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【詩】昔の君が思い出せない

 久しぶりに君が家にきた
 髪に白いものが混じる 頬が少し垂れて 笑い皺が深くなった
 縁側に揃って座り 活き活きとした夏野菜を前に 昔話に興じた
 君は恥ずかしそうに笑う 覗く歯はいつの間にか黄ばんでいた
 長く話すと君は小さく咳をする しゃがれた声が気になって
 冷えたビールを取りに行く ロング缶を渡そうとすると
 君は進んでレギュラー缶を手にした それをちびりちびり飲んだ

 昔の君の面影は ほとんど残っていない
 たくさん食べて たくさん呑んだ 他の女性と話し込むと
 笑顔を保ちながらも怒った 人前でキスを迫ると
 迷惑そうな顔で笑い 最後は受け入れてくれた
 そんな昔の君が日に日に薄れ 存在まで希薄になる
 久しぶりに会えたことで昔を強く意識した
 不格好にキスを迫ると やんわり胸を押された

 急いで帰る君を見送り 一人で縁側に座る
 安らぎのようなものに包まれ 新たなロング缶を開けた
 冷えた液体を喉に通し 熟れたトマトの連なりを眺める
 とても瑞々しく 今すぐ齧り付きたい衝動に駆られる
 サンダルを履いた 紫蘇や三つ葉を突っ切り トマトをもいだ
 袖に擦り付けて その場で齧る 甘酸っぱい味が口の中に広がる
 青春の味とは言わないが 君の昔の笑顔を鮮烈に思い出した

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