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イマジナリーアックス:第八話(了)

イラスト:カガヤケイ

▼汐理

【あきらへ

 あたしは元気だよ。

 今日が大会の日。
 圧倒的な強さを見せつけて新進気鋭の非プロゲーマー「ソータ」が初優勝。そうです。決勝で派手に負けちゃった。もう完敗。あんなメンホフ見たこと無い。ネットニュースで『オリィン、無名選手に惨敗』って書かれちゃってる。

 自分でも不思議なんだけど、負けて当然っていうか、こうなることは薄々想像してたんだよね。ソータがここへ来ることも。あたしがソータに負けることも。
 これで彼もプロゲーマーの仲間入り。本大会優勝者は無条件でWGO認定のプロゲーマーになるからね。
 まっくらさんこと「ソータ」が、立ち回りのスタイルを変えてきたのにまず驚いた。あんなに攻撃的な人だったっけ? とにかく勝つことにだけ特化したファイティングスタイルだったよ。それでいてハメ無しね。あたしが伝えたこともしっかりくみ取りつつ、その上を行っていた。

 多くの人は、あのメンホフを使いこなして優勝したことに注目してる。確かに凄いけど、それをやってのけた「ソータ」が一番凄いよ。
 多分ソータって二重人格者なんじゃないかな。あの頃とは違うもんね。根本が。あ、あたしの中にもオリィンっていう別人格がいるけれど、もう消えるね。っていうかソータが消してくれたのかもしれない。
 あとメンホフはあきらが一番力を入れていたキャラだったね。“イマジナリー”って想像上の、とか仮定の、とかっていう意味があるけど、目の見えないメンホフにとっては斧どころか、全てのものや現象がイマジナリーなのかもしれない。

 あたしたちはよく事実を取り違える。あるものをないと思ったり、ないのにあると思い込んだり。あたしだって馬鹿じゃないからあきらがもうこの世にいないって知ってるよ。知っているけどこの手紙を書いてきた。なぜそんなことを? そうしたいから、そうせずにはいられないから。それはあたしの中の問題。夏にだけは伝えていたけれど。
 人間って、目が見えようが見えまいが、見たいものだけを見るようになっているのかもね。

 大会後に、夕食に誘われて色々な話をしたの。ソータとお付き合いすることになった。

 「付き合ってくれ」って彼が言いそうになったから、あたしから言ったの。「お付き合いしてくれませんか」って。先手をとりたいのはプロゲーマーの性なのかしら。そうそう、黒Tシャツも返せた。

 夏とは何もないらしいね。まあ薄々気づいていた。夏のことはよく知ってるから。
 ここに来るまでに仕事も失ったみたい。どうしてそんなにまで、って言ったら、顔を真っ赤にしてたな。まあプロゲーマーとしての食い扶持ができて良かった、なんて言ってた。

 みぃちゃんの話になったから、全て伝えたよ。ソータに隠していたわけじゃないけど、言ってなかったことだから。

 ……電車進入中のホームに転落したみぃちゃんをあきらが拾い上げたこと。
 ……あきらの肉体が消えたこと。
 ……あたしのこころが溶けたこと。
 ……溶けたこころを夏がケアしてくれたこと。
 ……あたしがあたしを保つために、あきらの残したイマジナに没頭したこと。
 みぃちゃんに懐かれて、しおりママって呼ばれていることもね。

 みぃちゃんのご家族からはずっと良くしてもらってる。「実衣奈の命の恩人」の「双子の兄妹」だからって。この間もディスティニーランドのお誘いを受けて行ってきたよ。ゴッドブリザードマウンテン、面白かったー!

 それと…… この手紙は今日で最後にしようかなと思うの。
 あきらも読むの大変だもんね。それにあたしはもう“大丈夫”だから。
 あきらがこの世に残した『イマジナ』を愛してくれているソータがいる。これからは、プロゲーマー・ソータが『イマジナ』を盛り上げてくれるはず。オリィンは引退することに決めたの。

 あきら、どうもありがとう。

 大好きなお兄ちゃんへ】

 汐理は、その便せんを丁寧に折り畳んだ。
 ギターケースを開ける。中にはトラフマーの斧のレプリカが入っており、その周りには折り畳まれた無数の便せんが詰められている。今日書いた便せんを隙間に押し込んでギターケースをそっと閉じた。





 雲ひとつ無い日曜日。俺たち3人はいつものようにショッピングモールに来た。ショッピングカートを押しながら歩く。

奏太「そうそう、なんでギターケースだったんだ?」
汐理「あはは。もういいじゃん、そんな昔のこと」
奏太「そう言えば、聞いてなかったんだよな」
汐理「いつも持ち歩くのにちょうどよかったんだよねー、サイズ感」
みやび「あぶばぶばー」
 汐理が今背負っているのはギターケースではなく俺たちの愛娘、都美みやびだ。
汐理「ほら、みやびも合いの手入れてる」
奏太「そうだな。わかるんだな…… なあ、汐理。帰ったら『イマジナ』やろうな」
汐理「奏太、もちろんだよ」
 そう言ってふわっとした笑顔を見せる。出会った頃はあんなに表情に乏しかったのに。“回復”したのなら何よりだ。




 みやびがハイハイをして、俺の操作するコントローラーにたどりつく。
汐理「みやびもゲームやりたいよねー」
 俺はみやびにコントローラーを任せてみる。パパとママの見よう見まねでレバーとボタンをガチャガチャさせる。
奏太「ははは。好奇心旺盛。俺たちの血を引いてるんだな」
みやび「あばばー」
――タタンッ!
 その時、ミルヒが対空必殺技『げんき★アッパー』を繰り出した。
 俺と汐理は驚いて互いの顔を見合わせた。汐理の丸い瞳がより一層大きくなった。
奏太「おおー! すげーな、もう前・下・斜め下コマンド出せるのかよ!」
汐理「すごいじゃん。みやび! 将来有望だね」
みやび「あぶばぶー」
 みやびの頭を撫でつつ、汐理がずっと笑ってくれている。このことが何よりも喜ばしかった。

(了)

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