生え際のにきび

「あらしのよるに」

あぁ、名作ですよね。羊とオオカミのね。

「弱気なキャサリン」

キャサリンどうしたの~。いつもあんなに元気なのに今日は弱気、っつってね。

「強情なパセリ」

お前歯にパセリついてんぞ。あ、取れてない。うん、まだ取れてない。あ、全然取れてない、コイツ強情なパセリだな、っつってね。

「生え際のにきび」

そうそう、なんでよりによって生え際に…って関係なくなっちゃったよ。


ハライチならこのあたりに入れてくると思う。私は、生え際のにきびが気になる。




先日、卒業旅行を計画した。近場で景色の綺麗なちょっとリッチなホテルでも予約して、ゆっくり温泉でも入って、夜は恋バナして、的なそういうものだ。私は、ワクワクが人の倍以上発生しやすい身体なので、当日が来るまで常にソワソワしていた。寝不足だった。

そうして、生え際のにきびができた。ばかみたいだ。私は前髪がないまま生きさせてもらっているというのに、まったく生え際というほかに表しようのない、眉の中間地点に線を引いてデコまで繋げたら、そうそうここです、というような大変模範的な位置に、にきびができた。


にきびというのは、意外と話せる話題だと思う。私の場合、遺伝的に肌荒れしづらい。「きれいな肌だ」と言われたら、「それ以外に褒めること無いやつじゃん!」と返す習性が身につくほどである。羨ましいと言われることもあるが、その一方で、にきび歴は浅く、戦う術もあまり知らないのである。ある程度、にきびなんかには困らなくなってきているでしょう、という顔をされがちな年齢になったのに、にきびの初心者なのだ。おじさんに哺乳瓶みたいなものだ。世界を知るのが、遅すぎた。

そんな私ににきびができるなんて、申し訳ないが、ここはひとつ寂しさを感じ取って頂きたいものである。

しかし、そんなところで諦める人間ではない。私はつよい。奥の手があった。それは巷で話題のにきびパッチである。韓国の美容業界で注目され日本にも広がりつつあるらしい。にきびの種類に合わせて、ニードル付きだったり、サリチル酸が含まれてたり、ビタミンが塗られてたり、するらしい。


旅行前夜、それまでに消えるだろうという予測は大きく外れ、顔のパーツといえば目、鼻、口、にきび、と思わず言ってしまいそうな存在感をいまだ放つのは、あの生え際のにきびだった。

「これは、買うしかない」

そう残すと、私はアマゾン(ドンキ)の奥地へと向かった。



綺麗なホテルだった。温泉はあたたかくていい匂いだし、美しい夜景が見えるし、立派なフレンチが出てくるし、まぁあわよくば彼氏なんかがいればよかったね、なんて女三人で悪あがきにも足らないひとりごとを言ったりもした。そろそろ恋バナが始まろうとしていた夜22時ごろだったろうか、私はまるで下々の人間に命令を下す貴族にでもなったかのように威張って、立ち上がった。

「そろそろ外そうかな」

優しくノリがよい友人たちは、しっかりと何を?と聞いてくれた。

「ん?にきびパッチ。」

あの瞬間、私の色気は全盛期の山口百恵ちゃんにも相当したと言っても過言ではないかもしれない。過言だろう。



数秒後のことである。は?痛!?

今考えると生え際だから当たり前なのだが、にきびパッチはにきびのみならず、私の産毛までを持ち去ろうとしてくれていた。何が出血大サービスやねん。コラ。

生え際のにきびと、にきびパッチは、まさに水と油、相性が悪いということを知った。でも、皮肉なことに、にきびは目立たなくなっていた。なんて奥深い世界なのだろう。



54枚入りのシートのうち、5枚も使わないまま旅行は終わった。まぁでも、いい経験になったし、産毛とにきびを天秤にかけたところ、にきびを消したい気持ちが勝ったので、その後は産毛のことなど気にせずにパッチを使った。



数日後、一人暮らしの家に帰り旅行を振り返って、はやくもノスタルジックな気持ちに浸っていた。

と、シャワーを浴びているとき、左のこめかみに違和感があった。

そいつは、なんと、あの時の比にならないほどデカいにきびだったのだ。

なぜ生え際を狙ってくるのだ。初心者だと言っているではないか。今回はなんならもはや、毛の比率の方が高いんじゃないかってところに「やぁ、はじめまして」って感じである。おい、ふざけるな。そう怒りながらも、なぜか心はワクワクしていた。もう私のことは誰にも止められない。


ドライヤーをする前に、鏡の前で丁寧にこめかみ周りの水分を拭きとった。そして、シートからそっとにきびパッチを剥がす。

ぺた。

えもいわれぬ罪悪感である。肌なじみがよく、貼ったことを感じさせないことで有名なものを選んだだけに、まるで貼っていないかのようにも見えたが、目を凝らせばやはり産毛を盛大に巻き込んでいた。


あらしのよるに、弱気なキャサリン、強情なパセリ、

生え際のにきび。


生え際のにきびに、にきびパッチを貼る人間が私の他にもいるなら、私のパーティーにぜひ招待したいと考えている。


君とはきっと良き友になれるからだ。

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