好きと愛着を区別したい

きゃんです🌸

バブの失恋の話を聞いて、恋愛なんて青春の真骨頂だよな〜と思ったわけです。
そして、失恋で流す涙と悔し泣きもとても似ている気がするんです!
何かに本気で取り組むことと失恋を引きずってしまうほど、誰かを好きになっていたこと。これはほとんど同じことだと思います。

恋愛って、傷ついたり、メンタル不安定になったり、プラス面だけじゃなくマイナス面も多くあるものですよね。たぶん。だから、誰かを本気で好きになることは、何かに本気で取り組むのとおんなじで、大きな勇気と現在完成している日常を捨てる覚悟がいるのかな、なんて気がします。

そんなたいそうな覚悟を持って恋愛をする人は少ないかもしれないけど、わたしは臆病なのでこれくらいの勇気がいるんです。だからこそ、すごく好きだった人がいて、失恋も人生の良い経験として、受け止めて昇華しきってるバブが素晴らしくて、時にはいいな〜とも思ってしまいます。

あの時期はバブにとって辛かったと思うけど、失恋も”悔し泣き的青春”だときゃんは思います!ナイス青春だったよ👍
あと恋人いなくても、これからもきゃんとバブで楽しい人生にしていこう〜!これは保証できちゃうね😉

それではそろそろ本題に入ろうかな〜
今回は、好きについて書いてみます。
好きと言っても、恋愛だけの話ではありません。

今回は、”好き”と”愛着”を混同してしまう、私のお話です。

私はとにかく何かを辞めるのが苦手です。
例えば、習い事は今年で10年になりますし、バイトは次の9月で5年目に突入します。
もちろん、これが悪いことだとも思っていません!しかし、これらをちゃんと”好き”という気持ちで続けられてるのかなということが疑問なのです。

一旦、好きと愛着の違いについてまとめてみたいと思います。

好きとは、辞書によると、心がひかれること。 気に入ること。 また、そのさま。
つまり、ポジティブな感情です。自分の興味のある方向であったり、好奇心が働いたり、時には理由もなく熱烈に好き!って思うことがあったり。私の中のイメージでは現在進行形である感情です。

続いて愛着。
辞書によると、愛情にひかれて思い切れないこと。
これも一応ポジティブな感情ではあると思います。愛着が湧いて捨てられないとかよく言いますよね。情が湧くとかも似た表現かも。執着と紙一重の言葉なので、ネガティブに転じかねないとも思っています。やっぱり辞書の説明もどこか後悔の念というか、本当は思い切りたいのに!みたいな感情が垣間見えます。また、私の中のイメージでは、愛着は過去進行形なんです。

つまり、わたしは愛着という言葉に好印象をもてていないんです。
だって、断捨離で真っ先に捨てられるのって愛着だけあるモノじゃないですか??ってことは、私の人生断捨離しちゃったら習い事もバイトも捨てられちゃう!!

とにかく愛着だけで、今までやってきたことを続けるっていうは保守的な考えだなと思います。そして、そんな考えに収まってしまうのが、なんか悔しいなと思うわけです。過去と今に囚われて、未来を疎かにしているような気分になるんです。
それよりも新しい”好き”にぽんぽん移っていく方が人生、新鮮で楽しそうだな〜と。

これも賛否両論あるんだろうなと思いますし、ないものねだりかもしれません。
でも結論としては、愛着を持って物事に接することができることは長所ですし、それを大切にしつつも、愛着を超える好きを見つける冒険に出たいということです。

ひとつだけちなませてください🙋‍♀️
この愛着というのが恋愛方面に発揮されてしまったら、それは不健全だな〜と思うんです。だってDV男にだって愛着を持つことはできるわけですから。
でもわたしは今のところ、恋愛方面で好きか愛着かで悩んだことはありません。もし悪い人に捕まって、愛着によって盲目になってたら、バブにビンタでもしてもらって目を覚ますことにします✋よろしくねバブ!!

2本目のnoteにして、だいぶ話がとっちらかってしまいました。もう少し好きと愛着について、頭を整理したいな〜

バブへ👶
愛着とか執着とかについて、私と考えが真反対なことに定評のあるバブへ!
“好き”がなくなった時、人とか物に対してどういう感情が残ってるのかが気になる!あとは、愛着はすぐ湧くタイプ?物捨てるのは得意?
違うからこそいろいろ聞いてみたくなるね。
バブの考え聞かせて〜

きゃん👗

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?