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scene 002 ゴーストソルジャー

「クラウザー・ラウザー中尉!」

 通路を隔てる白いドアーに向かって、クラウザーは声を張った。中ほどからのぞいているレンズが、素早くまたたいたように見えた。
 小気味の良い電子音が鳴り、キーロックが解除された事を告げる。
 ここからのエリアは艦長の為の空間だ。クラウザーはいつも、このエリアに入る時は緊張する。それが、長く乗り合わせた艦であっても。

「入ります」

 誰も居るはずの無い扉の向こうに挨拶をして、クラウザーは歩を進めた。
 視界が開けると同時に、通路の両側に立つ2名の兵士の姿が飛び込んできた。予期せぬ光景にわずかに歩みがゆるむ。
 兵士の肘から先だけが動いたように思えた。静かに敬礼をしてくる。
 クラウザーは切れよく敬礼を返しながら、2人を眺め上げた。

(──様に、なっている)

 敬礼をしている姿は切り取られた絵画のようだ。眼差しだけが生きている人間だと教えてくれる。
 明らかに二人は別人であるにも関わらず、なにやら双子のように思えた。彼らの放つ同じ雰囲気、精悍せいかんで冷徹なそれ、が原因だろう。この種の兵士の目的の為に、抜かりなく鍛え上げられてきた精鋭なのだろう。

「同行致します、中尉」

 兵士の一人が言った。語感にも強靭さがありありと感じられる。

「頼む」

 敬礼を切り※終え、奥へ顔を向け、二人の間を抜けた。
 艦長というVIPをガードするのが、この二人の仕事である。彼らは憲兵だ。

 ────憲兵。

 それは、艦船及びMS攻撃部隊の要員、すなわち通常の乗組員とは一線をいて、艦の治安の維持に努めるMPミリタリーポリスだ。
 ここで憲兵に迎えられる。本来ならば、当然の事なのだ。しかし今の疲弊ひへいしきった戦争状態にあって、まともに憲兵が活動している艦があるとは驚きだった。
 数歩で尽きる短い通路を進み、突き当りの扉の前でクラウザーは背筋を伸ばした。軽く息を吸い、口を開いた。

「クラウザー・ラウザー中尉、上がりました!」

 少し雰囲気に呑まれたか、クラウザーは自分でも声が大きくなっているのがわかった。

「入れ、ラウザー中尉」

 歯切れの良いテノールだ。落ち着いていて明朗な声が、扉の向こうから帰ってきた。
 空気が抜ける様な音と共に、ドアーがスライドした。

「失礼します!」

 一歩入って止まり、敬礼をした。目線をまっすぐ前方に据え、目に映る風景だけを見る。
 艦長室の応接間だ。クラウザーのよく知っている光景だ。取り分けて変わった所もない。
 迎える男が起立していたことだけが、見慣れない。
 男はクラウザーへ敬礼を返し、直ぐに切った。

「休め、中尉」

 クラウザーは腕を下げ、後ろで組み、足を開いた。しっかりと相手を見つめる。
 軍帽をかぶっていない。肩章けんしょうには二本線に3つの星。

「ロイデ・アームオン大佐だ、中尉。この船を任されている」

 男が名乗った。

「コンペイトウ、第126パトロール艦隊、攻撃部隊所属、クラウザー・ラウザー中尉であります。アームオン艦長」

 クラウザーの申告を受け止めた目が、うなずいたように思えた。

「掛けたまえ中尉」

 アームオンはそう言うと、自らソファに腰を下ろした。
 クラウザーが座ると、ゆっくりと話を始めた。

「君の現状を説明しよう」

 机の上のファイルを取り上げ、クラウザーをちらりと見る。
 ファイルを開いて目線を落とし、アームオンは語り始めた。

「貴君の艦隊は今より数時間前、敵との交戦により殲滅せんめつした。
 君は我々が確認した唯一の生存者であり、この艦に収容を受けた。
 収容は大破したGm型117と共に行われた。同機は損壊そんかいが酷く、しかるのち破棄された」

 ページがめくられた。

「収容時、君は失心状態にあった。
 医療科の監察の結果、精神に異常を来たしている事が判明。被撃墜から収容までの間の漂流の恐怖によるものと思われる。
 よって例にならい、漂流中の記憶の抹消を試みた。
 結果、充分な効果を得られたようで、精神は安定。以後の経過にも異常は見られず、MSPモビルスーツ パイロットとして復帰可能と判断されている」

 アームオンは言葉を切り、クラウザーをうかがった。
 クラウザーの表情はけわしかった。
 勝っていたカードゲーム、突然鳴ったアラーム、予想外に強力な敵、僚機の悲鳴、敗北感と絶望感、死の確信、空白、そして医療科の白い天井……さまざまな記憶が駆け巡っていた。

 クラウザーは腹の底がうずくのを感じた。みるみる激しい嘔吐感がこみ上げてくる。医療科のベッドで目覚めてから、これで4度目だ。
 クラウザーは耐え切れず口を押さえた。

「使いたまえ、中尉」

 アームオンがチューブの伸びるマウスマスクを差し出した。あてて戻せば、掃除機の要領で綺麗に吸い取ってくれる。
 しかし、クラウザーは手を上げ意思表示して、気力でぐっと吐き気を押さえ込んだ。目がうるむ。
 アームオンが少し笑った。

「……大変だったな中尉。しかし、よく生還した。……君に、感謝する」

 アームオンの言葉に、クラウザーの目の潤みが増した。
 クラウザーは口を開こうとしたが、まだ手をどけることは出来なかった。

「続けるぞ、中尉」

 アームオンは、何事も無かったかのように言葉を継いだ。
 クラウザーには、アームオンの表情が、心なしか真剣なものへと変わったように思われた。

「本艦は地球連邦軍所属のペガサス級機動艦。コードはP004。艦名は未だ無い」

 ペガサス級。連邦の最新鋭の機動母艦だ。しかし、この艦のコードが表しているものはもっと驚くべきことだった。クラウザーの瞳が開かれた。

「……そうだ中尉、本艦は極秘任務にいている特務艦だ。
 任務内容は機密輸送。
 機密の内容及び目的地等については告げることは出来ない」

 アームオンはファイルを閉じて机に置いた。

「我が艦は友軍にも存在及び所在を知られておらず、また知られる必要のない事を理解できるな? 中尉。
 君は我が艦に収容を受けざる得ない状況下にあった。そして、収容された。
 おかげで君は、この艦の存在と、どの時にいてどこに居たかという所在を、知り得てしまった……つまり」

 アームオンの目線が、クラウザーの瞳にしっかり固定された。

「君を原隊に復帰させることは出来ない。クラウザー・ラウザー中尉。
 コンペイトウの記録はこうなるだろう。第126パトロール艦隊は全滅。原因は不明。哨戒任務中の遭遇戦闘にる可能性が高い。
 艦隊の生存者はゼロ、だ」

 アームオンの膝の上で手が組まれた。

「君はしかるべき時が来るまで、我々と行動を共にする」

 クラウザーの眉間みけんは寄っていた。いつの間にか口を押さえていた手は下がっていた。

「以上が、君の現状の説明だ」

 アームオンは話を結んだ。
 しばらく、時が置かれた。

「了解しました。大佐」

 クラウザーは、はっきりと答えた。
 率直に言えば、クラウザーはこの話に抵抗感を感じていた。しかし、アームオンの彼への処置は、妥当で、正当だ。
 疲労している自分の心が、この急速な展開を受け入れる事が出来ないでいるだけなのだ。他の返答など、あり得はしない。
 クラウザーには、そういう風に状況をつとめて分析し、自分を律するだけの力があった。

 再び、目だけが頷いたように思えた。アームオンの口が静かに開く。

「中尉、そこで相談なんだが……」

 気分を仕切り直した様に軽く深呼吸をして、クラウザーはアームオンを見た。

「何でしょうか、大佐」

「ああ、相談なんだが、君をP004のMSPとして迎えたい……
 君の記録は照会した。優秀なパイロットだ。是非この艦の攻撃部隊に加わってほしい」

 後で考えれば、至極しごく自然な会話の流れだと思えただろう。しかし、今は虚を突かれた。
 それでも、クラウザーは直ぐに アームオンをまっすぐ見た。

「了解しました。大佐」

 迷いの無い即答を返した。

 自分の艦隊、第126パトロール艦隊は充分に強かったとクラウザーは思っている。それを全滅するのに、恐らく数分も必要としなかった奴等。
 あの強力な敵部隊は、この艦がクラウザーを回収する時、まだあの空域に目が届いていたのかも知れない。

 極秘任務を背負う特務艦が、クラウザーを回収する為にあの空域に来たという行為は、とてもリスクが高かっただろうと彼は思った。
 そのリスクを省みぬ行動を、アームオンはったのだ。そして、自分は助かった。
 儀にもとる事なき……と言えばそれまでだが、クラウザーには それは尊敬に値する勇断だと思えた。

 心情的に恩を感じていた。そして、パイロットとして、この艦は自分が帰する家だと思える。そう感じていた。

「ありがとう中尉、では君をP004のMSPに配属する。士官室を割り当てるから、追って通達あるまで待機せよ」

 アームオンの命令を受け、クラウザーはすっと立ち上がった。

「拝命します。大佐」

 続けて敬礼をする。

「待機します。艦長」

 アームオンも立ち上がって敬礼を返した。

「下がってよし、中尉」

 アームオンが敬礼を切った。

「失礼します!」

 クラウザーも敬礼を切り、綺麗にきびすを返した。
 部屋を出ると、二人の憲兵が彼を迎えた。来た時と同じように、歩み去るクラウザーの後ろから同行していく。

 扉が閉まると、アームオンは応接室から執務室に移った。机の上の帽子を取り、しっかりとかぶった。
 椅子に腰掛け、受話器を取る。

「私だ。本日ただ今より、クラウザー・ラウザー中尉をP004攻撃部隊に配属した。
 ……ああ、そうだ。……ああ、任せるよバトラー。ただ、彼にはG型の余っていたやつを……    ……ああ、わるいわるい余っているわけではないな。わかっているって。
 ……そう4番機をてがって見てくれないか? うまく使いそうな気がするんだよ」

 受話器から、小さな声が漏れている。

「あっはっは、そう言うなよ。私の口出しは治らないさ。
 ん? ……あっはっは、そう、その通りだ。私の得意の上級権限の臨機使用スペシャル・オーダーってやつだ。
 ……ああ、そうしてくれ」

 先程までとは、ずいぶん印象が違う。快活な笑い声が部屋に響いた。

「G型でやらせてみる理由? ……ん~、勘としか言えないな……しかし、間違いなく言えることはあるよ。彼はただ一人生き残ったんだよ。
 ……そうそう、見ただろう? あの大破した彼の機体……    ……そうさ、そう。流石にパイロットだな。君の方が詳しいし、君の方が驚いてるじゃないか。
 ……うん、じゃあよろしく頼む」

 アームオンは受話器を置いた。

 しばらくして、引き出しを開けて葉巻を取り出した。マッチをって火をつける。
 深く吸って、煙を吐き出し、席を立って一歩前に進んだ。
 せり上がった艦橋のウィンドウ越しに、shadow paste白とグレーの船体を見下ろした。

scene 002 ゴーストソルジャー

Fin

and... to be continued


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