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『家族ダンジョン』第22話 第二十一階層 魔人の岩窟

 新たな階層は賑やかというよりは騒々しさが勝った。金属音と威勢の良い声が壁に反響して入り混じる。
「なんか、急に感じが変わったね」
 茜は通路の壁を見た。ゴツゴツとした表面は作りが荒い。色も灰色ではなくて焦げ茶色。手を押し当てると少量の砂粒が掌に付着した。
「人もいっぱいだねー」
 冨子は通路の先に目を向ける。薄汚れたTシャツを着た屈強な男達が頻繁に横切る。一様に腕が太い。肩に担ぐようにしてツルハシを持っていた。
「鉱山のようだ」
 直道の感想に二人が頷く。ハムは全く関心がないのか。大きな欠伸をした。前の階の名残りで口元から砂が流れ落ちる。
「このような狭苦しいところでは俺様の活躍は望めない。やる気も急降下だ」
「よくわからないところだし、案内役を見つけて事情を聞いてみないとね」
 茜の言葉を切っ掛けに一行は歩き出した。
 十字路では左右の人々を用心深く見ながら避けて通った。更に奥に進むと丁字路に行き当たる。厳密には少し奥行きがあり、どん詰まりにツルハシやショベルの道具類が山積みにされていた。
 その手前に筋肉質の小男が腕を組んだ姿で立っていた。頭に巻いた捩じり鉢巻きが親方の雰囲気を醸し出す。
 茜は気軽に手を挙げて声を掛けた。
「ここってなにするところ?」
「ここは魔人の岩窟がんくつだ。貴重な鉱石が採取できる。新参者のようだが心配するな。道具は貸し出している。好きなのを持っていくがいい」
 小男は組んでいた腕を解き、親指を後ろに向けた。
「少し貧相だがオーガもいるのか。鉱石の買い取りもしている。大いに励むことだ」
「オーガって」
 茜は渋面の直道に目を向けてプッと噴いた。

 直道はツルハシを選んだ。鉱石を運ぶ道具として金属製のバケツを冨子が受け持つ。茜はショベルを肩に担いだ。
「俺様は道具を使えないぞ」
 ハムは堂々と語り、見張り役という微妙な役を買って出た。
「どこを掘ればいいのか」
 直道は歩きながら周囲の様子を窺う。行き止まりのところには決まって人がいた。ツルハシを打ち付ける先を見ると壁ではなかった。床から隆起したような物に向かって振り下ろしていた。
「こっちにそれっぽい物があるよ」
 茜が別の方向を指差した。通路の途中からタケノコのような形状の物が生えていた。端の方にあるのでツルハシの扱いに困ることはない。
「形は似ている」
「直道さん、試してみてもいいのではー」
 冨子は空のバケツを振って見せる。
「そうだな」
 ハムは通路を走って通行人の有無を確認した。
「誰も来ないぞ」
「わかった」
 直道はツルハシを振り上げた。対象に向けて渾身の力で振り下ろす。当たった直後、火花が散った。甲高い音にハムが両耳を伏せた。
 数回の振り下ろしで茶色い物体が転がり出た。
「銅かな」
 言いながら茜がショベルで掬い上げると瞬く間に崩れた。
「方法はわかった。次に活かす」
 直道の一言は自信に満ちていた。
 一行は次々と現場を巡る。銀色の物や白く発光する物など、多くの鉱石を採取した。
 冨子は両手でバケツを持ち、がに股のような状態で歩いた。
「……重い、これ……掌に、食い込んで……ハムちゃん、背中、貸して……」
「俺様の背中をどうするつもりだ?」
 冨子の足元にきたハムが見上げる。
「その、まま……」
 震えながら横手に回り込む。冨子は口角を一気に下げてバケツを引き上げると、遠慮なくハムの背中に置いた。
「な、なんだ!?」
 凄まじい重量でハムの膝が折れそうになった。
「はー、楽になったよー」
「ちょっと動かないで」
 茜が全員に向かって言った。
「……今、揺れなかった?」
「なにも感じなかったよー」
「俺様の背中にバケツを置いた衝撃で揺れたのではないのか」
「そんなんじゃなくて、床がグラッとしたと思ったんだけど……」
 急に自信がなくなったのか。茜は取りつくろうような笑みで歩き出した。
 一行は親方の元に戻った。バケツの中身を見せると目を見開いた。
「クズもあるが、珍品も揃っている。高く買い取ってやるが、どうだ?」
「口だけではなくてー、態度で証明して欲しいなー」
 冨子は胸を両腕で挟み、前屈みの姿勢となった。舌なめずりをして徐々に目を開いていく。
「わ、わかったから。そうだな、限度額に色を付けて大金貨二枚で、どうだろうか」
「大金貨! まいどありー」
 冨子は両手を差し出して二枚の大金貨を受け取った。萎んだ皮袋に、ちゃりーん、と言いながら収めるとほくほく顔になった。
 直後に凄まじい縦揺れが全員を襲った。
 多くの頑強な男達が恐慌状態に陥る。手にした道具を親方に投げ返すと上る階段へ殺到した。
「お前ら、どうしたんだ!」
 叫ぶ親方に一人が青ざめた顔で振り返る。
「魔人が蘇ったんだ! 誰かが間違えて結界の一部を壊したらしい!」
「え、魔人って」
 茜の驚きを他所に親方は手早く荷物を纏めた。
「どういうことよ! ちゃんと説明して!」
「通路の途中にあった結界が壊されたんだ!」
 丸々とした荷物を背負うと親方は男達と共に逃げ出した。
「……もしかして、最初に壊したアレかな」
「すまない」
 直道は素直に頭を下げた。
「でもー、あれを見つけたのは茜だよねー」
「まあ、それはね! 似てたよね、形が!」
 突き当りの壁が崩れた。手前に置かれた道具類が巻き込まれ、全員の目が先の空間を見つめる。
 直道の表情が険しさを増した。
「採掘の途中で降りる階段を見たか?」
「俺様は見てないぞ」
「私も見てないよー」
「まさか、この先に階段が」
 茜は崩れた先を指差す。
「そこには魔人とやらもいるのだろう」
 直道はツルハシを改めて握り締める。潰れた道具類を踏み締めて、少し屈んで中に入っていった。
「行くしかないよねぇ」
 冨子は情けない笑みで続いた。
「ハムはどうする?」
「俺様に後退はないぞ。魔人がどれほどの相手なのか。このピンクの悪魔が見定めてやろう」
 ハムは高らかな足音を響かせる。茜は息を吐いて覚悟を決めた。

 横幅のある歪な通路の奥に巨像が立っていた。ゴツゴツとした表面は岩石を思わせる。頭部に当たる部分には横長の切れ目が二つ入っていた。
 一行が近づくと切れ目が上下に開いた。暗黒の穴となり、奥の方に青白い炎が灯る。巨像を挟むようにしてあった魔方陣が炎を噴き出したかのような円柱の光を作り出す。
 巨像は青白く揺らぐ目を一行に向けた。破砕音と共に大きな口が上下に開いた。
「我は番人ナリ。挑む者ニ、等しい死ヲ」
「俺様はピンクの悪魔だ! 石くれの傀儡くぐつよ! 速やかに道を開けて降りる階段を解放せよ!」
「その通りの内容なんだけど、もう少し簡単に言えないかな」
 茜は程よく力の抜けた笑みで言った。
「ヨカロウ。死ヲ授けル」
 巨像の手が赤い円柱の中に突っ込まれた。魔方陣に粗削りな岩の塊が出現した。掴んだ瞬間、直道はツルハシを後方に投げ捨てた。
「避けろ!」
 その一言で全員が端に寄った。唸りを上げた岩が中央を転がり、入ってきた穴を直撃した。
「あらー、もしかして逃げる道がなくなりました?」
「死からハ、誰も逃げラレヌ」
 巨像は別の手で岩を転がした。壁際にいた茜とハムは軽々とかわす。
「威力はありそうだけど、どうってことないね」
「その通りだ。恐れる要素は一つもないぞ」
「でもー、どうやって反撃すればいいのかしらー」
 冨子の疑問に誰も答えることができなかった。
「死ヲ、受け入レヨ!」
 魔方陣を介して岩は次々と出現した。巨像は疲れを知らず、攻撃の手を緩めない。
「当たらないって」
 俊敏な茜に岩は掠りもしない。
 その中、直道の表情は苦しさを増した。額に前髪が貼り付き、異様な量の汗を掻いている。
「直道さん、どうしました?」
「このままでは皆が危ない」
「俺様は余裕で避けているぞ」
 ハムは軽やかな足取りで直道の側に駆け寄った。
「岩を避けると後退する空間が埋まる」
「本当だ」
 茜は積み重なる岩を見た。僅かな隙間は上からの重みで見る間に潰れてゆく。
「死ダ! 我、生マレでテ、十八年、無敗ナリィィ!」
 巨像の攻撃が激しくなる。転がる岩は苛烈を極め、空間を押し潰す。前進を余儀なくされた一行の顔面が汗で濡れ光る。
「まだ終わらない!」
 茜は冨子のエプロンのポケットに手を突っ込んだ。小瓶を握り締めるとハムを呼んだ。
「番人の近くまで行って!」
「俺様に任せろ!」
 茜はハムの背中に飛び乗った。立った状態で横を向き、軽く両膝を曲げる。
「無駄ダ! 死ヲ受け入レヨ!」
 迫る岩をハムは鋭角に走って避ける。茜は横向きの姿勢でゆらゆらと揺れて耐えた。
「ハム、正面で跳んで!」
「これが俺様の脚力だ!」
 ハムが大きな跳躍を見せる。茜は振り被って巨像の顔に小瓶を投げ付けた。見事に命中して瞬時に粉々に割れた。
 巨像の顔が濡れる。茜はハムの背中にしがみ付いた状態で手前に着地した。
「コノ程度の攻撃デ、我ガ、ガ、ガガガガ」
 液体は顔を流れ、口に入った。地響きにも似た音が断続的に起こり、頭部が落ちた。右腕の付け根が砕け、胴体が割れた。
 凄まじい土煙が上がり、全員が目を閉じる。
 音が収まると、巨像は土くれと化した。二つの魔方陣は光を失い、ほとんどが土砂に埋もれた。
 直道は呆然とした顔で言った。
「何故だ?」
「二十年、若返ったからじゃないの」
 茜は爽やかな笑みを返し、奥にあった降りる階段に元気よく歩いていった。


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