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小説:狐014「レンさん」(983文字)

「だから25時間なんですよ」
 その日の『狐』は、レンさんが話題の中心だった。身なりは凄く綺麗なのだが、言動とそこから滲み出る思考様式がいつもエキセントリックなのである。

「実は1日は25時間なんですよ。騙されてるんですって」とレンさんは大きめのろくろを回すようなジェスチャーでみんなに語りかける。190センチを超える長身でその長い腕の動きがダイナミックだ。
「いや〜、流石にそれはないですよ。時計のほうが狂ってるってことになりますよね。もう少し説明してもらえませんか?」とタロウさん。時間をテーマにしたサイエンス読み物を担うこともしばしばで半ば専門領域だ。
「タロウさんならわかりますよね。時間は可能性でして、つまり、存在性なんです」
「ん? 分からないです。それは科学の領域というよりも哲学の話題じゃないですか?」タロウさんはモスコミュールを飲んでいる。
「科学と哲学を分離させないで下さい。これからは並行的に扱わないと、足元を掬われますよ」と言ってレンさんは赤ワインを。
「もし仮に1時間増えるのなら、ちょっと嬉しいよね」と口にしたのはエロウさん。
「今までよりも自由に使える時間が1時間も増えるってことでしょ? だいぶ原稿が捗るし、あ、睡眠時間に当ててもいいかもね」今日もレッドアイを飲む。

「これ定義の仕方の問題だと思う」
 それはヒトエさんの台詞だった。
「1日の長さそのものは変わらない。それは宇宙物理を持ち出すまでもないこと。
 この1日を24時間と定めたのは人間の側だね。だからレンさんが25時間と言ってるのも一面の真理なんじゃないかな。ただ私たちの多くは1日を24時間だと見なしていて、そのルールの元で生きている」
 ふいにマニさんが入り込む。財布からお札を取り出して掲げる。
「貨幣の話に近似しています。10000円札は物体としてはただの紙です。物体としてはね。でもそうではない。この紙があれば、10000円と値付けされたモノやサービスと交換できる。そういうルールになっている。人間はそう信じている。それゆえに貨幣っていうシステムが成立している」
「それは分かります。だから僕が言いたいのは時間のインフレーションで……」

 ハードなSF小説を連想させる。何かに気付かされるようでスリリングだ。
 もし25時間ならば、このビールに浮かんだ球体の氷も、溶け方を変えてくるのだろうか。

いつもどうもありがとうございます。