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scene 007 ノルンの三銃士

「……! 艦隊進路前方に高熱源体発生!」

 追撃機動艦隊ウルザンブルン1番艦『ベルセルク』のブリッジで、オペレーターの声が轟いた。

「なに! 二頭立にとうだてか?」

 振り向いて、ワーデン大尉は叫んだ。

「ヤー、艦長! 間違いありません、二頭立てです! 先程の戦闘宙域です! やりました、再補足!」

 ブリッジに歓声があがった。ワーデンはギュオスを振り仰いだ。

「お見事です、少佐殿! しかし、良く当たりましたな!」

 嬉しそうに言うワーデンの言葉に、ギュオスは苦笑した。

「貴様が教えてくれたのでな。……頭を使えと」

「はっはっは、恐れ入ります! 時として博打でも、強行な姿勢は強運をも呼ぶということですな!」

「ああ……そんな所だ。オペレーター! 敵の動きを見落とすな! 遭遇時間カウントしておけよ!? 喜ぶのは後にしろ! コマンダー! 戦闘配備、完了しているな? コミュニケーター! 全艦隊の情報シンクロ、確認、できているか!」

 ギュオスの冷徹な声に、一転してブリッジは緊張を取り戻した。たちまち、クルーの報告が飛び交い始める。

「よおし! これより我等追撃機動艦隊ウルザンブルンは、二頭立てとの交戦に入る! 仕留めるぞ! 後ろの3隻、遅れずについてきているな!?」

 ワーデンは大仰な身振りで前方を指差し、大声をあげた。

 ギュオスはブリッジ前方に歩み寄った。宇宙そらを見た。

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「高熱源体発生! 艦隊移動の設定宙域! 二頭立てとの合致率は99%以上!」

 同じ時、後続の3隻のムサイ級の一隻、3番艦『ヴェルダンディ』のブリッジでもそれはキャッチされていた。

「やはり居たか! よし! 今度は戦闘中も本艦で目標を補足し続けていろ! また目標を見失ってはかなわん! 旗艦は当てにするな! 新式の設備でも盲目が座っているようだからな! ……ま、ソロモンでの花火も見えずに、来る事が出来なかったらしい突撃機動軍の奴らだ、仕方ないがな!」

 3番艦の指揮官らしき男が皮肉たっぷりに叫んだ。笑い声がブリッジを包む。

 ────アースティン・シェード大尉。

 ウルザンブルン艦隊、3番艦の指揮官を努めると同時に、ザク、ビグロを乗りこなす、艦隊きってのエースパイロットである。
 先だっての連邦軍との遭遇戦で、第126パトロール艦隊のエースである、クラウザーのGm117を大破撃墜したのも、このアースティンだった。

「俺のビグロは準備出来てるな?」

 ────時にUC0079、12月。ジオン宇宙攻撃軍は事実上の消滅に至っていた。宇宙要塞ソロモンが連邦の攻勢の前にあっけなく陥落したためである。
 わずか一日に満たない戦闘で、かの巨大要塞が落城してしまったのは、突撃機動軍の援軍が間に合わなかった所為せいだと言う者は多い。
 そして、この遅延は、突撃機動軍の故意にるものではないかという疑念も数多くささやかれていた。

「は! 完了しています。大尉」

 生き残った宇宙攻撃軍の将兵は、解体と再編成をされ、他の各軍への編入を受けていた。
 アースティン以下、3番艦のクルーの殆どは、突撃機動軍に編入された落武者おちむしゃ組である。

「よし、ここは任す! デッキへ降りる! 必要があったら、コックピットにまわせ!」

 ヘルメットを掴んで、鮮やかに言い放ち、アースティンはブリッジを後にした。

(旗艦の司令官も若いMS乗りだったな……突撃機動軍の将校か。……読みはいいがな。
 目の前の火事は見えなくても、水面下を見るのは得意ということか……  ……いかにもだな)

 首元のファスナーを指で確かめながら、アースティンは考えていた。

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 同型艦、2番艦『ウルド』でも情報は捕らえていた。

「艦長の読み通りです!」

 オペレーターが言う。その言葉には尊敬がこもっていた。

「私では無いよ。旗艦の指示であろうが」

 2番艦の艦長、オルドー・ゼスト大尉は笑った。
 実際、二頭立てを艦隊が見失った時、既にオルドーはこの事態を予測していた。彼が旗艦への進言を決意する直前に、艦隊移動と戦闘配置の通達が来たのだ。

「本艦でも補足を続けろ。戦闘中でもだ」

「さっきは、補足は任せろって言ってきたくせに、旗艦、だらしないですからね」

 オペレーターがさげすんだように言った。

「複数補足した方が、良い心がけだからだ! バックアップは後方の役目。我等にも責任はあるのだ! 他の2隻にも伝えろ!」

いさめるようにオルドーが答えた。

「は! 申し訳ありません!」

 気持ち恥じ入るようにオペレーターが言う。
 オルドーの言葉を拾い、コミュニケーターが僚艦への電文をうち始めた。

「艦長! 敵艦、離脱を開始しました!」

「うむ、最大戦速か?」

 事もなげにオルドーは訊き返した。

「計測中! かなりの高加速です!」

「緻密に見張れ。些細な変化もみおとすな。山場がくるぞ」

(動いたな。脱兎だっとを決め込むのか、それとも──)

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「お前ならどう読む? 艦長」

 4番艦『スクルド』のブリッジ、特製の展望シートに座る参謀官、ソフィアは訊いた。

「は、第一級戦闘加速です。このまま振り切るつもりでしょう。
 敵艦は非常に高速で、離脱に充分な加速です。最大戦速で無いのは、暗礁宙域での漂流物回避に余力を残していると見ました」

 カッセル大尉が答えた。

「そうか……お前がそう思うなら、旗艦からの次の指示は『このまま追いかけろ』だろうな。
 その通りにしたくなかったら、なんと言ったらいいかな? 艦長」

 眉を寄せ、キセルの煙を吐き出しながら、ソフィアは言った。

「どういう事で、ありましょうか? 何か、準備を?」

(やりにくい御方だ……)

 カッセルは思った。
 ソフィア・ウロウス──この若い女性参謀は天才だ。カッセルはそう思っていた。

(もう少し、我々凡俗ぼんぞくにわかるように話していただきたいものだ)

「2番艦と3番艦へ通信を。オルドーとアースティンを呼び出してくれ」

 宙を見ながら、ソフィアは言った。

 現在は戦闘中、そして10分以内には戦端が開かれるだろう。こんな時でも、彼等が彼女の呼び出しに応ずるのはわかっていた。

 ────通称『ノルン戦闘艦隊』

 かつての宇宙攻撃軍で殲滅せんめつ部隊と呼ばれた戦闘部隊である。その中に、彼女の言に重きをおかないものはいなかった。

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「敵艦、動きました! 艦隊より一直線に離脱していきます! ……第一級戦闘加速! 二頭立て最大推力の約80%です!」

 ベルセルクのオペレーターが報告する。

「よおし! 敵艦はこちらを振り切るつもりだ! 全艦隊追撃用意! 確実に見失わん様に加速するんだ!
 オペレーター! 敵艦は推力に余裕を残しているぞ! 軌道変更しても見失うんじゃないぞ! 
 少佐殿、攻撃部隊の発進ポイントは、1レンジ送った方がよろしいのでは?」

 ワーデンが言った。
 ギュオスは振り返った。軽くうなずいてから指示を追加する。

「艦隊MS、MA発進位置は、1レンジ送りの予定で保留だ。 ただし、いつでも緊急発進できるようにな」

「は!」

 言って、コマンダーが指示を飛ばし始める。
 コミュニケーターが僚艦への指示を送った。
 ギュオスはブリッジ後方に歩いていき、ソファに腰を落とした。
 ワーデンは、床からせり出してきたキャプテンシートに身を預ける。
 総舵手の号令とともに、ベルセルクが増速した。

「僚艦3隻より合意入電! 同時通信回線要求です!」

 コミュニケーターが告げる。

「談合したいだと? 何を考えてる! 戦闘中だぞ! 用があるなら電文いれろと言え!」

 ワーデンが怒鳴った。

「まて、艦長。 コミュニケーター! 通信回線開いてやれ。 オペレーター! 敵の情報を逐一入れろ。 コマンダー! 臨機に対応しろよ」

「少佐殿!」

「彼らだって馬鹿じゃない、余程のことがあるのかもしれん」

 ギュオスは手を上げてワーデンを制した。

 スクリーンに、敬礼している3人が分割表示された。
 全艦隊の高加速により、3つの映像はそれぞれのリズムで小さく振動している。
 ヴェルダンディの、バイザーで顔が良く見えないが、恐らくアースティン大尉のバックはコックピットだ。

「戦闘中だ、手短にな」

 敬礼を返し、ギュオスは言った。

『艦隊指令に進言します。直ちに攻撃部隊の発進命令を──』

 ソフィアが口火を切った。

「何を、言い出すかと思えば! 位置関係、わかっているのか! 敵は離脱しているんだぞ! 高速でな! ……こんなところから!」

 ワーデンは呆れて怒鳴った。

『だから、艦隊は敵を見失わないように加速している。だから、攻撃部隊の発進を急ぐのだ!』

 ソフィアがワーデンに言った。苛ついた口調だ。

『補足いたします。敵は12時方向、~300Kmエリア36宙域にMS展開していると、思われるのです、少佐』

 オルドーの捕捉に、ワーデンが目を白黒させた。
 確認しようと、直ぐにオペレーターに振り向いて怒鳴ろうとするワーデンの眼前に、先んじてそれを制す、ギュオスの手が広がっていた。

「待ち伏せていると言うのか? 根拠は?」

 ややいぶかしそうにギュオスは訊いた。

『自分の勘であります』

 ソフィアが答えた。
 ワーデンは、驚きに口が開いた。

「勘? 勘と言ったか? 勘だと? ふ、ふざけるな!」

『ふざけてはいない! 説明してもお前には理解できん。私の勘だと覚えておけ』

 ソフィアの辣口にワーデンが目を剥いた。

「なんだと! 貴様ァ! 話にならん! 通信は終わりだ!! コミュニケーター、切れ!」

『待ってくれ! もし、本当だったらと、考えてみるんだ! 指令官!』

 アースティンが叫んだ。

「通信は切るな! ワーデン大尉、越権だぞ!」

 鋭く、ギュオスが発した。強めた目線でワーデンを見る。

「は、し、しかし! ……申し訳ありませんでした、少佐殿」

 ワーデンは言いかけたが、思いの他のギュオスの表情に、すこし怯んで一歩下がった。

『ウロウス参謀、君は黙っていたまえ。かえって時間がかかる。1秒も惜しいのだ、私が申しあげる。
 指令殿、敵の攻撃戦力は我が方より劣っています』

 仕切り直すように、オルドーが語り始めた。

「G型16機の搭載能力が、か?」

 表情を戻し腕を組んで、ギュオスは訊いた。

『それは最大の場合であります。恐らくという言葉で申し訳ありませんが、G型鉄砲持ちは半数未満でありましょう。過去の連邦攻撃部隊の構成のデータからも可能性は高いと存じます』

「うむ。で?」

『先の我が艦隊の遭遇戦は、二頭立てが仕組んだものと思われます。敵は潜みながら見ていたでありましょう。わが方の戦闘力を高く評価していると見るべきです』

「シェード大尉がやってくれたからな」

 ギュオスの声が軽く笑う。

『ちゃちゃを入れないでくれ、指令。こっちは23機中11機がビーム装備だって事だ』

 ギュオスの言葉に、少し不愉快そうにアースティンが言った。

『左様、続けます。敵が交戦を決意した場合、MSをいての待ち伏せが最も有効であります。暗礁宙域で相対位置関係は──』

「それはいい、わかる。うまくすれば艦ごと叩けるしな。が、危険な方法だ。二頭立てがそういう博打にでるとは思えんが?」

『確かに、慎重な艦であります。しかし、故に奇襲効果は高まるとも考えられます。
 指令の再補足の英断に、今後のジリ貧の展開を考慮して、ここでの裏をかいての勝負であります』

 オルドーの、アースティンの仇を取ったようにも取れる言葉に、ギュオスの口が笑った。

「よく言う。深い読み合いだな。面白いが、根拠に薄い。
 敵には先に援軍があるかもしれんし、そうでなくとも、その勝負は分に優れるとは思えん」

『援軍はありますまい。戦術的勝率も充分に期待できるものと考えます』

 真っ向から言ってのけるオルドーの声は、寸分も揺らいでいない。

「殲滅部隊らしい考え方だな。しかし、二頭立ては違う。攻性は低いと見るのが妥当だ。慣れない事をする危険さを、奴は知っている」

『月面を出航してからのデータしか我々は持っていません。機密輸送任務なら大人しくもなりましょう。充分に優れた部隊ならば、得意とする戦術タイプに制限はありません』

 オルドーは引かなかった。

「押し問答だな、先を言いたまえ」

『ありがとうございます、そう仮定します。艦隊の追撃速度を緩めずに、待ち伏せ宙域の掃討を行う為には、直ちに攻撃部隊を発進させなければ時間の猶予が取れません』

 ギュオスは少し考えたが、直ぐに言葉を継いだ。

「敵がアンブッシュ・カウンターを狙っているなら、艦は遠くへは行けん。MSの回収が不可能になるからな。賭けると言うなら、艦隊速度を緩めて攻撃部隊を展開すればいい。貴様らの言う作戦では、突入する攻撃部隊の推進剤を事前消費しすぎる」

『ペナルティーにはなりますが、戦闘不可能ではありません。わが方のパイロットはやってくれましょう』

『任せてくれ、それにザクはビグロで引っ張っていってやる』

 オルドーの見解を、アースティンが請け負った。

『それに、我々は、二頭立てはいざとなったらMS回収を断念すると予想しています。そのまま高加速で離脱してしまうのです。万が一、こちらに作戦を気取られても、機密を逃がす。二重の布陣であります。これが、追撃速度を緩められない理由であります』

 オルドーの言葉に、ギュオスの眉が寄った。
 じっと黙っていた、ワーデンが思わず叫んだ。

「馬鹿な! MSを捨てて逃げるだと!? そんなことが出来るものか! 推理ごっこが過ぎる!!」

『友軍艦隊を捨て駒に使ったのだ。考えたくは無いが、考えねばならん』

 オルドーの口調は変わらなかったが、言葉には重い、熟慮のようなものが籠っていた。

「馬鹿な! そんなことが──
 後も続かん! 援軍は無いといったのはお前だぞ!」

「いずれにしても!」

 ギュオスが語気を強めた。もうかなり話している。決断の時だった。

「仮定が多すぎる……」

『ああ! ……どうしてわかんないんだ! 指令官、間違いないのです。私の勘を、信じるべきです!』

 先程から苛々しながら黙っていたソフィアが、堪りかねたように口を開いた。

「貴様は黙っていろ! 勘だ、勘だと! 遊びじゃないんだぞ!」

 すかさず、ワーデンが言う。

『そうか! やはり突撃機動軍だな! とろいのは駆けつける脚だけじゃないらしい!』

『!』

「!」

『!』

 ソフィアの科白は、一瞬にして場を強い緊張に支配させた。

「貴様アア!!! 今の言葉! 軍法会議だ!!」

 ソフィアを指差し、ワーデンは物凄い形相で怒鳴った。

『やめろ、ソフィア!! 私情で! 煽っているのがわからねえのか! 艦隊生命がかかっているんだぞ! いつも部下の、仲間の事を考えろと言っていたドズル閣下の言葉を忘れたか!
 指令、信じてくれ! こいつは馬鹿だが、勘は絶対外れない!』

 バイザーを上げてアースティンが叫んだ。

『私からもお願い申し上げます。我々は、こうしてこれまでも生き残ってきたのです。ソロモン海戦での我々の突破劇、お聞き及びでしょう。あの時もウロウスはこうでした。それに従い、今、我々は少佐の前にいるのです』

 オルドーが続ける。真摯な声だった。

「……」

 ギュオスは目を閉じていた。しばし、沈黙が時を支配した。

『今一度、御英断を! 少佐殿!』

 破りがたい空気を裂くような気を込めて、オルドーが言った。

 ギュオスは、ゆっくりと口を開いた。

「──かのソロモン陥落時に、よしんば……キシリア閣下の采配に、そのような事があったとしても……」

「しょ、少佐殿! なにを!」

 驚いたワーデンがギュオスを見た。

「それによって、突撃機動軍の将兵全てを軽んじた発言を、見逃すわけにはいかない。
 取り消してもらおう! ソフィア・ウロウス参謀!」

 目を開けてソフィアを見つめ、ギュオスは刺すように言葉を放った。

『! ……失言、致しました。申し訳ございません……』

 伏せがちに横を向いて、ソフィアは発言を取り消した。

「うむ」

 つぶやいてから、ギュオスは少し天を見た。直ぐに振り直って、強く言った。

本追撃機動艦隊ウルザンブルンの司令官として! ……ジオンの誇る、殲滅部隊の進言、受け入れよう!」

 4人がそれぞれの反応をした。混ざりあう声を、ギュオスは手を振って制した。

「しかし、発進はザクとビグロだ。ゲルググは待機させる!」

『指令! 未だ私の──』

 言いかけるソフィアに、広げた手を差し出して、ギュオスは先を遮った。

「信じると言ったのだ! しかし、保険はかける! 万が一、敵がMSを撒いていなかったら、先発隊は敵に届かん。その時はゲルググ隊こちらだけで戦うと言っているのだ! 存在が確認されたら直ぐに我々は駆けつける。私の速度を見くびるな! それまで、持つな? 大尉」

 アースティンに視線が飛んだ。

『任せてくれって言ってるでしょう! 少佐!』

 嬉しそうにアースティンが答えた。

「よし! 全艦隊作戦開始! 旗艦からの通達、いらないな? 時間は押しているぞ! 全部隊、最高の働きをみせろ。以上だ!」

『ヤー!』

 3人が同時に言って敬礼をした。

 ウルザンブルンは、消耗した時間を補って余りあるものを手に入れていた。

scene 007 ノルンの三銃士

Fin

and... to be continued


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