連日来てるのに…?



脳内大混乱で診察室へ。


「フーナーは問題ないね。で、排卵まだしてないね。今日の午後かもしれんから、明日また来て。」





アシタマタキテ…?





当時総合病院で常勤の麻酔科医だった私は平日午前に病院に行くのは至難の業でした。

偶然にも部長が不妊治療経験者で理解のある方だったのである程度はなんとかなっていましたが、その翌日は結構大きな手術の麻酔担当で


「ごめん、休むから誰か代わって☆」


とはとても言えない状況でした。





「あの…、今日の午後排卵したら妊娠の可能性はあるけど明日排卵だと微妙ですよね?明日来る必要ありますか?今周期妊娠を期待しないなら数日後でもとにかく排卵してることが確認できればよいのでは…?」




「明日来てくれればまだレスキューできるから。明日来られないなら来周期またフーナーね」



えっ、フーナーテスト自体は問題なかったんだから来周期もやる必要ある?

早く体外受精したいって伝えてるのに…



「どうする?明日来れる?」



詰められた私は、ここで発揮しなくてよい社畜根性を発揮してしまうのです。






「明日は来られません。仕事が休めません…」





「あそ、じゃあまた来周期ね」





呆気なく私の貴重な1周期が消費されていきました。



私はなんだかもういろんなことがアホらしくなってボーーっとしてしまい、頭が回らないまま遅出で出勤しました。



(こんだけ仕事調整してもらって排卵のタイミングズレただけで1周期無駄になんのかよ。今周期の努力なんだったんだよ。そもそも明日あんな手術に当たってなきゃ休めたかもしれないのになんでよりによって私なんだよ。ていうか妊婦の後輩は検診とか言って好きな日に休んでるのにどうして私がこんなに周りに気を遣わなきゃならないんだ…)


などと、今思うと完全に被害妄想炸裂な負の思考ループに陥っていきました。

誰も私に仕事頑張れなんて頼んでいないのにね。




タクシーに乗って職場へ向かう途中、ラジオからスピッツのけもの道という曲が流れてきました。

よく知らない曲がだったけど、聴いていたら涙がボロボロ流れてきて、運転手さんに


「大丈夫?」


と声をかけられる始末。


大丈夫です、ありがとうございますと御礼を言ってタクシーを降り、化粧を直して出勤しました。



麻酔科医で良かったのは、麻酔をかけ始めるとそこに集中できるから余計なことは考えなくて済むことです。

仕事は昔も今も好きです。



ただ、思い返すとあの時我慢して翌日出勤しなくても良かったんじゃないかなと思います。

結果的に妊娠に繋がらなかったとしても、もっと自分のためにわがままを言っても良かったんじゃないかなって。


大きな手術の麻酔とは言え、私じゃなきゃ出来ないわけじゃないし、なんならもっと麻酔上手な人はたくさんいるわけです。

ただただ他人に迷惑をかけることが怖かっただけで、貴重な1周期を無駄にしたことは今でも悔やまれます。



妊娠中だとちょっと具合悪いと

「休みます!」

と声を大にして言えたのに、不妊治療中はなかなか言えませんでした。

まぁ妊娠中は子どもの命がかかっているので比べられるものではないのですが、世の中の風潮としてもう少し不妊治療がオープンなものになって仕事の都合がつけやすくなるといいなとはずっと思っています。


ただ実際には周りに公表したくないし、仕事も休みたくないし、本当に難しいのですが…。



ちなみに翌日は出勤し、仕事後に受診し排卵を確認しました。

午前中に受診しないと殿には診察してもらえないのですが、この際排卵が確認できりゃいいんだろ?と夕方に突撃し知らない先生に診察してもらいました。



これで理論上フーナーテストは終了。

来周期から絶対に体外受精に進むのだ!!


と意気込んだ私を、この後予想外の喜びと悲しみが順に襲ってくるのでした。










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