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scene 004 砂浜の一針

 ────暗礁宙域。

 それは、大きな戦いの跡に生まれる暗い海である。
 無数に漂う破壊された巨大兵器は、かつての面影をありありと残し、その死に切れなかった動力は半永久的な核の鼓動を打ち続ける。
 電波探知、金属探知、熱源探知──宙域を見定めるあらゆる目は惑わされ、鋼鉄の亡霊と息ある艦隊を見分けることは難しい。
 ここはソロモン海。連邦軍要塞コンペイトウの周りに広がる視界ゼロの迷宮。
 今、空前の規模の連邦艦隊がこの港に集結していようとも、招かれざる客の往来を見通すことは出来なかった。

 クラウザーの第126パトロール艦隊をほふった4隻の戦闘艦が、この海を迷走していた。
 ジオン公国突撃機動軍、キシリア少将、直下勅命の特命機動艦隊『ウルザンブルン』
 旗艦はザンジバル級『ベルセルク』
 以下3隻のムサイ級『ウルド』『ヴェルダンディ』『スクルド』を従える。

 ベルセルクのブリッジ奥で、お決まりのしつらえたソファに身を沈め、組んだ足を投げ出している将校、ギュオス・メイ少佐の表情は少々かげっていた。
 その前に立つ、この船の艦長がクルーに怒鳴っている。

「まだ見つからんのか!! 二頭立にとうだては!」

 ────二頭立て。
 この艦隊の目標につけられた渾名あだなである。
 連邦の機密を持つらしい機動母艦、P004のコードを持つ船がそれだ。

 ──目標敵艦二頭立てが輸送する機密の完全なる消滅──

 これがこの部隊に与えられた守秘厳命の勅命任務であった。

「は、見つかっていません。何分、暗礁宙域ですので……」

 オペレーターが答えた。

「そんなことは判っている!! 貴様が阿呆あほうでないのなら、先の連邦艦隊との小競り合い! 我が攻撃部隊が敵を殲滅するまでの、たった2分の間! トレースを続けられずに、むざむざ二頭立てを見失った失態を思い!! そんなセリフは吐けんはずだ!」

 よく通る大声を、心なしかゆっくりと発しながら、ワーデン艦長は語った。
 落ち着いてはいるが、こもった怒気は隠し様がなく、ブリッジクルーを緊張させる。

「は! も、申し訳ありません!」

「口ではなく目と頭をつかえ! 早期に発見しろ! 全力でだ!」

 どもって答えるオペレーターにかぶせるように、ワーデンの叱責しっせきが飛んだ。
 後ろにいても良く聞こえるその声を聴き、ギュオスはゆっくりと頭をかしげた。

(頭を使えと言うのなら、怒鳴るのをやめて貰いたいものだな……人は緊張すれば、思考は鈍くなる。
 それに……今、私も考えているのだから……)

 傾げた頭をつい立てた拳で支え、ギュオスは心中で呟いた。

(──言ってしまえば、ワーデン……
 貴様が先の遭遇戦で早期に敵戦力の見切りをつけていたならば、あれほどオペレーターに情報報告を要求しなくて済んだのだ。
 そうすれば、彼も二頭立ての捕捉に集中し続けていられただろうに……
 そして今、皆が頭を懸命に使う必要は無かったのだ…………私もな……)

 目線だけでワーデンを見ながら、ギュオスは思った。

(しかし、今が正念場なのは事実だ。ここで再補足できなかったら、二度と見つけられないだろう。
 スタート直後のクラッシュ、そして、リタイヤといったところだな……そういうわけにはいかん)

 ギュオスのワーデンを見つめる目に、力がこもった。

(チャンスという言葉を知らなそうな貴様は、作戦の失敗に部下の無能をわめいて報告し、現状維持の保身……悪くても後方配属を狙って、それで満足なのだろうが……
 これはキシリア閣下の勅命なのでな……私は、それでは困るのだ)

 ギュオスはワーデンから視線を放し、そっと目を閉じた。

(振り返ってみれば、今までの二頭立ての動きは理にかなったものだった。
 好戦的な感じは微塵も無い……それなりの人物が指揮しているのだろう。
 機密輸送の任務らしいが、良い臆病さだ……適任だな……)

 ギュオスの口元だけが皮肉っぽく笑った。

(恐らく、二頭立ては、我々があの遭遇戦中に、奴を見失ったのを知っている。……あまつさえ、これを狙っていたのかも知れん……
 あの艦隊は、コンペイトウ基地よりの規定パトロールだったのだろうからな。二頭立てには、その哨戒ルートが判っていても不思議ではない。
 ……わざとルートを合わせて、我々とあのパトロール艦隊をぶつけ……
 ……いずれにしても、見失わせた事に成功した二頭立ての次の行動は……振り切ろうとするとは思えんな、やり過ごすことを考えているだろう……と、すれば何処にいるかだが……)

 ギュオスは目を開けて、軽くため息をついた。
 近くの下士官に呼びかける。

「伍長、コーヒーを持ってきてくれ」

 言いながら思う、それが解れば苦労はないか、と。

「は! 少佐殿」

 敬礼をしてブリッジを出る下士官を、振り返ったワーデン艦長の視線が追った。
 予想通りいらついた顔をしているなと、ギュオスは思った。

「貴様もどうだ? 大尉」

 艦長、では無くわざと階級で呼んだ。

「結構であります! 少佐殿」

 言って前を向くワーデンの背中に軽く笑いを投げながら、ギュオスは再び考えに沈んだ。

(ここは暗礁宙域だ……
 動力を抑えて息を潜めていれば、何処にでも隠れていられる……困ったものだ……
 そして困った我々は、仕方なく砂浜に落ちた針を見つけられることを願ってMS捜索隊を出すわけだ。
 何度もの再出撃でMSの推進剤の手持ちが切れて、我々が帰還を余儀なくされるまで、二頭立ては寝ていればいいわけだ。
 …………万が一にも捜索エリアの宝くじが当たって、散らばる微小熱源をしらみつぶしに巡っていくMSに発見されることにだけ気をつけてな……
 その為には……なるべく他の発生熱源の多いところで身を潜めるのが好ましい……
 …………まてよ?)

 像のように動かないギュオスの眉が寄った。

(暗礁宙域といえども発生熱源はまばらだ。当然、その位置図など無い……
 偶然、居た場所がそうでない限り、最も確実な多熱源発生地域は……そうなることが、判っているところ…………すなわち…………)

 先程の下士官が戻ってきて、ギュオスのかたわらに立った。

「コーヒーをお持ちしました、少佐殿」

 ギュオスのいらえは無かった。
 下士官が顔の向きを変えずに目線だけを差し向けてみると、ギュオスはややうつむいて目を閉じたまま、じっと座っている。

「少佐殿?」

 もう一度控えめに語りかけた下士官の声と同時に、ギュオスは、目を開けて立ち上がった。

「ありがとう」

 言いながらコーヒーを受け取り、前方を厳しい目つきで見つめた。

「艦長、艦隊の進路を先程の戦闘宙域に向けろ! 判るな? オペレーター」

「は、はい!」

 オペレーターが答える。

怪訝けげんそうな顔をして、ものいいたげに振り向く艦長を視線で制して、ギュオスの命令が飛んだ。

「艦隊総員第一戦闘配置! 目標宙域の2レンジ手前で全MS発進するぞ! MAもだ!」

 取り残されたような艦長を他所よそに、クルーがきびきびと動き出す。
 ベルセルクにアラームが鳴り響いた。

scene 004 砂浜の一針

Fin

and... to be continued


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