さばの味噌煮缶

noteを知ったのはいつだったか覚えていないが、「何だか周りの文学思考の優れた人間たちがこぞって何かしらのURLを貼っているなぁ」なんてのに気づいたのは、今より半年から1年ほど前だったように思う。それがnoteだった。

私なんかが始めるにはもったいねぇサービスだわ♡と避けてきたが、実のところ私は僭越ながら毎日心の中で無数のポエムを生み出す恐ろしいモンスターなのでそもそも向いていたはずである。しかし、少なくとも半年から1年我慢したのに、どうして始めてしまったのか。何がトリガーになったのかというと、さばの味噌煮の缶詰のせいなのである。すべては鯖のせいなのだ。


今日は、元は予定があったのに何にもなくなってしまった土曜だった。

スマホ依存症も末期であろう私、もちろん朝から昼過ぎまで動画視聴にいそしんでいたのだが、ふと心に魔が差して近頃あったムカつくことを思い出したら止まらなくなったので、いつもの通りツイッターで元気に愚痴をぶちまけていた。そこまで堕ちてから、なんか終わってるなぁ、と思った。だって休みなのに何にもしないで、暇だからって愚痴をツイートしてるのは、すごくダサい。

そこで、今日の予定を立てた。「よし、散歩にでも行こう。」散歩は良い。近頃、新生活の準備で貯金が嘘みたいに減っていってるので、お財布に優しいのはウェルカムだし、近頃、卒論の反動で体重が嘘みたいに増えてってるので、ダイエットになるのもウェルカムだ。よし、散歩しかない。



小雨になった。


くそが!

しょうがないので、別の予定を立てた。「靴が買いたい。」最近車を買ったのだが、行動範囲が広がると気になる店も増えるものである。地元でも見たことのある東京靴流通センターなるものが、大学生活を送るこの地にもあると知った時、絶対にここで靴を買うんだという腹は決まっていた。ここ数年私の心を躍らせてくれるスニーカーに出会っていない。買える値段のスニーカーはダサい。おしゃんなのを見つけても、高い。高いと買えない。ダサくても高くても私の心は躍らないのさ。


聞いてくれ。なんと3000円少々で、はちゃめちゃにキュートで清楚でかっちょいい靴の購入に成功した。「靴流通センターに行く」というのは、私ではなく、神がきめたことだったと言われても、今なら納得しかねない。Oh my God.

で、まぁ、色々と端折ったが、実は他にも出費をした。400円で最近遠出した時に泥まみれになったマイラブリーカーの洗車をし、某用事でゴミステーションで暴れた際になぜか着ていったお気に入りのコートをクリーニングに出したら550円だった。つまり、今日の出費は…?


そう。ここで、晩御飯を100円のさばの味噌煮缶にするというのが至極真っ当な大学生の思考であることにお気づきだろう。ご飯は家にあるし、みそ汁は昼に大量に作っていた。なんて完璧な和食が私を待っているんだ。とてもハッピーな思考回路なのでルンルンの私は、マイラブリーカーのワイパーを高速で動かして、ギアをドライブに入れたのだった。


スーパーの缶詰売り場で静かに立ち尽くしている女を目撃したあなたに教えてあげよう。それは今日の私だ。

さばの味噌煮(150円)

hyaku-goju-yen????

なんと売り場で最安値のさばの味噌煮缶は強気にも150円を提示してきたのである。そんなの聞いてない。それぞれのご家庭で各々自由に行われているであろう食育だが、例えば缶詰など死んでも食うなと言われる家庭があったり、食事中はテレビをつけるなと言われる家庭があったりする中で、うちの食育はというと、なるべく安く済ませなさい、だったと思う。さばの味噌煮缶やさんまのかば焼き缶は100円が相場だし、豚肉はグラム100円を切ってたら買いというのは連立方程式なんかよりも前に習ってたし、メロンパンは六人家族でケーキみたいに切り分けて食べてた。いや、別に母は料理はかなりする方だったんだけど、なんならめちゃ上手だったんだけど、それとこれとは別というか、その、つまりはさば味噌が100円じゃないなんて私の教科書にはなかったんだ。

そこで頭を巡るのは、100円のレトルトカレーにメニューを変更すること。…駄目だ、最近暴飲暴食してるから満足度足りなくて結局夜中にコンビニ行く羽目になる(早口)。それか今日はいっそのこと、自分に優しくチートデイなんて言い訳して惣菜でも買うか?…それをするから、今の残高になったんだ。あほなんか。


いや、よく考えてもみなさい。さばの味噌煮が150円な訳ないだろう。だって、そう教育されたんだから。私は強い意志で、100円のさばの味噌煮缶を見つけるのを諦めないことにした。そんな素敵な私に戻ったからか、ようやく私は思い出した。スーパーの隣の百均に食材もいくつか並んでいることを。

少しの距離なのに開いた折り畳み傘を丁寧にたたんで、百均に入った。期待しちゃだめだ、と無かった時の喪失感を避けるためなのか、弱気な考え方が脳をかすめた。でも、手を消毒してた時、「いらっしゃいますぅぇ‐」と語尾にかけて小さくなる声が低めのダルそうな店員さんを見て、なぜか自信を取り戻す。たぶん彼女は鯖缶の品出しで疲れてるんだ。そうに違いない。なぜか、私はそう確信していた。


帰り道、私の口角は上がっていた。そしてマスクのせいか、興奮したせいか、メガネは曇っていた。ふふ。いま、鞄の中で100円という常識と幸せの詰まったスチールの缶が転がっている。さばの味噌煮缶は、こうして私の手中に収められたってわけで、これを書いてるときにはお腹をじんわりと味噌とショウガで温めてくれてるのです。


なんかさ、お金とか才能とか、何かのせいで夢を諦めそうだって子供を見つけると、夢をかなえられた大人たちは皆口をそろえて「言い訳を自分で作ってるだけだ」「諦めないことで夢がかなうんだ」とか言うけど、私はうぜーとしか思わないキッズだったのね。だって、てめぇらは家の事情知らないだろ!みたいなさ。ひねくれてたんですよね。でも、今日なら言える。

「諦めんな。探せばこの世にはまだ100円のさば味噌があるんだよ。ちっちゃな環境(スーパー)なんかにこもってないで、新しい世界(百均)へと足を踏み出してみろよ。」

って。



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