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『家族ダンジョン』第32話 第三十階層 真実の間

 一本の通路を見た瞬間、茜は露骨に表情を歪めた。周囲の反応を見るように視線を動かす。冨子も似たような状態で軽く息を吐いた。
「また強制送還されるのかもー」
「ここまできて、それは厳しい」
 直道の表情も曇る。ハムは別で鼻息を荒くした。
「心配性が過ぎるぞ! 明るい未来は己の手で掴み取るものだ! 安心して俺様のあとに続くがよい!」
 通路の中央をハムが突き進む。三人は顔を見合わせて苦笑いで従った。
 前方に大広間のような空間が広がる。床には巨大な魔方陣が描かれていた。
「やっぱりね」
 茜は口にして前方を睨みえる。
 正面に見える細長い台の上には丸いボタンがあった。
 その奥には一本足のカカシがいた。頭にシルクハットを被っている。布地の顔には目と思われる四角と三角のボタンが縫い付けられ、口に当たる部分は真横に裂けていた。雑な作りではあるものの、礼装の燕尾服えんびふくに身を包んでゆらゆらと揺れている。全員が魔方陣の中に入ると透かさず頭を下げた。
「ようこそ、いらっしゃいました。ここは『真実の間』です。これから問題を、あのー、話を聞いて欲しいのですが」
 茜と直道は奥にある扉に直行した。
「お父さん、お願い」
「試してみよう」
 直道は扉に両手を当てて力を込める。びくともしなかった。
 見かねたカカシが話を始める。
「その扉は全問正解するまで開きません。上層階の『知恵の間』と同じ作りではありません」
「そうみたいね」
 茜は諦めて台の方に歩いていった。
 全員が台の周りに集まるとカカシが両腕を広げた状態で声を張り上げる。
「先程も言いましたが、ここは『真実の間』です。これから出す問題の正解は全て真実のみとなっています。隠蔽いんぺい虚偽きょぎの回答は不正解となり、地下一階に強制送還されるので気を付けてください。回答権を得られるのはボタンを押した人だけになります」
「えー、みんなで考えたらダメなの?」
 冨子は甘えた声で、それとなく胸を揺すった。
「不正行為は全て強制送還の対象になります。あと問題の途中で答えて正解しますと、ボーナスとして時間に応じた金貨をプレゼントします」
「それはかなり嬉しいかもー」
「早速、問題です。そちらの妖艶な女性の胸のサイズはFカップ」
 軽やかな音が響き渡る。
「はい、そちらの頑強な男性、答えをどうぞ!」
 直道がボタンを押していた。表情には少なくない動揺が見られる。
「引っ掛け問題なのか」
「問題は途中ですが、ボタンを押したところで止めます。先の内容を想像して答えてください」
 カカシは冷静に返した。回答を待つ間、振り子時計のように左右に揺れる。
「……答えは真実のみ」
 直道は茜を見た。視線を下げて制服の胸の膨らみに集中する。
「な、なによ」
「隠すな。必要なことだ」
 真剣な顔に茜は胸に当てた手をそろそろと下ろした。
「わかった」
 一言のあと、直道はカカシに目を移す。
「答えをどうぞ」
「……Bカップ」
「正解、お見事です! おっぱい鑑定士の称号を進呈します」
「断る!」
 直道は一言で拒絶した。カカシはくるりと回る。
「それは残念です。ボーナスの金貨はどうしましょうか」
「いただきまーす!」
 冨子は皮袋を持った状態でカカシに駆け寄る。
「これがボーナス分になります」
 皮袋に顔を近づけると口から金貨を吐き出した。
「多くはないけどー、いい感じに膨らんだよー」
 黒髪を弾ませて軽やかに戻ってきた。
 茜は怒りに似た表情で直道に言った。
「なんで問題の内容がわかったのよ」
「冨子がクイズの問題になっていた。家族間のことが出題されると考えた。家族で女性は二人だけだ。胸のサイズは少し悩んだが」
「単なる力自慢ではないところを見せました! では、次の問題は栗色の髪のお嬢さんが答えてください」
「なによ、それ」
「問題です。頑強な男性の前の職業を答えてください」
「サラリーマンじゃないの?」
「四択になります。一、剣道家。二、警察官。三、書道家。四、露天商。どれでしょうか」
 茜の疑問には答えず、カカシは問題を出した。
「……知らないんだけど」
「ほら、家にアルバムがあったよねー。昔の写真がたくさんあってー、そこに若い直道さんも写っていたよねー」
 冨子は遠回しな言い方で懸命に伝える。
 瞬間、カカシが大きく跳ねて着地。無機質な顔を近づけて口を閉じさせた。
「身振り手振りで意図を伝える行為、言葉で匂わせる行為等を禁じます。決まり事を破れば強制送還になります」
「まあー、それくらいならー」
「得た金貨を没収します」
「それはダメー!」
 冨子は高速で後ろに下がると背中を向けた。
「これでいいかなー」
「その状態でお願いします。それでは答えをどうぞ!」
 カカシの言葉を受けて茜はちらりと直道を見た。全く視線を合わさない。厳しい顔の石像と化した。
 茜は悩みながらも台の上のボタンを押した。
「四はないかな。残りは三つでどれもありそうなんだけど、二番で!」
 カカシの揺れが収まった。
「ウソでしょ?」
「正解です!」
「そういう演出は必要ないから!」
 茜は半ば怒って返した。
「お母さんの愛が通じたのねー」
 冨子はくるくると回る。全身で喜びを表現した。
「悪いんだけど、本当に勘だから。露天商は想像ができなくて。あとは最後が『家』じゃない二番かなって」
「昔のことだ」
 直道は素っ気なく言った。
「それでは最後の問題になります。回答権は三人になります」
 カカシの言葉に即座にハムが反応した。
「俺様が答えてはいけないのか」
「その通りです。では、最後の問題です。そこにいるピンクの化け物は三人から見てどのような存在でしょうか」
「俺様は化け物ではないぞ! 偉大なるピンクの悪魔にして三人にとっては」
「口を閉じていようねー。大切な金貨がねー、没収されちゃうのよー」
 冨子は糸目を開きながらハムに近づいてゆく。計り知れない威圧感に押され、隅に押し込まれた。
「ハムちゃん、別にいいしぃ。ここでゴロゴロしているしぃ。どうせ、一つで決まっているんだしぃ」
 言葉通り、横になった。ねたように背中を向ける。
 その間に三人は顔を寄せ合って話し合いを始めた。
 最初に茜が口を開いた。
「私の考えではペットなんだけど、二人はどうなの?」
「んー、そうねー。人と同じように会話ができるから微妙だよねー」
「ハムが希望していた、家族でも言いように思うが」
 直道の言葉に二人は黙り込む。
「……私が代表で答えてもいいかなー」
「お母さんに任せるよ」
「責任を押し付けるようで悪いが」
 隅の方で横になっていたハムの全身の揺れがぴたりと止まる。聞き耳を立てているようだった。
 その中、カカシは高らかに言った。
「答えをどうぞ!」
 冨子は台の上のボタンを叩いた。軽やかな音に乗せて答えを口にする。
「ハムちゃんはかわいいペットでーす」
「なんでだよォォォ!」
 不満を爆発させる本人を無視してカカシは跳び上がる。
「大正解です! 先にお進みください!」
「やっぱりペットなんだね」
 茜は安心したように笑った。
「家族でも正解でした。三人の代表の言葉は全て、その時の真実になります」
「それなら、ただの豚でも良かったんだね」
「なんだ、それは?」
 ハムは冷静になって聞き返す。
「あんたね。これで何回目よ」
「豚の貯金箱でも良かったのか」
 顎を摩る直道に二人は、どうかなぁ、とほぼ同時に言った。
「カカシさんの答えは……あれー?」
 近くに姿が見えない。いつの間にか奥の扉は開いていた。
 一行は気に掛けながらも先に進んだ。降りる階段を目にすると、ハムが急に尻尾を振り始めた。
「本当はかわいい家族と言いたかった。わかっているぞ。人間とは間違いを起こす生き物なのだ。今回は寛大な心で許そうではないか」
「それも正解だからねー。かわいい、かわいいー」
 冨子はハムの頭を撫でた。尻尾の振りが激しくなる。
「わかればいいのだ」
 茜は隣にいた直道に小声で言った。
「完全に手懐てなずけたよね」
「やはりペットなのか」
 小難しい顔の直道を見て茜は逆に噴き出しそうになった。


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