【本/考察】毒①
高瀬隼子さんの「おいしいごはんが食べられますように」を読んだ。
読んでいてこんなに不快になる本も珍しい。
この本を批判したいわけではない。が、本当に不快になった。読了後も後を引くむずがゆさ。むかつき。毒を食らったと思った。
何がそんなに不快なのかというと、この本の登場人物・芦川さんである。ついでに言えば主人公の二谷も大半の同僚たちも、私にとっては相当不可解だ。
この毒はどこかに吐き出さないと治らない気がするので、ここでは私のむかつきポイントについて解説・考察していきたいと思う。
まずは主要な登場人物について、紹介と私なりの解釈を書いていく。
・二谷…本作の主人公。男性。持ち前のことなかれ主義で会社でうまくやっている。「うまくやる」ことに照準を合わせて生きている。
・芦川さん…二谷の先輩。女性。よく体調を崩して早退したり欠勤したりしている。加えて仕事もできないが、いわゆる「守ってあげたくなるタイプ」のため会社で生き残れている。料理とお菓子作りが得意。容姿は整っている。
・押尾さん…二谷の後輩。女性。芦川さんのことが嫌い。芦川さんの尻拭いをよくやらされている。堂々と芦川さんを裁くことはできないので、正当なやり方で、問題にならない範囲で芦川さんに報復してきた。そうしないと気が済まないタイプ。
私には、登場人物の中で押尾さんが一番まともに見える。というのも、多分私は押尾さんと似たようなタイプだからだろうと思う。
以下、むかつきポイントを列挙していく。
①藤さんが口を付けたと知っているのに、わざわざ本人の前でペットボトルのお茶を飲む芦川さん
この場面を読んだとき、藤さんはセクハラが度を過ぎている人で、芦川さんは藤さんに完全に舐められているんだなと思った。それにしても芦川さんの行動が謎だったが、今は、芦川さんはセクハラを甘んじて受けているというか、藤さんに「守ってもらう」ために必要な行動をとっていたのではないかと考えている。
②芦川さんから引き継いだ仕事でミスが出たとき、芦川さんにも責任はあるのに先方への謝罪を二谷や他の人に任せた
怒鳴られるのが得意な人など稀である。望んで謝罪に行きたいという人がどれほどいるだろうか。
誤解を恐れずに言えば、過去にパワハラに遭ったと言われれば謝罪を指示する方に罪悪感が生じないだろうか。謝罪でなくても、こういうタイプの取引先には芦川さんをあてがわないようにしようとか、他のことでも配慮する必要が生じるはずだ。
でも、「パワハラに遭った」と申告することを批判することはできない。実際に芦川さんが過去にパワハラに遭っている可能性もあるからである。
かと言って、電話口の謝罪くらいは芦川さんにやらせてもいいのではないかと思う。そうさせなかった藤さんにも疑問がある。
批判できそうでできない、ぎりぎりのところにいつも芦川さんはいる。
③二谷と芦川さんが居酒屋で食事をしたとき、店主に聞こえるように「おいしい」と言ったり、わざわざ厨房までそれを伝えに行ったりする芦川さん
そもそも尊敬できない相手となぜ付き合うのか理解できないと思ったが、顔が良くて性格もタイプなら付き合うくらいはあるのだろうか。仕事とプライベートは別だから許容できるのか。この件については後述する。
芦川さんは「みんなに好かれる自分でありたい」という気持ちが人一倍強いのかもしれない。人から良く思われたいという気持ちは多かれ少なかれ大体の人が持っているものだと思う。だからといって、飲食店に行ってわざわざ芦川さんのような行動をとるだろうか?
芦川さんは人から良く思われるためなら労力を惜しまない、そんな人なのだと思う。
④前の日に頭痛で早退しているのに、次の日に手作りのマフィンを職場で配る芦川さん
押尾さんや二谷の言葉から察するに、芦川さんは体調不良で早退したり欠勤したりすることが他の人より多いようだ。
藤さんの言う「君ができないなら仕方ない」とは、要するに「芦川さんのカバーを押尾さんができないなら仕方ない」という意味だろうと思う。そして、芦川さんさえ早退しなければ業務は予定通り完了していたはずなのに、さも自分の力不足で仕事が間に合わないのだというように言われることが押尾さんは不満だったのだろう。
藤さんは、芦川さんからの早退の申し出は労わるように聞いていた。藤さんの中では役割がはっきり決まっているのかもしれない。芦川さんはか弱くて無理できない人、押尾さんがそれをカバーする人。
続いて藤さんは例の男性社員の話をする。そこで彼は暗に「仕事ができない男性より仕事ができない女性の方がましでしょ」と言っているように感じる。藤さんにとって、女性は仕事ができなくても許せるということだろうか。でも芦川さんと押尾さんの扱いが異なることを考えれば、芦川さんを特別扱いしているともとれる。
みんな自分の働き方が正しいと思っている。それはその通りだと思う。働き方というのは規律には記載されないようなことで、その結果「我慢する人とできる人で仕事が回っていく」。体調が悪いかどうかなんて本人にしかわからない。批判できそうなのに、やはり大っぴらには批判できないのである。
個人的には、早退した翌日に手作りのお菓子を持ってくることについては「そうするだけの元気はあんじゃん。働けよ」と思わざるを得ない。でも彼女の言葉を鵜呑みにするなら、帰って薬を飲んで寝たら治ったから、作ったのである。だから問題はない。そのはずなのにわだかまりが消えない。
⑤19時以降も働く日が2、3日続くと翌日に体調を崩し出勤できなくなる芦川さん
19時を過ぎてから帰る日が数日続くと体調を崩す。どんな仕組み?と思わざるを得ない。
早退のときは「頭が痛いので帰ります」と自己申告していたが、今回は違ったようだ。確かに「長く残ると体調が悪くなるので帰ります」では胡散臭い。結果として、「残業が数日続くと体調を崩す」ということがみんなに刷り込まれ、配慮されるようになった。そうすることで印象の悪い言葉を自分から言わなくてもよくなったわけである。または「体調が悪くなることはわかっているのに、帰れと言われるまで帰らず頑張る私」をアピールしているのかもしれない。芦川さんの行動がだんだんエスカレートしているような気がしてくる。
藤さんの言葉から察するに、芦川さんの行動に何も感じないわけではないようだ。ただ改めて言葉にしてしまうと自分が不利益を被る可能性があるから、自分も含めた他の人でカバーした方が得策だと考えているのかもしれない。または「芦川さんかわいいしまぁいっか」くらいに思っているのか。
本作が本当におもしろくなるのはここからだ。二谷の行動を見て、ついに芦川さんが裁かれるのかと正直興奮した。
繁忙も相まって、芦川さんに対する二谷の感情が沸騰し始める。二谷は決してそれを言葉にしたり見せたりしない。でも、ケーキを潰すという行動が二谷の感情の激しさを表していると思う。ため息や芦川さんへの「いじわる」が押尾さんの不満なら、ケーキを潰すのが二谷の怒りだ。
押尾さんと二谷はときどき食事に行く。その際、よく押尾さんは芦川さんへの不満を漏らしている。二谷は聞き役に徹する。それだけを見ると押尾さんの方が芦川さんに怒っているように見えるが、二谷も腹の底に相当な疑問や苛立ちを隠していたのかもしれない。
仕事ができる人だからと言って、たくさんの仕事をこなしたいわけでも、そうすることがしんどくないわけでもない。我慢強い人が我慢したいと思っているわけでも、それがたやすいことでもない。そういう怒りが、二谷の中にはあったのではないだろうか。
⑥二谷が転勤してくる前、押尾さんと芦川さんが穴に落ちた猫を見つける。押尾さんが猫の救助をしていると雨が降ってきた。押尾さんが濡れる中、芦川さんは1人だけ傘を差していた
芦川さんは「どうしよう」と発することで、押尾さんに猫を救助させようとしているように見える。押尾さんの言う通り、どうしようと言われても助けるしかない。もし見て見ぬふりをすれば芦川さんは「猫を見殺しにした人」になってしまう。そうはなりたくない。でも私スカートだし、服も汚れそうだし、押尾さんどうしよう。そんな風に聞こえる。
「すごい、私スカートでそんなことできない」。懸命に救助を試みる押尾さんに、芦川さんはそんなズレたことを言う。自分には何もする気がないというのが伝わってくる。そんなことを言っている場合ではないと思うのだが、芦川さんにとっては「猫を助けたい」と「スカートの中が見えそう」では後者の方が重要らしい。思っていても、今まさにそうしている人の前でわざわざ口に出す必要はないと思う。
そして芦川さんは男の人に助けを求めることを提案する。押尾さんの言う通り、猫に手を伸ばすのが押尾さんだろうが男の人だろうが状況は変わらないだろう。それでも芦川さんが男の人を頼ろうとしたのは、「男の人は強いから、大変なことは男の人にやってもらおう」という気持ちがあったからではないか。
やっとの思いで猫を救助した押尾さんが見たのは、自分1人傘を差す芦川さんの姿だった。普通は、救助を頑張る押尾さんが濡れないように傘を差し出さないだろうか。それか、いつ何があってもいいように構えているのが普通ではないのか。芦川さんは救出劇を傘を差して眺めていたのである。自分には関係ないかのように。
「私には絶対できない」と芦川さんは褒めたが、やろうとしていないだけだと私は思う。もっと言えば、自分がやらなければいけないことだと思っていない。押尾さんもいたからだろうか。強い押尾さんと弱い私の2人だから、強い押尾さんがやればいいと思ったのか。強いとか弱いとかは私にはよくわからないが、押尾さんが強かったから救助できたわけではない。やろうとしたからできただけだ。
まだまだ長くなりそうなので、一旦ここで区切ろうと思う。続きはまた次回。
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