『家族ダンジョン』第4話 第三階層 全員、踊り子
三人の眼前に古めかしい石柱が林立する。等間隔で並び、碁盤の目のような細い道が形成されていた。
「……見るからに怪しい」
茜は細い道を覗き込むようにして見ていく。
直道は階段を降りたところに立ち、顔を左右に向けた。どちらも遮る物はなかった。
隣にいた冨子は、あらー、と嬉しそうな声を上げた。
「ここって雰囲気があっていい感じねー」
何の気負いも見せず、自然体で石柱の間の道に入る。十字路に一歩を踏み出した直後に小首を傾げた。
「直道さん、いつの間に私を追い抜いたの?」
「何を言っている。私は一歩も動いていないぞ」
二人の噛み合わない会話を聞いて茜が素っ飛んできた。
「お母さん、勝手なことしないで! どこに常識があるのよ!」
「危ないことは何もなかったよ。上の箱の時と同じで、試してみないとわからないよねー」
「それ、私の台詞。まあ、確かにそうなんだけど。取り敢えず、こっちにきて」
冨子は大人しく茜の声に従った。
「今の話で少し試したいことがあるから」
代わりに茜が細い道をいく。十字路の手前で立ち止まり、緊張した面持ちとなって一歩を踏み出した。
「急に横を向いて、何か見つけたのか」
「ただ、まっすぐ歩いただけで……わかった! ターンテーブルなんだ!」
狭い空間の為、その場で用心して回り、笑顔で二人の元に戻った。
冨子は聞き慣れない言葉に、んー、と言いながら天井を仰ぐ。代わりに直道が話を進めた。
「それも仕掛けなのか」
「その通り。3Dダンジョン物では定番のトラップだね。十字路によくあって向きを強引に変えて迷わせる。ま、命に関わるようなものじゃないんだけど……」
少し表情を曇らせた。
「どう考えても降りる階段はターンテーブルの中にあるとしか思えない」
「中に入らないで周りを歩いてみない?」
悩みから解放された冨子は笑って言った。
「見えるところにあったらいいんだけどね」
方針が決まると三人は行動に移した。各々が目を凝らしながら石柱の周囲を回る。並行して壁にも注意を向けた。
四回、角を曲がって上り階段に行き着いた。茜は大きな溜息を吐いて項垂れた。
「やっぱり、見えないところに階段はあるみたいね」
「じゃあ、みんなで中に入ってクルクル回りながら探してみようー」
「そうなんだけど、この広さだし」
茜は気乗りしない様子で言った。
「虱潰しではなくて、少し効率を上げるか」
直道の言葉に二人は、はぁ? と揃って疑問形で返した。行動で示すつもりなのか。スーツのポケットに突っ込んでいたウサギの縫いぐるみを手に取った。
「また、それぇ」
呆れたような茜の声を聞き流し、縫いぐるみを石畳に置いた。適当に距離を空けて後ろを振り返る。微調整を加えるようにして足を止めた。
縫いぐるみを見つめたまま、直道は普通の足取りで戻ってきた。
「二十歩だ」
言いながら縫いぐるみを回収した。茜は足を踏み鳴らす。
「だから、何が!」
「縫いぐるみが目で、はっきり見える距離が二十歩になる」
直道は一番、近い角に足早に向かった。そこから歩数を声に出して進んだ。二十歩を超えたところで冨子が、んー、と声を漏らす。
「目に見える範囲を超えたんだけどー」
「さっき一周して階段が見つからなかったんだから、二十歩以内にはないってことでしょ」
ようやく意味を理解した茜は自嘲気味に笑った。
四十歩を数えた個所で直道はぴたりと足を止める。
「正解だ。ここから三人で入って一方を目指す」
「左右を見て階段がなかったら、抜けた先からまた四十歩になるのよね」
「その往復でいつかは見つかるだろう」
茜はがっくりと肩を落とした。目にした石畳を軽く蹴った。
「こんなの冒険じゃない。不毛な作業だよ」
「きっと楽しいよー。遊園地のコーヒーカップみたいで」
「お母さんは気楽でいいよね」
「行くぞ」
直道の一言で一方は渋々、他方は明るく答えた。
十字路だけにトラップは仕掛けられていた。一度、罠が発動すると移動しなければ普通の床と変わらない。一人が先に十字路に踏み込み、後方に控えている一人を目印にして方向を維持した。
刻むようにして歩いて石柱を抜けると、再び四十歩の間隔を空けて果敢に挑戦した。その繰り返しであった。
「全然、爽快感がないよー。もう嫌になるぅ」
「お母さん、もう少しだから。クルクル回ると楽しいよね?」
「楽しくないよー。回ってる感じが全然しないんだもん」
冨子は駄々っ子と化して茜を困らせた。直道は先頭に立ち、黙々と二人を引っ張ってゆく。
「お父さん、階段はまだなの!」
茜も釣られて感情が高ぶる。その中、直道は冷静に言葉を返した。
「降りる階段は見えている」
速やかにその場へしゃがんだ。茜は前方の階段を目にすると全身を震わせた。
「やっと、抜けられる。魔法でマップが見られたら、こんなに苦労することはなかったのに。あれ、なんか、こんな初期のトラップなのに……達成感が凄いんだけど」
茜は制服の袖で目を擦った。直道は、確かに、と表情を緩めて言った。
三人は三往復目で、ようやく降りる階段に到達した。
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