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ある一次創作の作者さんとの思い出話。

[約3分程度の内容です]

◼︎無料配布ペーパー
中学生の頃通っている塾の近所に、同人誌など二次創作の書籍も置いてある本屋さんがありました。
その本屋さんの入り口の壁に、各サークルの無料配布ペーパーを配布するコーナーが設置されていました。
私よりも先に二次創作を嗜んでいる友人に連れて行ってもらい、その本屋さんの存在を知りました。もう26年前のことなので、本屋さんの名前は忘れてしまいました。
その無料配布ペーパーをもらったことがキッカケで、一次創作をしているある作家さんの存在を知りました。

◼︎一次創作
当時、その作家さん(以下Uさんと呼びます)はオリジナルのBL作品と便箋を出していました。
特に便箋は10枚100円にもかかわらず、細部まで描き込まれた素敵なイラストでとても豪華さが感じられました。
当時まだ中学生でお小遣いをもらう立場だった私は、あまり本が買えないので彼女の便箋をせっせと集めていました。

◼︎ファンレター
当時はまだインターネットが一部でしか普及しておらず、同人誌やグッズの注文は、作家さんの無料配布ペーパーにある注文書を切り取って記入し、郵便局で購入した定額小為替と送料分の切手を同封して郵送するのが多かったように思います。
注文書を郵送で送る際、私は毎回ファンレターを同封していました。
何度も注文すると作家さんに認識してもらえて、Uさんからもお返事がくるようになりました!初めてお返事もらったときは本当に嬉しかった〜!(それまでも購入のお礼のお手紙は入ってた)
そして世間知らずな中学生の私は、友達と接するノリでプリクラなども同封していたようです…。
今回このnoteを作成するにあたり、Uさんから頂いたお返事を読み返したんですが…
「プリクラありがとう」って毎回書いてあって、ちょっと恥ずかしくなってしまいました。

◼︎ファンレターの内容
お手紙のやり取りをしていくなかで、私はけっこう自分自身の悩みを打ち明けていました。中学生の頃の私は、国語と歴史以外の教科が嫌いだったので、高校にも進学せず小説家になりたいと本気で思っていて、そのことについて相談していました。
怖いもの知らずで世間知らず、あまり友達もおらず自分を客観視出来なかった私は、もう本当に「イタイ」人でした。でもUさんはそんなおバカな中学生の私の話も、ファンレターへの返事の域を超えて真剣に向き合って答えて下さっていました。

◼︎ファンレターを送らなくなった理由
本当に大好きだったUさんを追わなくなってしまったのは、高校生になってから好きなバンドができて追っかけを始めたからです。
アルバイト代を注ぎ込んで追いかけ、本当に5年間夢中で追いかけました。
バンドの追っかけをやめて落ち着いた頃も、遊びに夢中で全然Uさんを思い出さなくなりました。

Uさんを思い出したキッカケは、彼氏と同棲する為に実家を出たときでした。
自分の荷物を整理してるときにお手紙のやり取りが出てきて、はっとしました。
慌ててGoogleでサークル名や作者名で検索しましたが見つかりませんでした。
twitterでもたまーに検索していますが、やはり出てきません…。

◼︎Uさんに伝えたいこと
以前ふせったーで二次創作への思いを語ったことがあるのですが、Uさんこそまさに、私の命を救ってくれた人でした。
学校にはあまり友人がいなくて、家庭環境がよくなかった為に親にも話せなかった悩みを聞いてくれて、寄り添って下さいました。
そしてずっと憧れでした。
住んでる地域が東京と北海道だったので、1度も会ったことないしお手紙のやり取りだけでしたが、本当に精神的な支えでした。
「ありがとうございました」
と伝えたいです。

思い出話を読んでくださりありがとうございました!

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