日本精神神経学会への要望書

 以下、今年の2月に日本精神神経学会へ出した要望書になります。
 日本精神神経学会はその下に「性別不合に関する委員会」を設け、「性別不合に関する診断と治療のガイドライン」を策定する重要な役割を果たす学会です。性同一性障害特例法の改正論議にも「医療に何ができるか?」「医療は何をすべきか?」が重要なポイントとなります。私たち性同一性障害(性別不合)当事者としても、その動向に注目し、私たちの意見を反映するように働きかけています。しかし、この要望に直接答えることなく、8月21日に「性別不合に関する診断と治療のガイドライン(第五版)」が出てしまいました。私たちはこの新しいガイドラインにも懸念を持っております。またこの内容については別の文書で公開する予定です。

2024年(令和6年)2月21日

公益社団法人日本精神神経学会  御中
同学会性別不合に関する委員会  御中

性同一性障害特例法を守る会
代表 美山 みどり

要 望 書

1. 私たちは性同一性障害特例法を守る会と申します。その名の通り、現行の性同一性障害特例法を守るために、当事者が主体となって2023年7月10日発足しました。その趣旨は同封の趣意書や、ホームページ(https://gid-tokurei.jp/)に代表らの紹介と手記などありますので、ご覧ください。また当会も加わっている「女性スペースを守る諸団体と有志の連絡会」で先行した国々の状況等々を説明した冊子やいくつか声明を出していますので、ご参考までに同封します。
 一方、貴学会は、日本の精神科医のほとんどが所属する学会であり、貴委員会は『性同一性障害に関する診断と治療のガイドライン・第4版改』2018年1月20日を示しており、責任をもってこれを所属する医師に守らせ、必要な改善をしていく責任ある学会です。

2. 2023年6月16日「性的指向及びジェンダーアイデンティティの多様性に関する国民の理解の増進に関する法律」が成立しました。この法律の審議の中で、野党案を推し進めた団体などが「性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律」の改正、とくに「手術要件の撤廃」を主張し、その根拠としてGID学会における声明を上げているという状況を深く憂慮し、危機感を持った当事者によって、当会は発足しました。

3. 私たちはその後、最高裁で争われた性別適合手術の手術要件の維持を求めた署名活動を「男性器ある女性」の出現を懸念する女性団体などとともに行いました。GID学会の立場とは正反対の立場を、私たち当事者自身が当事者自身の利害の問題として主張しているのです。
 また女性や子供の安全という見地から手術要件の維持を求める女性団体とも、「手術要件のある特例法」こそが社会への責任を果たす唯一の解決策であると意見が一致し、これを維持する方向で世論に訴えてきました。
 私たちとしては残念なことに、最高裁では第4号の「生殖腺の除去」に関する条件が違憲と判断され、現在第5号のいわゆる「外観要件」が高裁への差戻によって改めて判断を待つ状態にあります。

4. 私たちの会には、MtF・FtM方の会員、手術済・戸籍変更済の会員がおりますが、私たちはこの「生殖器除去」の違憲判決によって「よりよい状況になった」と喜んだでしょうか?それは違います。
 女性たちは「男性器がある法的女性」の出現に恐怖し警戒し、今まで合法的に手術をして戸籍性別を変更した私たちに対してさえ、攻撃的な態度を示す方々も実際に存在します。このため、女性たちの間でも「特例法を完全に廃止し、戸籍の性別変更をまったく認めるべきではない」とする意見さえ、頻繁に聞かれるようになっています。
 最高裁では「それは偏見だから、研修・教育すれば何とかなる」という姿勢ですが、そういう「研修・教育」がLGBT活動家たちによる吊し上げめいた思想強制になるのではと恐れ、女性たちは強い反発をしているのです。これがこの判決がもたらした大きな変化だとすれば、この判決は情勢を大きく見誤ったものではないのでしょうか?

5. 2003年の特例法ができたときには、「気の毒な人たちだから、生活の便宜のために戸籍の性別の変更を許してあげよう」と寛容な意見が世論の大半を占めていたのとは、まったく様相が変わったのです。いまや私たち性同一性障害当事者は警戒の目で見られ、「トランスジェンダー」とは性犯罪者の隠れ蓑である、という疑惑さえ投げかけられるような悲惨な状況さえ始まっています。
 更に広島地裁が外観要件を違憲とする判断をしてしまえばどうなるでしょうか?現行の特例法の第4・5号の要件が違憲となることで、手術なしで、2名の医師の診断のみによって戸籍の性別変更が可能になることになります。
 この時に、医師による診断の社会的な影響が極めて重大なものになります。

6. しかし、現状で戸籍変更のための性同一性障害の診断書は、実質、医師免許さえあれば誰でも書くことができてしまいます。貴学会が作成した『性同一性障害に関する診断と治療のガイドライン・第4版改』2018年1月20日の中では「診断をする精神科医のうち、少なくとも 1 名はGID学会認定医であることが望ましい。」と言及されてはいますが、そもそもGID学会認定医は法令上の資格でさえなく、更には性別変更の審判に必要な診断書はそのGID認定医のものであることを求められてもいないのです。また、戸籍変更の実務では、特例法の要件を満たす限り、特に裁判官の裁量によって変更を認めないという事例を耳にすることもありません。ならば手術要件が撤廃された場合には、手術をしないまま、精神科専門医でもGID学会認定医でもない町の開業医によって作成された診断書をもって「戸籍の変更の申立て」がなされた場合でさえも、裁判官は戸籍の変更を認めざるを得なくなることでしょう。その場合に、いったい誰が戸籍変更に責任を持つのでしょうか?

7. 現状では性犯罪歴や暴力犯罪歴でさえ、戸籍性別の変更に対する欠格条件ではありません。女性に対する性犯罪歴のある男性が、医師を欺いて性同一性障害の診断書を得、それに基づいて戸籍性別を女性にしたらどうなるでしょうか?そして女性専用スペースで女性に対する性暴力をふるった場合には、いったい誰が責任を取るのでしょうか。
裁判官でしょうか?欺かれた医師でしょうか?
また現状では「戸籍性別の変更の取消」の手続き規定がどこにも明示されていません。当然そのような医師を欺いたケースにおいては、戸籍性別の変更の取り消しと、そのような診断を行った医師の責任が問われるべきであり、またそのような審判を行った裁判官の責任が追及されるべきではありませんか。
更には性暴力の被害者からの、診断を行った医師に対する民事訴訟の可能性も否定できないでしょう。

8. また、性別移行のハードルが下がることによって、安易に性別移行を「試して」しまうケースも十分に考慮すべきです。手術まではいかずとも、性ホルモンによる身体の変化も、可逆的なものではありません。中途半端な状態で戸籍の性別を変えてしまい、それで移行先の性別に馴染めないケースも多発するでしょう。法的には元の性別に戻し得たとしても、身体的には決して元には戻せないという最悪の事態を「自己責任」として切り捨てていいのでしょうか?
安易な移行をして後悔する人々は、水面下では現状でもかなり数多いものと思われます。性ホルモンだけによるものであっても、その身体変化は不可逆で甚大なものですから、悲惨な状況になることも多いのです。FtMでは声が低くなって男声になってしまい戻せない、乳腺除去をしたために妊娠出産ができたとしても授乳ができない、MtFでは女性ホルモンによる睾丸の萎縮と受精能力の不可逆的な喪失。またホルモン療法の身体的副作用による内臓へのダメージや、心理的な不安定化により自殺を試みるなど、性別移行医療はけして安易に「試してみる」では済まない深刻なリスクのある「医療」なのです。

9. GID学会理事長の中塚医師を筆頭に、性同一性障害の診療に携わる医師の中には「脱医療化・脱病理化」を目指していると主張する医師も見受けられます。恐らくはWHOの発行したICD-11において、性同一性障害の名称が性別不合に変更され、「精神疾患」のカテゴリーから外されたことを受けてのことと思われます。そのうえで、GID学会は近日、その学会名を「トランスジェンダーの健康学会」などに変更しようとしているとも聞き及びます。
しかし、それは医療に真剣に向き合い、その責任を負うことから逃げようとしているのでは?と、性同一性障害である私たちを切り捨てる動きのように見え、懸念材料でしかありません。私たちは「性同一性障害」という医学的概念が医学界では「古くなった」と言われようとも、その概念が自分たちに一番ぴったり合った概念だと感じています。
なぜなら、私たちが求めるものは、人権である以上に、安全で医学的エビデンスに基づいた医療なのですから。人権を重視して安全でもなくエビデンスもない医療が横行するのならば、私たちは絶望するしかないのです。
 私たちが求めるものは「脱医療化」ではなく、「よりよい医療」なのです。私たちが求めるものは性別移行医療の「美容医療化」ではなく、専門医が医学的エビデンスに責任を持った真剣な医療なのです。これを「自己責任」として当事者に責任を押し付けるのならば、私たちは確実に不幸になるだけなのです。
貴学会においては、決してGID学会のように私たちを医療から切り離した存在として扱うことなく、疾患に真摯に向き合っていただくことを心から求めます。

10. また「脱医療化」は、私たちが切実に求める「性ホルモン医療の健康保険適用」を妨害する可能性を否定できません。「病気や障害でないのなら、なぜ健康保険が適用できるのか?」という主張は説得力があります。もちろん「障害だ」と言うことが差別的なものであるはずもありません。
やっと得られた性別適合手術の健康保険適用さえも、混合診療が不可であるために適用ケースも限られてしまっている状況下において、このうえ「病気でも障害でもない」とされてしまうならば、「美容手術と変わらない」として、健康保験適用を否定される結果を生まないとは保障できるのでしょうか?
専門家が自分の首を絞めるようなことを、なぜ求めるのでしょうか。私たち当事者の利害と、専門家の利害が対立する状況を生み出すような「脱医療化」の主張は、当事者としては迷惑極まりないものです。

11. このような不幸な事態を回避するには、ぜひとも医学的エビデンスに基づく立場を堅持して、「診断の厳格化」がなされなければなりません。またその厳格な診断に対して、専門医が責任をしっかりと持つ体制を築くことを求めます。私たちは、当事者として、それを果たして頂きたいと要求します。そうでなければ、裁判官も診断書を信用して安心して性別変更の審判を行うことはできないでしょう。
私たち当事者も「性別移行に成功しそうにないのなら、移行を断念するように言ってほしい」というのが本音です。決して当事者の表面的な訴えに専門医が唯々諾々と従うことが、当事者にとっての利益ではないのです。
 現状でも性ホルモン剤が並行輸入や処方の横流しによって、安易に入手でき「自己責任」で使えてしまう状況にありますが、それは医師の管理下で検査とともに慎重に使うべきリスクある「医療」である、という医学的事実を変えることはできません。「脱医療化」してしまえば、このような性ホルモン剤をどのように使うのも個人の自由なのだから、医師が介入すべき問題ではない、ということにもなるでしょう。
これは私たちにとって大変危険なことです。当事者が安易に性ホルモン療法に手を出す前に、それを止める有効な手段を講じるのが医師の責任ではないのでしょうか。性ホルモン剤のしっかりした管理と医学的管理下での節度ある使用、そして副作用の有害事象についての啓蒙周知など、「脱医療化」する場合でも、医師の社会的責任は決して免れ得ないのです。
そのためには当事者の思いを真剣に受け止めて、医学的見地にとどまらず、大きく社会的見地、そしてかけがえのない個人の人生の問題として、しっかりしたカウンセリングを必須とすべきです。性別移行のリスクと実現性に当事者を真剣に向き合わせることによって、合理的な判断を当事者が下せるように導くことが、医師に求められることではないのでしょうか。
 私たちの要求は、性別移行医療の美容医療化・カジュアル化ではなく、安全かつ安心に性別移行できる「確立された医療」なのです。現在の日本の性別医療移行の現実を見る場合でさえ、「一日診断」の横行などに見られるように、この最低の要求さえまともに満たされていない、と当事者は不満を持っているのです。日本の性別移行医療が当事者に信用されていないからこそ、多くの当事者はタイでの手術を求めている現状を、どうか認識してください。

12. またこのような問題は更に未成年者に関しても深刻なものになるでしょう。未成年者はとくに自分の身体的な変化に戸惑い、「性」を厭わしく面倒なものと捉えてそれから解放されたいと感じたり、自分に割り当てられた社会的ジェンダーに不満を抱くことというのはよくあることです。簡単な暗示や誘導によって、自身を「トランスジェンダー」と誤解することも実に容易なことなのです。
 そのような未成年者に性別移行医療を勧めることが、本当に正しいことなのでしょうか?ごくわずかの性別移行に満足する人のために、移行して後悔する人を数多く生み出すことが、社会的に見て正しい医療なのでしょうか?未成年者に「自己責任」を要求することはできません。誤った誘導がなされた場合には、それに関わったカウンセラーや医師の法的責任が追及されるべきですし、未成年者の性別移行医療の提供については、十分な社会的な監視が要求されるべきです。
 性別移行に成功した当事者という立場であっても、性別移行は大人になってからでも遅くはない、と未成年の「トランスジェンダー」に対して、私たちは経験者として忠告したいくらいなのです。
 また未成年者の性別移行に関しては、いわゆる「思春期ブロッカー」は決して性的成熟を副作用なしに遅らせる魔法の薬ではない、というエビデンスが海外では蓄積されてきました。深刻な骨粗鬆症を引き起こすという副作用があるのはもはや明白な事実です。「副作用なく決断を遅らせることができる」とハードルを下げる誤った誘導によって安易に思春期ブロッカーを使い、後悔する例が海外の「先進国」では社会問題とさえなっています。
明白に「不要な医療」を提供し、その後遺症に苦しむのが、「自己責任」でしょうか?安易な医療を未成年者に薦めた医師の責任は今後世界的に追及されることになるでしょう。
 事実、この数年、海外においてはスウェーデンやイギリスなど多くの国で未成年者に対する医療的移行(薬物投与、手術)が制限されてきており、アメリカでは安易な移行を勧めた医師や病院に対する訴訟が実際に多数起きている状況です。アメリカの多くの州では「反LGBT法」と呼ばれる法が制定され、未成年者への性別移行医療が禁止されることも起きています。

 WHOも2024年1月15日に発表した「*Frequently Asked Questions (FAQ) WHO development of a guideline on the health of trans and gender diverse people(よくある質問(FAQ) WHO、トランスおよび性の多様な人々の健康に関するガイドライン策定)」の中で「未成年者に対する医療的移行のエビデンスは乏しい」と明言しました。未成年者に対する医療は極めて慎重に行われるべきです。
*https://cdn.who.int/media/docs/default-source/hq-hiv-hepatitis-and-stis-library/tgd_faq_16012024.pdf?sfvrsn=79eaf57f_1

13. このような状況を鑑み、私たち「性同一性障害特例法を守る会」に集まった性同一性障害当事者は、貴学会に対して、具体的な要望として次のことをご検討願いたいと考えています。

(1) 今後、貴学会は、2018年1月20日の第4版を改訂し、「性同一性障害に関する診断と治療のガイドライン・第5版」を策定する立場になります。貴学会には、社会の混乱を避けつつ当事者の利益を守るという重大な責任が課されています。診断プロセスを現在よりも簡素にしてはなりません。また誤診に泣き後悔する人が出ないよう、また犯罪者のたくらみに利用されることのないよう、慎重な診断プロトコルを作るよう求めます。
特に女性に対する性犯罪歴や暴行歴のある(あるいはそれらを行う可能性のある)パラフィリア症者を誤診し、性同一性障害と診断してしまうことがないように、診断プロセスを厳格化して頂きたいです。

(2) 診断する医師の資格の厳格化のご努力をお願いいたします。残念ながら、初診15分で診断書を発行してしまうクリニックが現実に存在し、すでに診断書への信頼は大きく毀損されています。また、広島高裁の判決により手術要件が完全に撤廃されることになれば、事実上医師の診断書だけで戸籍上の性別変更が可能になる事態となります。そこで私たちは、精神保健福祉法における精神保健指定医に準ずるレベルの資格の厳格化が求められると考えます。貴学会にはぜひ、そのような資格制度の構築への働きかけをお願いいたします。

(3) MtF、FtM のいずれについても、未成年者の性別移行はもちろん、医学的介入の開始年齢の引き下げについては、「人権モデル」ではなくて「医学的エビデンス」に基づいて議論がなされることを求めます。海外では未成年者への医学的介入は厳しく制限されつつあります。日本においても未成年者への医学的介入のハードルが現行よりも下がることがないように強く求めます。

(4) 「性自認」というような曖昧で主観的なアイデンティティではなく、客観的な根拠による診断を求めます。もちろん理論的な研究などまだまだこの問題には光の当たっていない領域が数多く残っています。単に「社会的なニーズがあるから」ではなく、科学として真実の究明に取り組んでください。
以上の通り、貴学会におかれてましては上記の具体的な要望を正面から検討されるよう、強く要望します。
 私たち当事者を、専門医が見捨てるのならば、それは医学の頽廃でしかないと、私たちは強く憂慮するものです。

 この要望書記載の内容につき、1か月以内に、ご回答を頂けるよう求めます。

以 上


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