【無料公開分第一話】巨大ヒロインにもマイナンバーカード!

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【あらすじ】

「怪獣は出ません。宇宙人も来ません。
 でも、地球にやってきてしまったものはしょうがないんです!」

 母星が滅び、帰るところのない1人の巨大ヒロインが、日本で仕事をもらいながら細々と?
 生活するお話。

「あ、でも、光線とかは出せますよ? 政府に使うなって言われてますけど……」



巨大ヒロイン【求職】中! act.1 


 そう遠くない未来の日本。長く低迷する国内経済と、大国に挟まれてうだつの上がらない対外政策。少子高齢化はその顕著さを増し、将来を悲観した若者たちの政治離れは深刻だった。

 しかし、とある宇宙難民を受け入れたことで、時代が一気に動き始めた。

 それは、急転直下の劇薬投与でもあった。

 いくつもの病に蝕まれた日本を、毒を以て毒を制することになるのか?

 全ては1人の巨大ヒロインに委ねられていた。


 ――怪獣、宇宙人! 頼むから地球を侵略しにきて~!!


 数万年前から眠り続けている古代怪獣や、地球を植民地にしようとする悪質な宇宙人など居やしない。

 だが、やってきてしまったものはしょうがないのだ!


 ――お願いします。何でもしますからお金をください!


 とある巨大ヒロインの虚しい叫びがこだまするのであった……。


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「よっと。鉄骨まとめてこちらに置いておきますね」

「おう! それで全部だ。さすがに早えな。終わったら上がっていいぞ、でっかいの~!」


 現場監督の声が拡声器を経由して、体長75mの私の耳に聞こえてきた。


 ここは高層マンションの建設現場。私の仕事は地上60mの高さの現場に機材や鉄骨を運搬すること。

 優しく摘まんではそっと降ろす。しゃがんだり立ったりの繰り返し。実働時間10分ほどで仕事は終了した。


「は~い。それじゃお先に失礼しま~す」


 周囲に迷惑がかからないように、そっと飛び立つ。身体の質量を自在に調整できるので、風圧は微々たるもの。現場を崩壊させてしまっては、今後仕事が貰えなくなる。安全第一がモットーだ。


 3万mの上空まで飛び上がり、マッハ10を超える速度で自宅へ帰る。


 ――今日はいくら口座に振り込まれるのか? 帰ったら何を食べようか? 次の仕事はいつになるだろうか?


 そんな考えを巡らせているうちに、自宅から遥か遠くの長崎県は対馬まで来てしまった。


「おっと! もうちょっとで領空侵犯するとこだった……」


 すごすごとUターンする私。

 国境は見えない壁となって、私の生活をたびたび脅かしている。日本政府に保護してもらっている身としては、軽々と飛び越えるわけにはいかない。ならば、カーマン・ライン(宇宙空間が始まる境界線)まで飛べよ、と思われるかもしれないが、それはそれで体力を大幅に消耗してしまう。これぐらいの高度が、この惑星で最も飛びやすい高さなのだ。


 折り返して数分、いつもの盆地が見えてきた。

 あの過疎地域の田舎町が、現在の私の住まう場所である。


 巨大化を解きながら降下してゆく。見つからないように家に帰るまでが仕事。

 超人的な視力と視野で、周辺に誰もいないことを確認してから、山の中腹にある寂れた神社に降り立った。


「まずは服、服っと……」


 小さな社の中から、自らが脱ぎ散らかした服をかき集める。なにせ、変身解除したら素っ裸になってしまうからだ。


「これで、よしっと! 変身解除~♪」


 そして、そそくさと下着を着け始める。

 まったく、地球人というのは面倒な文化を持っているものだ。



【5月28日】

 午後2時。16時間は寝ただろうか。目が覚めた私は、枕の横に無造作に置いてあるタブレットで、掲示板を確認する。


 自ら開設している依頼募集掲示板『Lydia』。


 巨大ヒロインへの依頼は全てここで受け付けている。

 書き込まれたメッセージは私しか覗けないようになっていて、個別に交渉を重ねた後、指定された日時に現場へ飛ぶ。変身すれば戦闘機を軽々と超えるスピードで飛べるので、日本全国どこでも出張可能だ。

 現在、依頼の多くは建築関連が多い。昨日のような高層への資材の運搬やビルの解体、ダムの建設やトンネルを掘るお手伝いなど。身体の大きさとパワーを活かした仕事が大半を占めている。報酬の支払いは後日、口座に振り込まれるのが7割、残りが先払いか現地で手渡し。先払いが許されているのは、これまでの実績が認められ、大手ゼネコンらの信頼を得ているからである。工期の大幅な短縮とコストカットが魅力的だそうだ。

 以前、業界最大手のスーパーゼネコンから専属契約を打診されたこともあった。しかし、唯一無二の存在である巨大ヒロインが、特定の企業を贔屓するとなると、業界の秩序を乱しかねないのでお断りした。異星人の介入が、地球人同士の争いの種になるのは避けたいものだ。


「新着は……なし、か。さて、メシだメシ~!」


 顔を洗うために洗面台の前へ。肩にかかるぐらいの長さの銀色の髪で、目鼻立ちのくっきりとした地球人の姿が鏡に映る。もちろん、普段はバレないよう、地球人に姿を変えて過ごしている。

 異星人であることが特定されてしまうと、大抵はその強大な力を利用せんと国家間でいさかいが起きる。または、異物を排除しようと攻撃されることもある。これはどの惑星にやってきた時でも想定される事態ゆえ、私の母星『カルデロン』で施行されていた、惑星統治法に組み込まれている。


 シャワーを浴びて身だしなみを整える。元々、私は身体から老廃物が出ないので、外部からの汚れが付着しない限り洗い落とす必要はない。それでも地球人として変わりのない生活を送るため、たびたび浴槽やシャワーを利用している。

 私が生まれたカルデロンでは水浴びの習慣はない。しかし、地球での生活を続けるうちに、女性はシャンプーやボディソープの香りをほのかにさせるぐらいが自然な姿だと学んだ。


 アパートのドアに鍵をかけ、歩いて近くの望潮(しおまねき)商店街へ向かう。

 行き先は私の馴染みの中華料理屋『大車輪』。週5で通っている常連である。


 ガラガラガラ……。


「お、フルルか。らっしゃい!」

「……んもう、フルルじゃなくて、フルールだってば~!」

「ったく、紛らわしい名前しやがって。どっちでもいいじゃねぇか。注文決まったら呼んどくれぃ」

「は~い」


 セルフの水を取りに行き、4人掛けのテーブル席に着く。

 現在、午後3時半、他に客はいない。


 『フルール・クルル』

 これが私が地球で名乗っている名前。カルデロン語での発音を、日本語に落とし込むと私の名前はこうなる。日本人の中に混じると目立つ銀髪。そして、翡翠色をした眼。なにより地球に慣れていなかったので、日本人ではない設定が必要だった。

 しかし、フルールにクルル。60過ぎの店主のオヤジには紛らわしい名前のようだった。


「はいは~い! 注文いいですかー?」

「やれやれ。今日はお昼時に餃子が多く出たから、少な目に頼むぞ?」


 伝票を持ってテーブルにやってきたオヤジ。すでに疲れた顔をしている。これからの仕事量を考えると分からなくもない。


「んもう~、しょうがないなぁ。じゃあ今日は餃子8人前にしとくよ。あと唐揚げ8人前と天津飯8つ、それと日替わりランチ8つ! ねえ、見て見て? 今日は全部8で揃えてみた~!」


「……あいよ(怒)」

「あ、ライスは全部大盛にしてね」

「テメエでよそってこいっ!」


 オヤジは足取り重たく厨房へ向かった。

 私がこの時間を選んで食べにくるのは、全てこの量に他ならない。以前、お昼時にテーブル席を皿で占拠したら、オヤジにこっ酷く叱られたものだ。


 カルデロン生まれの私にとって、地球の環境は存在しているだけで著しくエナジーを消費してしまう。ゆえに大量のカロリー摂取が必要で、1食の平均は5000キロカロリー。実はこれでも足りず、エナジー消費を抑えるため、睡眠時間は1日12時間以上。変身して巨大化すると、さらにエナジーを消費してしまうため、翌日はベッドから動けなくなることもある。地球の大気や重力は、異星人にとっては過酷な環境なのだ。


「ランチセット3つお待ち! 餃子は取りあえず4人前。天津飯は3つ。唐揚げはちょっと待ってろ。……ったく、休み時間に毎度毎度バカみたいに頼みやがって!」


 オヤジはブツブツ言いながら厨房へ戻っていった。私はさっそく運ばれてきたものを順々に口に流し込んでゆく。味覚はあるのだが、味よりも生きるために食べている意味合いの方が大きい。


 締めのデザートに杏仁豆腐を8つ頼み、長めのランチをフィニッシュ。

 1食1万円超えの日常。先週、たまたま支払いが1万円を切った時には、逆にオヤジに心配されたものだ。


「そんなに食べてよく太らないもんだな~、こんだけ油っこい物だらけだってのに。栄養偏りまくってるだろ? しかも、ほぼ毎日だぞ?」

「あはは……。代謝がいいからかな。ほら、大食いタレントって全員太ってるわけじゃないでしょ?」

「まあな。おい、帰りにいつものやっといてくれよ?」

「は~い。また来るね、オヤジぃ~!」


 店を出て営業中の札をひっくり返した。私が食べ終わった後は決まって準備中になる。夜に向けての仕込みをしたあと仮眠をとるそうだ。


 食事を終えると、商店街の中央にあるスーパー『モリ』に寄る。これも日課の1つで、肉や魚を大量に買い込んでいる。野菜や果物はほとんど買わない。私にとってエナジーの変換効率がよくないからだ。

 買い物カゴにいっぱいの食材を入れてレジへ。肉や魚のトレイばかりなので、初めの頃は奇怪千万を見るようだった店員も、最近は慣れてきたようで応対も至って普通だ。家で猛獣でも飼っているのかと思われているのかもしれない。


 食事と買い物を終えて帰宅。築35年の痛みが激しい木造アパート『かえで荘』が私の住処。

 1階に3部屋、2階にも3部屋。計6部屋あり、現在そのうち半分が空室。

 元々、人口1000人にも満たない田舎な上に、大学や有名企業も近隣になく、入居者の見込みがまずない。人目につきにくいことと家賃が格安だったので、ここに住むことになった。


 食べて寝て、たまに出稼ぎへ行く。そんな日々。


 もうお分かりだろうが、私は慢性的に窮乏状態にある――金欠巨大ヒロインなのだ!

 高額な食費を稼ぐために巨大ヒロインを売りに仕事をしている。月にかかる食費は100万円以上。当然、地球の通貨は持っていないので、自力で稼がなければならなかった。本来ならばここまで酷い食糧危機は起こらないはずだったのだが、とある事情により働くことを強いられている。


 買い物袋を置き、ベッドにひっくり返っているタブレットを拾い上げた。

 掲示板の依頼のチェックをすると、新着が1件入っていた。


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 依頼主『芝崎造船工業・西央大学共同研究チーム』

 依頼内容『沈没船の引き揚げ』

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 という書き込みが入っていた。添付されたデータも見てみると――


“約100年前の大戦中に就航した、当時最先端ながらも撃沈された戦艦を引き揚げてほしい”とある。


「ふ~ん。海底に沈んだ戦艦ねぇ。報酬は、と……せ、1500万円~!?」


 桁が間違っていないか何度も確認した。高額な報酬に自然とテンションも上がる。今月は依頼が少ないので、貯金残高も沈没寸前、危険水域にある。ちなみに私の給料の賃上げは基本的には起こらない。

 建築会社からの依頼は多いものの、報酬は日本政府との取り決めにより少額に抑えられている。それは既存の労働者の保護が目的であり、巨大ヒロインというバランスブレイカーの就役で、職を奪われることによる損失を防ぐためである。異星人だからといって優遇されるのはこちらとしても避けたいところだ。

 目指すは正しき共存共栄。しかし、私のことを快く思っていない人間も多く、特にインターネットの大型掲示板は見ないようにしている。

 以前、気になって覗きに行ったことがあり――


 『巨大ヒロイン盗撮スレPART61』

 『巨大ヒロインのやらかしを挙げていくスレ』

 『【雑魚】巨大ヒロイン【不要】』


 私のスレッドだけで常時10個は立っているらしい。


「1500万か。有り難い話だけど、金額が金額で怖いなぁ。口座に振り込まれる時に政府がいくら抜くかが心配ね……」


 というのも、これも政府との取り決めで、私への報酬が適正ではない場合、労働局の審査の上で修正されることになっている。増額されることは稀で減収がほとんど。徴収された分は地方税として働いた地域の自治体に入る。今回の場合は民間のサルベージ会社との比較になるだろう。

 この徴収以外にも私には多くの制限が課せられている。しかし、日本政府が『私』という厄介者を引き受けてくれている以上、こちらから文句は言えない。私はこの惑星では異物でしかないのだから。


 添付されたメールアドレスに返信。

 承諾メールの最後は決まって『それでは当日にお会いしましょう』。

 私のルールとして、依頼者と事前に会うことはしない。個人や企業にあまり深く関与、参画することは、お互いにとって好ましくないという判断である。


 ピンポーン♪


 業務用サイズの冷蔵庫に肉や魚を詰めていると、不意にインターホンが鳴った。

 どうやら頼んでいた商品が届いたようだ。私が地球で生きていくための大事な物で、定期的に通販で購入している。これがないと生命維持に支障を来す。

 その中身は……今は内緒。

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