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scene 009 激闘の予感

「……! 高熱源体多数発生! 敵MS! 艦隊進路上! 先刻の二頭立にとうだて再捕捉地点!!」

 追撃艦隊ウルザンブルン1番艦『ベルセルク』でオペレーターが叫んだ。

「なにいいいいい!!? 本当に!! 居たのか!!?」

 ブリッジの空気が震える大音声だいおんじょうとどろいた。呆気あっけに取られた大口を開けている、ベルセルク艦長=ワーデン大尉だ。
 続いて、怒号どごうともどよめきともつかない、ざわめきが起こる。

「コミュニケーター! 全艦隊に通達! 突破戦闘の艦隊指揮を追撃艦隊2番艦の艦長ウルドのオルドーにやらせろ!」

 奥のソファーで腕と脚を組んで、難しそうな顔でスクリーンを見つめていた、艦隊司令官=ギュオス・メイ少佐は勢いよく立ち上がった。

「少佐殿!! どういう、おつもりでしょうか! それは、自分に与えられた責務であると任じております!! 如何いかに艦隊司令官といえど、本来を逸脱してはおりませんでしょうか!! それとも! この旗艦を預かる自分では役不足! で、あるとの!! お考えによる! ご采配でありましょうか!!」

 首まで紅潮こうちょうさせて、湧き上がる憤怒を必死で抑えるために、息切れをしているかのように辿々たどたどしくなりながら、ワーデンは苦言した。

「そうではない艦長。権限を持つということは、責任を負うということだ。
 これより艦隊は最大戦速で敵MS網に突撃、これを突破せねばならない。
 この状況の責を、貴様に負わせるのはどうかと思ったのでな」

 ワーデンが小さくうめいた。赤い顔に青みを差した複雑な顔色だ。

「ウルドが先行する! ベルセルクは下方に付け! アルマン、カミング、ヤーベルゲンは、私と出るぞ!」

 ワーデンの返事を待つ事なく、コマンダーに命令を発すると、ギュオスはもう一度ワーデンを見た。

「それに、奴らの作戦を認めた私も、艦隊突破はやってみせねばなるまい?
 ベルセルクは本分を果たせ! 最大戦速をもって二頭立てを補足、これの撃破に務めろ! 艦長、指揮を執れ。
 つまり、ワーデン、貴様には最後に二頭立てを仕留めるという役回りを押し付けることになるかもしれないが……やってくれるな?」

 口元を不敵に笑わせ、目は鋭く細めて、ギュオスは問うた。

「お、お任せを!!」

 激情に捻じ曲がった難解な顔で、ワーデンは返答した。
 ギュオスは小さく、しかし堂々と笑いながら、後ろ向きに床を蹴った。
 綺麗なAMBACで身体を捌くと、艦の加速Gを利した移動でブリッジを後にした。

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・・・・

「旗艦より通達! ウルド艦長は敵MS網突破戦闘の艦隊指揮を執られたし!」

 バチン! と、鋭い掌打音がした。2番艦ウルドのクルーは皆知っている。
艦長=オルドーのサインだ。了解したことを告げている。

「全艦隊、 第一級戦闘加速! 戦型構築! 左上、本艦! 央下3番艦ヴェルダンディ! 右上4番艦スクルド! 三角全方上位戦型カイトシールドを作れ! ベルセルクは後方に付け! ……旗艦よりMS発進の申告は? 無いか、コミュニケーター!」

 ブリッジ上方スクリーンに映る、各艦の動きを見ながらオルドーは言った。

「は! ……続いて旗艦より通達! ゲルググ4機、発進予告! 司令官も出られるそうです!」

 バチン! 再び強い掌打音が響いた。
 オルドーは、気持ち、顔を右後方に向けるかのように傾けた。

「リーレーン、作戦を評価せよ」

 ウルドのブリッジ──
 オルドーの座るキャプテンシートには、斜め後方に補助席が設置されている。
 そこを指定席とする将校がいた。オルドーの腹心、ウルド副長=リーレーン・レーン中尉だ。

「作戦は最上です。いつも通り、最速、最効率での我が方の勝利はほとんど疑い様がありません」

 ────オルドーはこの副長を目にかけていた。普通なら、第二ブリッジで副長席に就いている筈だし、戦闘中に艦長と直に会話をする事もない。

「……殆ど、とは?」

 ────実戦という最高の環境で、リーレーンを育てようとしているのだ。生死の賭かった際どい戦闘である程に、その教練の成果は大きくなる。
 全神経を集中すべき戦闘中に、そんなことをする艦長は居ないし、ゆるされる艦もない。ましてや、今は艦隊を預かる指揮中である。
 オルドーの実績に裏打ちされる自信と、そして、配下より寄せらせる絶大な信頼が、それを可能にしていた。

「一つには、敵MSチームの戦闘力が解らないという事です──
 しかしながら、我が攻撃部隊を凌駕するとは考えにくく、また、万が一にも、この状況下でそれを為せるならば、はなから我が方に勝ち目のない戦だったということになります。
 ウロウス殿の勘が、それを見落とすこともあり得ないでしょう。つまり、これは杞憂きゆうにすぎません──」

 オルドーは愉快そうに聴いている。斜め後ろのリーレーンに、わずかに上がった口元を覗かせて、パン! と、指を鳴らして見せた。

「は、もう一つは……敵のプランBです。
 いざとなったら、二頭立てはMS隊を捨てて、そのまま全力離脱で機密を逃すだろうという方策です。
 ……敵が本当にこのプランBを想定していた場合、それは実行されるでしょう。
 明らかにアンブッシュ・カウンターの目論見を我々に看破されたと、二頭立ても認めざるを得ない現状だからです。
 しかしながら、我々はプランBの先……手持ちのMSを失った先に、二頭立てはどうやって任務完遂を支える戦闘力を保持するのか、判っていません。いえ、想像も出来ていないというべきです。
 私の懸念事項は、実際は、この一点です」

 言い終えると、リーレーンはそっと中指を顔に寄せ、ブラウンに透けるバイザーを直す仕草をした。

「貴様らしい繊細さだ。臆病とは言わん。
 殆ど完勝と判断する上での、わずか、の話であるし……今この時にいて、先の先を講じんが為の思考でもある。それに──」

 オルドーの指令が艦隊に行き渡り、各艦が呼応して増速しながらの戦型構築を開始した。
 捻りのかかったGに耐える為、オルドー自身もしばし口をつぐんで身体を固めた。

「──それに、最も評価できるのは、敵の機密という『謎』に対する姿勢だ。
 そう、何時如何いついかなる時にも、目下もっかに囚われて、それを忘れてはならない。
 謎がその答えをほのめかした時、それが見えるか、見落とすかの決定的な違いとなる。
司令官として最も大切なことの一つだ。
 ……しかし、それでも──」

 無数の凄まじい雷光が、ウルドの船体を舐めるように包み弾けた。同時に重い衝撃が響いてくる。
 二頭立てからのメガ粒子砲撃が始まったからだ。直撃すれば一撃粉砕の必殺のビームが、ウルドが照射展開しているiフィールドで、斬り裂かれ偏向させられ、閃光と衝撃に散ったのだ。
 数々の実戦をくぐり抜けてきた精兵揃せいびょうぞろいのウルドにあって、これしきの事に怯むものは居ない。が、オルドーの話をさえぎるだけの激しさは、ある。

「返礼! 全艦隊、砲撃開始!」

 すぐさま、コマンダーとコミュニケーターが艦隊指令を実行する様子を伺いながら、オルドーは首だけを、また少し右に傾けた。

「──それでも、今は目下に全力集中して良い。何故か? 奴らが強いからだ。
 確かに圧してはいる。しかし、それは我々が桁外れだからだ。これほど手強いと感じさせられる敵は、私の戦歴にも記憶がない。
 リーレーン──貴様の言う、未だ未知数の敵MS隊も、同格に手強いと決めて掛かるべきなのだ。 
 よもやアースティンが引けを取るとは思わんが、舐めれば手痛いでは済まんという覚悟が要る」

 全艦隊が砲撃を始めた。遠くで、弾ける花火のような閃光が開く。

「この早い砲撃開始は、明らかに奴らの焦燥だ。
 起動して、姿を晒したMS隊への砲撃を牽制したいという、隠し様のない意図がある。それは、こちらの攻撃部隊と戦闘を交わしてもなお、我が艦隊を撃滅する……出来るという、意志と自負によるものだ。
 我が方の戦闘データを持つ二頭立てが、そう思えるだけの戦闘力を持つMS隊だと判断するべきなのだ──」

「敵艦、増速! 二頭立て推定推力の100%! 最大戦速です!」

 バチン!! オペレーターの報告に、今までで最も大きな掌打音が応えた。

「これは? リーレーン! 二頭立てはプランBの実行に入ったのか? その見立てで良いか?」

「……判りません。いえ、断じるには早いと考えます。我が方の時間の猶予を奪う事こそが、今、二頭立てが一番にすべき事だからです。しかし、プランBへの布石であるとは断言致します」

 オルドーは笑った。それは、何人かのブリッジクルーが思わず艦長を見てしまった程の、愉快そうな笑い声だった。

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・・・・

敵情報エネミーステート! MS級熱源発生! 多数! 想定していた空域にて! 攻撃部隊は、予定通りの掃討作戦を開始せよ!』

 3番艦ヴェルダンディのコマンダーからの通信が入った。

ビグロ1番機アングル1了解! リーダーより全機! ソフィアの勘は大当たりだいつも通りだ! だから? いつも通りの敵機全滅の完全勝利パーフェクトゲームだって決まったぞ、貴様ら!」

 スピーカーに帰ってくる歓声と口笛に、自身も笑いを漏らしながら、攻撃部隊長=アースティン・シェード大尉はメインモニターに次々と開いていく、敵機ズームウィンドウを素早く見比べていた。

(こいつら……速い……上手い……
 これは相当なもんだ。手強い。うちの連中もビビるぞ、これは。……それでも──)

「リーダーより全機! ゾーンで潰すぞ! 撃墜に拘るな! この後、展開してくるゲルググ隊に譲ってやれ。 初撃は俺がやる!」

(──俺達が勝つ事に変わりは、無い!)

 気合いを入れ直すように唇を結び直すと、アースティンの指が操縦桿スティックを瞬打した。
『あまりの速さに指が震えたようにしか見えない』とは、かつてアースティンの操縦シミュレーション映像を見た教官の漏らした言葉だ。

shooter modeシューターモード sniper modeスナイパーモード

 マシンボイスが連呼した。
 高精度射撃ポジションへ。すぐに、アドバンスド高精度射撃ポジションへと機体が切り替わる。
 ビグロのフレキシブルアームが定位置に固定され、機首メガ粒子砲口に光が集束し始める。
 メインモニターに散在していた各敵の映像がスクロールし、中央に位置取った3枚のスモールウィンドウに詳細情報と十字光レティクルが走りだした。映っているのは敵機、G型だ。

ビーム装備MS鉄砲持ちは3機。まずはこいつを1つ、減らすか……
 強い奴がいる……こいつは……save the last dance for me後で俺とタイマンだ.
 残りの2つも、かなりやるな……どうする? Gm型に変えるか?)

 アースティンの指が震える。瞬時にズーミングウィンドウを入れ替えた。

(……いいチームだ。腕のばらつきがとても少ない。連携戦闘では、さらに強力になるな、こいつらは。
 よし、ハイリスク・ハイリターンちょっとアレだが……リーダーを、狙う!)

 アースティンの双眸が次々にステップする。そして止まり、焦点が絞られた。

(お前だな。お前がこいつらのボスだ)

 拡大表示されて映っていたのは、そう、まさしくGm1=P004MSチームリーダーだった。

(いい動きだからな……撃墜確信まで精狙エイムしてる訳にはいかない。奴らに先に撃たれちまう。アバウトなところで、撃つ!)

 敵機回避運動を予測して、アースティンはエイミングを開始した。
 Gm1を追うレティクルのズレがだんだん小さくなっていく。
 命中確率を表示している数字が勢いよく上昇し、赤色系から青色系に変色していく。

命中率占いが、んー……80%オーバーライトブルーだな。もうそこで、あとは勘で、撃つ!)

 アースティンがそう決めて、指先をトリガーに動かそうとした時、艦砲射撃とは異なる、細く鋭いビーム光がメインモニターに走った。

「待て!! うおおお!!」

 アースティンの叫びとほぼ同時にアラートが鳴り、スモールウィンドウが開き、友軍機が爆散した様子を映して見せた。

(当たったのか! あのタイミングで!? そんなバカな!!)

『アースティン! 連撃だ!! アシストした奴がいる!』

 アースティンの驚嘆の疑問に答えるかのように、ビグロ2番機の声がした。

(アシストシュート! だと!? まさか! ありえん! しかし……)

「確かになァ! それしか無いなァ! よく見ていたな! ビグロ2番機アングル2! リーダーより全機! 一本先に取られちまった! 取り返してくれるな? いくぞおお!!」

 アースティンの檄に、猛者もさどもが咆えた。

・・・・・・・・
・・・・

「敵艦、さらに加速!」

「最大戦速か!?」

 4番艦スクルド──
 艦長=カッセル大尉は、オペレーターへの確認要求をすると、り上がった展望シートの先頭を見上げた。

「二頭立ては、MSを廃棄しての全力離脱へ、フェーズを移そうとしていると警戒します」

 ぷはぁ~~という吐煙音が、それに答えた。
『それで良い』と、いう事だろうなと、カッセルは判断した。

「…………奴らのMSは15機、か?」

 煙の主がつぶやいた。まるで独り言の様だ。誰に話しかけているという風でも無い。
 にも関わらず、艦長は即座にオペレーターの方を向いた。
 すでに、しげくオペレーション・ディスプレイを睨んでいたオペレーターが『分かっています』と、いわんばかりの視線を返した。

「確認できるMS級熱原体は15機です! 敵艦は最大戦速で間違いありません!」

 オペレーターの返答順序は質問順序をくつがえしているが、それは彼が未熟なわけではない。この艦のブリッジでは、煙の主の発声はどんな場合でも最優先なのだ。
 今度は、ぷふぅ~~という吐煙音が答えた。

「二頭立ての最大運用MS数は16です。一つ足りませんが、何か用意を致しましょうか?」

 不服、なのかもしれないと思ったカッセルは、尋ねた。

「……気に入らんがな。今は……いい。シートを下げてくれ。最大戦速はキツいからな……
 すぐに、こちらもそうすることになる……」

 ソフィア・ウロウス参謀は、そういうと愛用の煙管を仕舞った。
 シートを高く持ち上げているアームが動いた。特製の展望席がフロアに降り立ち、参謀席らしい姿に安置された。

2番艦ウルドより指令! 全艦隊、最大戦速! 戦型維持に留意!」

「ヨーソロー!!」

 コミュニケーターの通達に、カッセル艦長はそのままを号令した。
 操舵手もそのままにスロットルを開く。
 ソフィアが『すぐにそうなる』と発言していたからだ。神の信託を疑う者はいない様に、ソフィアの言を疑う者もスクルドには居なかった。

 最大戦速の強烈なGと、二頭立てからの艦砲射撃によるはげしい閃光と衝撃の最中でもはっきりと分かる大きな爆光が、前方、遥か先で膨れた。

2番艦所属ザク2号機202ロスト! 攻撃部隊、開戦しました!」

 オペレーターの報告に、ブリッジの意気が冷えた。

「シェード大尉が遅れを取るとはな……これで、ハッキリした! 総員、気合を入れ直せ! 勝ちが決まっているだなどと思うな! 九死に一生を得たが如しであった、あの、ソロモン突破戦だと思え!!」

 自らにも言い聞かせるように、カッセルは号令した。

「……いい訓示だ、艦長」

 ソフィアが言った。ことも無げな言い様だった。しかし、その瞬間にブリッジの空気が一気に張り詰め、凍りついた。

「……は……あ、ありがとうございます」

 蒼白な顔でカッセルは答えた。自分が下した号令は、大袈裟おおげさでも比喩ひゆでも無いと『啓示』を受けてしまったのだ。

「まさしく、あの突破劇、再び……だな」

 ソフィアは、小さく、小さく、呟いた。さすがの彼女でも、これはクルーに聴かせるべきではないと自制したのだ。
 手強い敵だ。MS戦での初手も取られた。しかし、それでも、戦術的にも戦力的にも状況的にも断然優勢だ。誰もがそう判断する。あのオルドーでさえも、自軍の勝利を疑っては居ないだろう。

(困るんだよ、勘ってやつは。なんでそうなのか、分からないんだ。でも、そうなんだよ。
 この戦いは、分に劣る……私の勘がそう言って止まない。……私の勘は……絶対、外れない……)

 ソフィアは、仕舞った煙管を取り出そうかと思った。最大戦速のGで、手がとても重い。少し考えて、やはり煙草を諦めた。

「ふぅ~」

 代わりに、吐息を漏らした。

scene 009 激闘の予感

Fin

and... to be continued


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