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scene 006 スクランブルエッジ

 パパパパ……

 コマンド・コンソールのモニターに、クラウザーのシミュレーションデータ結果が表示された。

(ノービス…じゃないの! なによ、使えないじゃない! 何処が天才よ! ばかみたい!)

「パワーレベル100になりました。機関起動終了、です……」

 ブリッジクルーのとりどりの報告に混じって、エレンが言った。
 戸惑う様に振り返り、艦長を、そしてシュアルを見た。

「コマンダー 、MS発進は未だ終わらないのか? 時間が、かかっているようだが……」

 アームオンは前方を見たまま訊いた。

(でも……よく見ると、評価構成は全部Aだわ……中でも戦術展開はずば抜けている。動き方、上手いんだわ……
 ──火器管制だけがD? これのせいでノービスなのね。なんでこれだけ論外なの?)

 艦の要のコマンダーとして卓抜した能力を持つシュアルは、これまでミスをしたことが無かった。その彼女がブリッジで発せられた言を聞き逃すなど、ありえなかったのだが。
 アームオンの問いかけに気づかず、やるべきことを忘れて、貴重な時間を、彼女は考える事に費やしていた。

 シュアル自身が自負している通り、コマンダーとしての知識とその応用は完璧に近い彼女だった。しかし、実戦にあって学ぶそれ以外の知識──
 戦闘におもむいている艦の現場で、MSPの機体種の乗換えが行われるケースなど、コマンダーの教練には想定されていない。
 郡を抜いたエリートとしてステップアップしてきたシュアルには、経験と、時間が教えてくれる広範な認識が欠如していた。

「シュアル!!」

 アームオンの強い問いかけに、シュアルはびっくりして我に返った。

「は、はい! 艦長」

 思わず、インカムを外して訊き返した。信じられない無意識の行動だった。

(何やってるの、私! コマンド何処まで……!! セカンドで止まったまま!!!)

「……MS発進は未だ終了しないのか? てこずっているようだが、現状を教えてくれ。艦が発進できん」

 変わらず前方を見たままアームオンは言った。

(え? 訊かれていた? 私、聞いてなかったの? そんな……)

「は、はい! い、いいえ!!  発進は既に終わってるはず……あ!」

 言いかけて、インカムを外していることに気が付いた。

・・・・・・・・
・・・・

(機体完熟度評価……あったな、そういうの。 使わないからな……あれ。
 ええい! 評価って聞いて、何ですぐ思いつかなかったんだ! ……A.C.E.エース100行けてないんだから、ノービスってとこかな。でも、やっぱ見てないんだから、適当言うわけにはいかないか……)

 G4のシートに静かに座り、コックピット標準装備の強制吸収栄養補給剤のパックチューブをくわえながら、クラウザーは考えていた。
 既にデッキにはハンガーロックされたままのG4しか残っていない。予想通り、この艦のMSは滑らかに発進していった。

(ええと、発進遅れたし、MSフォーメーションわからないから、俺はシフト外の展開だ。
 MSチームはアンブッシュ展開……でも、カタパルト無しでの離艦、そして慣性待機という事は……機関始動はメガ砲の為だけじゃない。艦は、急速離脱だ。
 俺のやることは……砲台だな。スナイピングG型火器管制、ミスれないな。機体制御無いからできるよな? ……大丈夫! できる!
 メガ射手の癖、知らないから、火力、無駄にしないようにしないと。……この艦、レベル高いからミサイル迎撃はキャナー信頼して、MSチームのバックアップに集中しよう。
 対MS機動なら、読み、自信あるし。……的はなんだろ、ザクかな?
 …………それにしても、セカンド終わってもう30秒以上経つな。……敵情報、遅過ぎるよ? ……まさか俺のマイク、切れてる?)

 受信状態を確認しようと手を動かしたとき、ヘルメットに声が飛び込んで来た。

『G1だ! 早く! 敵の情報を教えてくれ! どうしたの! お嬢!』

 やっぱり! クラウザーは思った。が、次の瞬間、はっとして宇宙そとを見た。

(やばいぞ!? このデッキと同じタイミングで、全デッキのMS、出終わったなら……もう、慣性漂流でかなり展開してる! 広域通信になっちゃうぞ!?)

『G1! アンブッシュ展開中だぞ! こっちから通信入れるんじゃない!! リーダーより各機! ブリッジは混乱している可能性がある! 敵戦力はわかってるな! 最悪の場合は各個の判断で行動せよ! グッドラック!!!』

「ええ!?」

 クラウザーは思わず叫んだ。

(そんな! 敵情報なくても、敵戦力は知ってるみたいだけど……接近情報無しでアンブッシュなんて! ただでさえ危険なのに! レベル高いって言ったって……
 くそ! コマンダー、なにやってんだよ!)

 その時、船体を揺るがす強めのGが掛かった。

(艦が発進した!! もう、間に合わない!)

 コマンダーの指示は再開されていなかった。

・・・・・・・・
・・・・

(デッキ情報……やっぱり! MSはもう、みんな出てるわ!)

「MS発進、終了しています!」

 シュアルは言いながら、慌ててインカムをつけた。発進しているMSチームからの通信の後である。彼らのやり取りは、彼女の耳に届いてはいなかった。

 ────MSチームの負った作戦は、動力を停止しての待ち伏せである。例えるならば、それは目を瞑って、耳を塞いで、毛布に包まっているようなものだ。

「よし……中尉! 回頭! 全艦発進!」

 アームオンはエレンへの指示を出した。 肩越しに、ちらりとシュアルの方をみた。

「イエッサー! 取り舵145度!」

エレンが勢い良く、舵を回す。

 ────艦は急速離脱を行い、全力で逃げる姿勢を見せる。敵は引き離されない為に、やはり全力で追う事を強制されるだろう。その進路は当然、最短距離である、P004との一直線ラインだ。
 MSの待ち伏せる空域にそのコースを合わせる為に、艦は、敵艦隊に背を向けた進路をとるのだ 。

「敵艦隊、変わらず接近中! ランデブーカウント、残り360!」

 スムーズに、明瞭に、カインの声が状況を告げる。
 ブリッジでは最優先でもある、オペレーターの発する情報。彼はそれを、ブリッジに飛び交う他の声に被せる事も無く、タイミングを外すことも無く、自然にインサートしてくる。
 メトロノームを思わせる彼がホスティングするP004のブリッジは、緊急事態にあってもヒステリックになる事は無い。

「離脱進路固定! メインロケット点火! 推力80%!  発進G、掛かります!」

 エレンの声と共に、艦に強い振動が響いた。

 ────敵艦隊は、P004がいたMSチームの待ち伏せ空域に入った途端に、至近距離で膨らむ幾つもの熱原光点に驚くだろう。
 僅か十秒以内で起動を完了し、即、攻撃できるスキルを備えたP004のMSチームならば、恐怖した敵オペレーターの悲鳴が艦隊に轟いた一瞬の後には、彼等を巨大な爆発の閃光に変えていることだろう。
 予想される戦闘時間 、10秒。
 期待される戦果、 敵艦隊全滅 、自損ゼロ。
 これが、P004司令官ロイデ・アームオン大佐の目論んだ 、アンブッシュ・カウンター・アタックの全貌である。

(ランデブーまで360? ……本当だわ! 戦闘配置、アラーム鳴らしてから2分も経ってる!)

 コンソールのタイマーをみて、シュアルは驚いた。

(セカンド終わって1分位かしら? ああ、私、なんてことを……MS通信、もう広域じゃないと──)

 ────非常にリスキーなこの作戦ミッションの要諦は、コマンダーの正確無比な敵接近情報である。
 仮死状態で漂っているMSチームが目覚めた時、そこには敵艦隊の姿が無くてはならない。
 種類の混成している敵艦隊の動きを的確に推測し、MSチームの展開する空域に差し掛かる時間を判断する。
 相対速度が支配する宇宙空間でのそのタイミングは、一瞬に例えて差し支えない。
 その高度な判断を可能とするコマンダーとして、信頼を置かれているクルー。それがシュアルだった 。

「艦長、広域通信、許可、よろしいでしょうか? 敵、接近情報、未だで。MSは、通信、圏外です。申し訳ありません」

 内心の激しい動揺を押さえ込んで、シュアルは言った。
前方を見つめるアームオンの顔が、一瞬で苦渋に覆われた。左手が眉間を抑える。そして、うつむいた。

「そ、それって? 皆さん敵のこと知らないってこと? ……広域通信じゃ、まずいの?」

 驚いたように、エレンが振り向いた。

「アンブッシュ展開ですからね。艦から広域通信かけたら、伏兵、撒いてるの読まれる可能性ありますから、行動開始までは普通しないんですよ」

 例によって、アダムが説明した。

「全艦現状維持せよ。広域通信は、交戦開始まで閉鎖」

 いつの間にか左手を下ろしていたアームオンは、落ち着いた声で言った。視線も、前方に戻っている。

「艦長!」

「気取られるわけにはいかん!!」

 シュアルの叫びを突き返し、アームオンは声を張った。

「し、しかし!」

「ここが、正念場なのだ!!! ……バトラー達を、信じよう。指示、再開しろ」

 無念に、 シュアルは唇を噛み締めた。

・・・・・・・・
・・・・

『コンバットシフト、戦闘指揮は第1メガ粒子砲手!MC1コンダクト 一斉射撃より戦端を開け!スタイルはヴォレー 以後、各個全力戦闘!アンド ラッシュ 200秒後に開戦!アフター200でセイ・ハロー コネクション! ……3、……2、……1 、……0、…………-3!』

 コマンドが再開された。

「いまごろ!」

(間に合ったのか? わかってんのか!? 平気なのか?  アンブッシュ解除して、広域通信でちゃんと伝えたほうが……)

 表情を曇らせながら、G4のカウンターに200を入力する。
 コマンダーのコールに合わせてクラウザーの小指がスターターを叩いた。
ピ! ……続く-3のコールで197を示している事を確認した。

『エネミーステート! シャトル1、キャメル3! エリア42よりクラス3で接近中! 突入はシャトル先行が予想されます!』

(……イノシシ1隻、ラクダ3隻。敵戦力かなり高いぞ! 42ならかなり遠い、でもクラス3! 凄い高速で突っ込んできてる!)

 シャトルやイノシシは、ザンジバル級のことだ。同様に、キャメル、ラクダはムサイ級のことである。
 このようにあだ名をつけて呼び変えるのは、ジオンでも連邦でも通例である。呼び易く分りやすくする為に自然発生的に生まれるのだが、部隊や兵科によりその呼称は微妙に違っていることも、またよくあることだった。
 配属替えを幾度か経験している、新兵でもないクラウザーにとって、こういう違いをすんなり解することは難しくはない。

『攻撃戦力は、確定、ナプキン8、スキン12、ビーク3! 追加は確認されていません! 』

 ナプキン、スキンはゲルググ、ザクのことだ。ビークという表現は耳慣れない。一瞬考えて、ビグロというMAのことだと思い至った。

(……MSは満タンで、MA付きとは、手強いな。フル装備じゃないか…………まて!?)

 突如、クラウザーの背筋に強烈な戦慄が走った。

(……この構成、……この、……この、敵は……)

「奴らじゃないのか!?」

 バイザーの奥で、クラウザーの顔がけわしくゆがんだ。

(……ナプキン、スキンと、あのMAの攻撃戦力!! ……俺の艦隊を、あっさり……撃破した!)

 膝の上で組んでいた手が、無意識にスティックを握り締めた。

『1ミッションデータによる敵の戦闘力評価はAです! 気をつけてください!』

「間違いない…………奴らだ」

強く引き寄せられた眉の下、クラウザーの瞳が凍りついた様な光を放った。

scene 006 スクランブルエッジ

Fin

and... to be continued


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