scene 010 White shoot Red shot
「sniper mode」
機械的な擬似音声がした。機体の多数のギミックが、細かく切り替わる複雑な振動が、小さく伝わってくる。
激しいメガ粒子砲撃を受けて雷光迸るP004を盾にする後方に位置取って、ビームライフルを構えるG型がいた。G4=クラウザー機だ。
────君をP004のMSPとして迎えたい────
今、クラウザーはP004のMSPとしてG型を駆っている。ただし、チームとは連携していない、単独展開だ。
この艦に収容を受け、特殊な処遇と特例的な艦長の意向により即座に同艦配属になったものの、クルーに紹介される間すらなく実戦に入ってしまったからだ。
この戦闘に参加している者で、クラウザーだけが初めての部隊での初戦であり、しかも扱う機体まで初めてのタイプという不利要素だらけだった。
しかし、クラウザーだけが、既に知っているという有利要素もあった。
(初弾は暗褐色のビグロが放つ。狙いを絞っていくの腕は1級、発射の見切りの良さは超級だ──)
クラウザーは、メインモニター中央に展開しているズームウィンドウの一つを睨みつけた。
(──そして、回避運動のキレもズバ抜けている。コイツを撃っても……当たりはしない……)
そう、クラウザーは知っている。この敵達を知っている。中でも、今、睨みつけているビグロの強さを一番よく知っていた。
まだ24時間も経ってはいない。彼が、終焉を覚悟した死闘を演じた相手だ。
改めて確認するまでもなく、今狙うべき相手では無いことは分かっていた。
それでも、一瞥をくれなければ気が収まらなかった。
(今度はビーム装備機体だ。初撃をフリーで渡したりは、しない!)
────この敵達との初見の時、クラウザーのチームはビーム無しの機体のみだった。亜高速の弾速を持つビームでなければ、望遠距離で放たれる初弾の狙撃合戦には参加できない。弾着に時間がかかり過ぎるからだ。
(分かっている。覚えている。あの時、もし俺がビーム装備機体だったらと、お前達を観ていた。最初に狙うのは、お前だ!)
モニター中央に、ザクの映るウィンドウが位置した。各種詳細情報が表示され、十字光が走りだす。
『リーダーより全機! G型3機は3方向へ狙撃展開しろ! Gm型12機は2機一組で接近戦闘しろ!──』
MSチームリーダーからのコマンドが聴こえてきた。
クラウザーは、狙撃ウィンドウを見つめたまま視界を広げて、味方機を示す光点の展開を確認した。
G型3機は、三方に広がりながら移動している。Gm型12機は、中央で六角形を形作ろうとしている。
(速い! し、上手い! 思った以上のチームだ……美しい! だが──)
両手のスティックが精密狙撃コントロールに切り替わったスナイパーモードで、クラウザーはエイミングを開始した。
左手の3次元操作で敵機を中央にトレースするようにフレームをコントロールし、右手の3次元操作で予測する次の瞬間の敵機の動く位置に照星を合わせていく。
(──それでも、展開が終わっていて、敵機を既知している俺が一番早くスナイプできる。
貴重な初弾だが、やらせて貰う!)
トレースの精度と予想照星の誤差、そして、そのズレがみるみる少なくなっていく。命中確率を表示しているカウンターが、デジタルスロットマシーンのように高速で変化し、表示色が赤色系から青色系になり、更に輝きを増して白色に近付いていく。数字が3桁になった。
(最大値到達! 撃つ!!)
G4の構えたビームライフルの先端のスペクトルが膨張し、同時に、収束して伸びた一直線のラインが光った。
撃墜を確信して放った一撃だったが、僅かに外れて標的を掠めたに止まった。
しかし、それに弾かれたような格好になったザクを、瞬く時差で別のビームが撃ち抜いた。
(追撃!?)
必中の一撃が外れた愕きに、連撃が成された驚きが被さった。
素早く、左の小指で十字を切った。クラウザーの平常心を保つ動作だ。
(いや……違う……偶然の一致だ。チームのエーススナイパーも、あいつを撃とうとしていた……そして、結果、連撃になった──)
渦巻く驚愕心から連なる思考の鈍化を強制終了させて、クラウザーは冷静に分析した。
同時に、中央表示の狙撃ウィンドウを、次に狙うべき標的と入れ替える。
(──何故、外れた? ……クラッチングが遅い? まだ、ビームライフル射撃をモノに出来ていない……)
────ビームライフル。
この大戦で初めて実装された、MS用メガ粒子砲である。戦闘艦並みのビーム砲をMSが装備したことによる、戦術と戦闘力の飛躍は計り知れない。
亜高速の弾速によって宇宙空間レベルの戦闘フィールドであろうとも、その弾着時間は0に等しいために圧倒的な射程と命中率を誇り、また、iフォールドという対ビームバリアー以外では防ぎ様の無い、文字通り一撃必殺の破壊力を持っているからだ。
本来、メガ粒子砲は、戦闘艦クラスの大型核融合炉でなければ撃てなかった。
それをMSクラスの核融合炉で発射可能にする為に、戦闘艦の大型炉で発射寸前にまで圧縮されたメガ粒子を蓄えておき、最後のひと押しをMSの核融合炉で行うというのがビームライフルの原理だ。
画期的な技術であることに比例して、安全に運用する為の技術難度もとても高い。故に、実用化して間もないこの兵装は簡単に引き金一つで撃てるようには出来ていなかった。
パイロットは発射の瞬間に、二重のセーフティを解除し、非常にヒステリックな最後の反応処理をセミオートで行う。これをほぼ同時に一瞬でこなさなければならない。
大戦時の開発では、勝利するという第一義の為には、使い易さは無視される。難易度を克服するのは使い手の仕事なのだ。
そのビームライフル射撃時の瞬間的に行われる一連の動作を、まだクラウザーが完全に身につけていないのは当たり前と言えば当然のことだった。
時間にすればコンマ数秒単位のカウントになる。しかし、その遅れは、命中をハズレに変えてしまう。
「ディレイ! プラス、コンマ2!」
「Roger, delay plus comma two」
クラウザーのコマンドにマシンボイスが応えた。
想定するクラッチングの遅さ分を、エイミング計算値に加えるハンディをつけたのだ。
(砲台の俺が外すわけにはいかない)
────クラウザーは母艦のiフィールドを盾に後方展開している。P004の砲撃手の様に、敵の砲撃に揺すられる事はない。
(ビグロ3機は突入組に全部入っている。ザクと合わせて15……14機。こっちのG型3機、Gm型12機と、互角……)
────そして、前衛に出ているMSチームの様に、狙いを外す回避運動もしなくていい。
(ビーム装備の敵MSは、8機いるはずだ。コマンダーの指摘通り、艦隊後方に十字X字狙撃展開してくるだろう。こっちの狙撃は1機……)
────つまり、P004の攻撃力の中で、最もスコアを獲りやすいポジションに居た。
(勝機は……)
クラウザーの分析する思考と同時進行していた、次弾エイミングの命中予想数値がホワイトに輝いた。
「スピードだ!」
言うが早いか、クラウザーの指先がクラッチングステップを叩く。
眩い閃光が迸り、スナイプウィンドウのザクが脚部を飛ばして弾ける。
瞬時にダメージレベルを計測した『SERIOUS』の文字が浮かび、音声が聴こえた。
(大破……だが機動力を失った。あいつはもう戦力外だ。次!)
第3候補の的の窓が、すぐに中央にスライドしてくる。次にどれを狙うかを判断する時間が全くない。
既知──すでに知っている。というアドバンテージを最大に活かして────
「ディレイ! マイナス、コンマゼロ7!」
「Roger, delay minus comma zero seven」
────行動は次の攻撃を。言動は精度の調整を。ラグなく、同時に、正確にこなして、クラウザーは今、最速のアタックを実行していた。
左右のスティックをバラバラに3次元コントロールするクラウザーのエイミング動作は、とてもスローで、しかし、滑らかに見える。無駄が無いからだ。
達人と呼ばれる者がその技を見せる時、格下の者よりずっとゆっくりに思えるのに、誰よりも早い。それ、だった。
あっという程の間に、命中予想値が白色に光った。クラウザーの指先がクラッチングステップに跳ねる。鋭く伸びたビームラインが、敵機中央を貫通した。
瞬時にダメージレベルが計測されて、『KILL』の文字と音声がリターンされた。
・・・・・・・・
・・・・
『カタパルト、オールレディ! 101、102、射出!』
カタパルト・オフィサーの音声がヘルメットに入ってきた。メインモニターに発進カウントが現れ、秒を刻み出す。
「ゲルググ1番機よりゲルググ全機! 艦隊後方で狙撃展開! 前衛がゾーンで弾いてくれる。飛ばされた敵機を、きっちり仕留めて見せてやれ」
カウンターを瞳に映しながら、ギュオスは指示した。
ゼロカウントの表示と同時にカタパルトが走り出し、激しいGが身体をシートにめり込ませる。ギュオス駆る、1番艦所属ゲルググ1号機が宇宙に舞った。
警報と共に 『202 losted』 の表示が浮かび、2番艦所属ザク2号機が撃墜された事をモニターが告げた。
「ほう! アースティンが先制を許したのか。連邦MS隊は、優秀な様だな……」
口角を上げて、ギュオスは呟いた。
視界の端で、発進のゲルググ達が正しく展開していく様を確認し、視界の焦点で、次々とメインモニターに開いていく敵機映像を素早く吟味していく。
最速で自身の就くべき狙撃ポジションに近づくと、機体を渦巻くようにターンさせ、最高効率で速度を殺す。肩部シールドが鋭く開き、ビームライフルを構えたゲルググが姿を見せる。
「shooter mode sniper mode」
モノアイが光った。
「撃墜したのは……此奴だな」
精密狙撃コントロールに切り替わるスティックの感触を確かめながら、ギュオスの視線が固定された。
見つめるウィンドウでは、G1が踊っている。リズミカルに敵弾を回避しながら、ビームを放っていた。
「黙らせてやる」
ギュオスが酷薄な笑みを浮かべた。
命中予想値はまだ赤みを帯びた二桁だったが、ギュオスはまるで意に介していない。指先が動いた。
一動作でクラッチングが成され、ゲルググがビームを撃ち放った。
「OUT SIDE」
モニターにダメージレベルが表示され、マシンボイスが読み上げる。
掠ってもいない。完全に外れだ。しかし、狙撃ウィンドウに映るG1の様子は明らかに変化していた。
(腕のいい奴に当てようとするから、追い縋ることになる。すると、調子づくものだ──)
もはや踊っているなどとは表現できない。まるで慎重に辺りを伺うかの様な回避運動だ。攻撃も止まってしまっている。
完全に勢いを消されていた。
(──そういう奴は、先を射抜いてやればいい。状況を高度に把握しているからな。止まるしかなくなるだろう?)
G1の映る狙撃ウィンドウがスライドして、次の窓がセンターに止まった。映っているのはG2だ。
(豪華な部隊だな。各個がハイレベルだ。お前も、まずは大人しくしてもらおうか)
エイミングが始まって数秒も経ってはいない。赤い命中予想値のまま、ギュオスの指先が舞う。
「OUT SIDE」
浮かぶレッドサインが、冷ややかに笑う瞳を染める。
そのギュオスの命令が聞こえたかのように、G2の動きがくっきりと変化して、硬く重く、沈んでいった。
(そうだ。そうしていろ。こちらの前衛にプッシュアウトされるまでフリーズしていろ。
そうして勝利を賭けたお前達の迎撃ラインが破綻して、敗北の覚悟を背負って特攻を選ぶ時、見せるガラ空きの背中に止めをくれてやる)
G2を映した狙撃ウィンドウが場所を譲り、G3のウィンドウがセンターに固定された。
「さあ、連邦のビームはこれで沈黙だ」
G2の時よりさらにエイミングが短い。命中予想数値はまだ深紅の1桁だ。
G3の斜め前方を、落雷のようなビームが通過した。と、反射的にG3が逆制動をかけて減速
し、代わりに、回避運動が盛んになる。しかし反対に、みるみる動きは固まっていった。
「ふん…… では、突入部隊を潰そうか」
そう言って、下方に重ね置いていたGm型のウィンドウをセレクトしようとした時、警報がギュオスの笑いを消した。
モニターが『403 rested』 を告げていた。そこに映っているのは、脚部を失って戦闘行動不能になったザクだ。
鋭く瞬時に、ギュオスはそれがビームに依る破壊だという痕跡を見てとった。眉が寄った。
(どういう事だ?)
正面に視線を戻してG3を確認する。硬い回避運動に必死の様子が伺われた。
当然という風に小さく頷きながら、G2をモニターしているウィンドウに視線を向ける。
やはり、まだフリーズステータスだ。この状態で403を大破させたとは思えなかった。
ギュオスは、敵の筆頭と思しきG1のウィンドウを睨んだ。
「ほう……」
窓の中のG1がビームを放った。動きも、パワーとスピードを取り戻そうとしている。
(私が打ちこむ恐怖は、本能を直撃する。意志が『動け』と思っても、体が『殺られる』と拒絶している筈だが…… 勇気があるな。流石だと褒めてやる)
左右のスティックをツイストしてエイミングをスタートする。命中予想値は赤い。ギュオスの指先が波打ち、綺麗なクラッチングが一動作で完了した。
狙撃ウィンドウにビームが走り、映るG1が逆制動と警戒を強制される。
続けて、二射、三射。G1が、抗い虚しく固まっていった。
「うむ……」
さして感動もないという表情で呟きながら、再び、G2、そしてG3の様子をチェックした。
少しは回復しようとしているか? しかし、適時に圧殺をかけていれば、難なく制圧していられると思えた。
「なんという事もないな……」
ギュオスが、その何処かすっきりしない感覚に疑問を覚えた時、あり得るはずのない警報が鳴った。
「何!?」
痺れる様な衝撃を感じながら、浮かんだモニターの文字に視線を飛ばした。
「304 losted」
映ったのは、機体中心にビーム貫通の風穴を見せて、巨大な爆光に変わっていくザクの姿だ。
ギュオスの思考は驚きに止まっていた。が、行動は即座に遠方定点のズーミングを行っていた。
小窓のフレームが数回の拡大表現を見せると、敵母艦が映し出された。
そのままズームを続けて母艦周辺をフォーカスする。
──居た。ギュオスの思考が再起動する。
(最大搭載MS数は16だったな…… 1機だけ……何故? いや、いい……二頭立て奴……)
「やってくれるな」
4機目のG型を見つめるギュオスの表情は、仮面の様に冷たかった。
scene 010 White shoot Red shot
Fin
and... to be continued
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