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感謝・喜び・ワクワクを感じる力

こんにちは!
暑い夏休みの始まり🌻毎日とろけそうです〰︎🍨

さて、私を指導してくれている先生との会話の中で
「感謝の気持ちが足りていないのでは?」
「あなたには簡単にできてしまうことだから、
小さなことに喜び、感動を感じられないのでは?」
「家族に対してお世話させていただいている
という気持ちを持てていますか?」
「お世話できる喜びを感じていますか?」


先生は、私に何かに気づいて欲しいという気持ちで
おっしゃられたのだろうと察しました。
と、同時に憤りも感じました。


憤った理由を考えると
「ここまで精一杯やってきた」
といったような自負がどこかにあったから、
自信こそないけれど。

そして、自分の中に
「これまで頑張ってきた自分を認めてほしい」
「同情してほしい」
というような欲求があったからではないかと。


むしろ家族に関しては
”私に感謝してほしい“というような…
要は家族からのレスポンスが
欲しかったんだと気づく。


育児が始まって、これまで専業主婦として
子どもと向き合い、
私の気持ちを汲み取ってくれる人は夫、
でも足りなさも感じてきた。
ある意味、家族のためにエネルギーを使って、、
というか大半のエネルギーの行き先は家族、
といった方がいいのかな。
こんなに頑張ってるのに!
注いでいるのに!、、の憤り?😩
独りよがりな考え方ですね。


それともう一つ。
私の性格もあると思うけど、
打っても響かない場合は
諦めるようにできていて
結果、家族に対して諦める姿勢、
耐性が身に染み付いてしまった。


それだけではなく自分を諦めるようにも
なっていった。
自分の食べたいもの、行きたいところ、
やりたいこと、といった
溢れ出る情熱みたいなものがなくなってしまった、
いや蓋をするようになった?
感じないようにしている?
家族に合わせる、
いや、合わせながらも家族を言い訳にしている。
自分を主体としてこなかった、
現実をこなしていった結果こうなってしまった。


お恥ずかしい自分の心情を赤裸々に
書き込みましたが😅
さて表題にもあった
 ー感謝・喜び・ワクワクを感じるー
これが意外と難しい。
よっぽど抑えてきたのか、
自分の感情に従ってこなかった結果か、
思考の回路が出来上がってしまっていて、
素直に喜んだり、期待したりできなくなっていて‥


 子どもが喜ぶ顔を想像して
 お料理をしたり
 何かのサプライズを期待したり
 綺麗に掃除されたことに気づくかなぁなんて
 考えながらウキウキ家事をしたり 

生活の中にある小さなワクワクやドキドキ、
喜びを感じる力をもう一度呼び覚ましてみなさい、
という警告だったのかな、と思います。


相手に求めること < できたこと、できていること
そこを喜ぶこと、感じることを大切にしてみよう!

〜家族のお世話をさせてもらっている喜び〜
そこへ到達するには私はまだまだ未熟過ぎるけど
人間らしさ、自分らしさを笑いながら
目線を変えて、素直に期待したり、
ワクワクしたりする生活を送れるようになりたい!
子どもたちが大きくなってきて
やっと自分に立ち戻れる時間もできてきたところ。


子どものように、とはいかずとも、
ドキドキワクワク自分の感情に素直になれたら
もっと豊かに楽になれるかも🌻


気づきの日記


エツコ



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