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最近気づいたこと

皆さんは、「好きな食べ物って何?」と聞かれたら即答できますか?


この「好きな〇〇」系の質問、私はずっと苦手でした。

一見すると日常における何ら変哲のない質問です。相手との共通点を探したり、食事する場所を調べる際の糸口にしたりと様々使われる場面も多いでしょう。

私も別におかしなことを聞かれているとは思いません。ただ咄嗟に「好きなもの」が出てこないのです。おそらく、聞かれるたびに違う回答を返しているような気がします。

食べ物で言えば、「お寿司」「鶏肉」「ラーメン」「刺身」などなど挙げようと思えばいくつかは挙げられるのですが、どうも自分の中でしっくりきていませんでした。

好きなものが必ずしも一つとは限らないので、別にいいんじゃない?とも思わなくもないのですが、そうはいえども気になるため少しだけ考えてみることにしました。

同じ「好き」という言葉を使っているのにもかかわらず、何故ここまで違和感が抜けないのか。

食べ物に限ったことなのかどうか。

反対に嫌いなものなら即答できるのか。

などなど……


あれこれ考えて、一つ気づきました。

自分の中において「優先順位」や「優劣」という観念が希薄なことに。

「好き」「嫌い」の別はあります。でも、「好き」の中で「AよりBの方が好き」とか「〇〇の中ではこれが一番好き」とかいうような色の濃淡が自分の中にないのです。

同じ温度の色が果てしなく広がっている印象と言えば伝わるのでしょうか。

お寿司もラーメンも「好き」ではあることに違いないのですが、いざ「どちらが好きか」と聞かれると途端に言葉に詰まります。


これは、食べ物だけではなく人間関係にも通じるところがあり、好き嫌いはあれどもそこに程度の違いはありません。

私の場合、「好き」という箱と「嫌い」という箱があるだけで、そこに対象を放り込んでしまうと、そこでおしまいです。それぞれの箱の中を選り分けたり整理したりしないのです。


一方で一般的に「何が好き?」の「好き」は色の違いを聞かれているように印象を受けます。

おそらくこの「ズレ」なのでしょう、私が抱く違和感の正体は。

仮に答えたところで相手方が「それのどんなところが好きなの?」「なんで好きなの?」などと深堀りしようとしてきた日には頭を抱えてしまうに違いありません。

だって、私の「好き」に理由などないのだから。

色の濃淡もなければ理由もない。漠然と箱の中に放り込んでいる以上、全て「なんとなく」なわけです。

もしかしたら箱の中を整理することが一般的であるが故に、皆さんは「私の一番」を答えられるのかな?などと思い至りました。


昔から何かしらに対して明確に「好き」と表明することは殆どなく、また強烈に惹かれる「何か」と行き交ってこなかったことは、この手の質問に対する苦手意識の一因なのかもしれません。

今のところは無難な回答に終始しているのですが……

いつか出会えるといいなぁ

強烈に色を放つ私の「一番好き」に。

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