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ゆきのこと

ゆきは、幼い頃腰を複雑骨折し、奇跡的に自力で排泄出来るまでに回復した純白の日本猫。ペットショップの掲示板で「とにかく性格の良い子です」という、何だか曖昧な、それでいて愛情深い、「何としても保護先を早急に探したい」という想いの込められた宣伝文句とともに送り出されていたのでした。

私といえば当時、オッサンの香りのするばかデカいレオという白キジ猫を溺愛し、人間特有の、「この子を失ったらどうしよう」という起こってもいない不安に苛まれたりされなかったりな日々を過ごしておりました。

白猫に心奪われたのは幼少の頃の記憶に遡ります。
当時小学校の低学年、私が暮らしていたのは江戸、明治、大正の名残ある男尊女卑が罷り通る思考が色濃く残る地域。ステイタスは地元、幼稚園も営む由緒あるお寺の一角で催される「お琴」の習い事。そこで、富裕層なんだかどうかはわからないお友達のような女の子たちとの「じゃ、これからお琴のお稽古があるから」という別れ文句に、寂しさを感じながらぼうっと佇んでいた寺の石階段。ふと気づくと、猫が数匹日向ぼっこをしていて、ハッと気付いたのです。美しい白。陽を浴びて艶やかに光り輝く柔らかな毛の先端の愛おしさ。
何十年も年を経て、その情景と感動を覚えているからこそ、白猫に対する情念とも言える憧れが拭いされないのでした。

ゆきを迎えに行ったのは、車で1時間ほどの動物病院。現在8ヶ月という表記があったのですが、実際はそれを5ヶ月上回る一歳と3ヶ月の男の子でした。

初対面は衝撃的でした。まだ這うようにしか歩けないゆきを抱っこし、反射的に首筋の匂いを吸い込みました。
ああ好き。なんて良い香り。
スタッフの方にそれを伝えると、お風呂には一度も入れていないとのこと。
抱っこもそこそこに、ゆきはそそくさと這い歩きしながらお部屋から去ってしまいました。

我が家に迎え入れる時、人間の伴侶には「恋人を連れて来ます」と半ば強引に押し通してしまったこと今も申し訳なく思っております。ただ、これは仕様がなかったのだ、とうてい抗うことは無理だったのだということをここに明記しておきます。

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