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イマジナリーアックス:第六話

イラスト:カガヤケイ

 俺と夏さんはかれこれ30分以上、砂浜を歩いていた。人気の無い海岸の、更に奥に来ていた。
 ふと、パシャッ、パシャッっとカメラのシャッター音が響いた。背丈ほどの木々の奥から聞こえる。そちらに近づき、目を向けると、ビキニを着た女性がポージングしている。
夏「へぇー。こういうところでグラビア撮影ってするんだねー」
奏太「ですねー…… えっ!」
 女性の頭部が見慣れた兜で覆われている。あれは、トラフマーだ! 1メートルくらいの斧を両手で持ち、身構えている。先日のクローゼットの中にあったものと完全に同じだ。須波さん、つまりオリィンなのか?!?! それにしてもメリハリの効いた姿態だ。目を奪われそうになるが、“忠告”を思い出し我に返る。
 その時、カメラのアングルに入らない場所にいた4、5歳の女児が口を開く。
子供「しおりママって、すたいるばつぐんだね! おとなになったらみぃも、すたいるになりたい」
 と口にした。手をつないでいる女性が頷いている。
女性「スタイル抜群になりたい、だね」
 その女性は柔和な笑顔で応じる。
 ……ん? “しおりママ”と女の子は言った。ママなのか? お母さんなのか?
 じゃあ、旦那さんは誰なのか? あえて“しおり”ママと呼ぶということは他にもママがいるのか? 複雑な関係? 変な汗が出てくる。決して太陽のせいではない。
 オリィンらしき女性とカメラマンがこちらを向いた。反射的に日傘を閉じる。
 撮影が一時中断された。オリィンらしき女性は、一呼吸、間を置く。明らかに俺と夏さんのことを認識したように思えた。
 程なくしてこちらに手を振り、語り出した。
オリィン「あ、オリィンファンのカップルかなー? よくここが分かったねー。今度フォトブックが出るから買ってねー」
 その後すかざす撮影スタッフ達が入り込む。
スタッフ「恐れ入ります。撮影中ですので。それとこの件はまだ内密にしておいてください。SNSなどで情報を流さないようお願いします」
 スタッフらに制される形で、その場を離れることになった。





 その日、須波さんからアックスメイトを「裁断」された。つまり、相手側から一方的にメイト関係をブロックされてしまったのだ。つまり一切の個人間直接連絡が不能となる。

 その日の夜、氷野を誘っていか奉行に来た。近況と今日の一部始終を伝えた。自分だけで抱えたままにできない想いってあるんだな。

氷野「……そうですかぁ。他の連絡手段訊いてなかったのは痛いですねー」
奏太「……ほんとだよ。自己嫌悪ってこのことだな……」
氷野「松倉さん、顔色悪すぎ…… 紙粘土みたいな色してますよ…… あ、まだ何も注文してなかったですね」
 そう言ってタッチパネルを操作する。俺がメニューに興味を示さないことを確認し、氷野自身の判断で適当に注文しはじめる。
奏太「……子供もいるんだ…… もう近づかないほうがいい人なのかもしれない……」
氷野「それにしても、しおりママ、って言い方が気になりますよね。……なんか複雑な事情でもあるんすかね……」
奏太「…… ふぅ……」
 俺はテーブルに両肘をついて頭を抱えた。

 夏さんとは何でもない、ということを弁解したい。
 みぃ、と自称していたあの子は誰なのか。
 まだギターケースのことも訊いてない。
 また対戦がしたい。
 また直接会いたい。
 できれば、またミルクジャムを塗って一緒にフランスパンを食べたい。
 黒いTシャツも渡したままだ。

氷野「さてと…… 二つに一つですね……」
奏太「ん?」
氷野「松倉さんのこの後の選択肢です。
 まず一つ目が、須波さん・オリィンのことはきっぱり忘れて、今までのように自分のペースでゲームに没頭する生活に戻る。
 で二つ目が、須波さんことオリィンとの再会を試みる。この二択ですよ」
奏太「ゲームみたいだな。まるで」
氷野「へへ、自分も松倉さんもガチゲーマーですからね」
店員「お待たせしました。生ビール2杯といかばくだん串2本ですー」
 俺は肘をついたままジョッキを傾ける。
奏太「……なあ、氷野、二つ目の択って縛りキツくないか? アポ無しで家に押しかけるのなんて絶対御法度だしな」
氷野「ですよね。松倉さん、縛りプレイ好きっすよね?」
奏太「ああ、そりゃそうだけど。今回の件はいくら縛りっつってもなあ」
氷野「オリィンはプロゲーマーですから当然大会出ますよね。今度のジャパンカップ。出ればいいだけじゃないですか」
奏太「簡単に言うなよ。プロゲーマーの連中はとんでもない力を注いでいるんだ。須波さんのレクチャーで痛感したよ」

 俺も氷野もしばらく黙々と飲み食いに集中した。

 いかばくだん串を3本ほど食べ終え、4本目を注文したところで俺は切り出した。
奏太「なあ、氷野、どうして人は縛りプレイをするんだ?」
氷野「そのほうが面白いからじゃないですかね」
奏太「じゃあ、それが何で面白いんだ?」
 氷野はうーんと唸り、まばたきが多くなった。彼が考えているときの癖だ。
氷野「自分で独自にルールを作って、その自分ルールを守るっていうほうが、誰かに与えられたゲームをそのままやるよりも自分にとって意義深いからじゃないですかね。自分自身を生きてるっていう実感が得られる、というか」
奏太「そうだな、それなんだよな。要は自分自身だ。他人とか社会とか世間体とか、ゲーム制作者側の意向とかそういうんじゃないんだよな。はい決まり。二つ目の択にするわ」
氷野「えっほんとですか。今までの松倉さんだったら、一つ目行きますよね」
奏太「そうかもしんない……不思議だな。じゃ、大会エントリーするわ」
氷野「早っ」
奏太「出るしかないだろ。勝ち進んでオリィンに勝てばいいんだろ」
氷野「……簡単に言いますね~」
 ビールのおかわりを注文する。
氷野「どうなんですか? 勝算はあるんですか?」
奏太「ないこともない。伊達に縛りプレイを極めてないからな」

(つづく)

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