機動戦士ガンダム 一年戦争異伝 【ゴーストクロニクル】 第18話 プレイメイカー ウィズ ゲームメイカー 《series000》
「メインエンジン停止。セーフティロック。予備電源、フリーゲージOK。400分以上のステルス行動が可能。ミッションに入る──」
『G4シフト。ミッションチャンネル交信を流動へ。パーソナルコード通信を固定せよ。P004コマンダー、シュアル・オファー中尉です』
潜航突入の準備を整えているクラウザーに、シュアルが申告した。
「ラジャー、G4。この回線をメインに固定。──クラウザー・ラウザー中尉だ。
ザンジバル級をロックオン。……ああ、ザンジバル級だったな、すまない。スラスター加速に入る」
申告を返して、準備完了を告げた。任務開始の発令を待つ。
『了解、すべて問題は無い。作戦開始せよ』
クラウザーはスロットルを開いた。G4が噴射光を背負って走り出す。今まで気にした事もなかったこの眩しさに、ドキッとする。なんで、こんなに光ってるんだ。どうにかして欲しいと思う。
────MSの推進剤は化学反応で質量噴射されるロケット方式だ。但し、その反応で通常発生する熱量を極限に抑えるように精製されている。その代わりに、大量の光を放出する。圧倒的な軍事力の差を覆して、ジオンの独立戦争を可能たらしめたミノフスキー粒子散布という戦闘の革命以後、宇宙戦において、発熱を抑える事は発光を抑える事よりずっと重要だったからだ。
クラウザーもそれは分かっている。しかし今は、ついでに光も消せなかったのかと思わずにはいられなかった。左手の小指でクロスを切った。顔つきがいつもの冷静さを取り戻す。そして、潜航突入自体、実戦で行うのは初めてだったと思い至った。
『ラウザー中尉、よく聞いてください。現在、24発のミサイルが巡航しています。ビーム撹乱膜です──』
「! マーヴェラスのシークレットコードはそれか!」
思わず、口走った。瞬間的に、コマンドを遮ったと気づき口を噤む。
マーヴェラス! 要塞攻略兵器じゃないか! なんで、そんなものを搭載してるんだ? この艦は一体──
『! ……その通りです。巡航中のビーム撹乱膜には時限信管がプログラムされていません──敵の戦闘行動が非常にハイスピードで、マーヴェラスの展開が、時を逸して効果喪失にならない為には、未設定でも射出すべきと判断したからです』
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……自分に無関係に思えるミサイルセットのコマンドも、しっかり聴いていたのね。G4の狙撃はとてもスピーディだった。その行為の最中でも──クラウザー・ラウザー中尉……やはり、優秀だわ。
コマンド・コンソールに素早く戦闘ログを呼び出し、クラウザーの狙撃の間隔を読み取りながらシュアルは思った。
交信では、すぐさまビーム撹乱膜をマーヴェラスのシークレットコードに呼び換えながら、話を続けている。信管の設定をせず射出している事を告げた時、クラウザーがまだP004のコマンダーの在り方に慣れていないと考えて、理由を話した。P004のクルー相手だったら、こんな時間のかかる説明をしたりはしない。
「起爆にはレーザー信号を用います。発振はあなたが行います。ミサイルの巡航ルートを送信します」
言い終えた時には、暗号化したプログラム送信をサブミットしている。そのまま指先でディスプレイに描いた、起爆オーダーの情報をコンシールした。
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なんだって? 信管なしでミサイルを撃った? なんだって? 俺がレーザー起爆させろ?
クラウザーは眉を顰めた。全く未知の、能力のわからないMSPを、彼女の言う所の『勝利の為の決定打』の中核に組み込んで、独断で作戦遂行している。乱暴、という表現でも大人しい。やっぱりこのコマンダーはどこか狂っている。
受信のサインがモニターに浮かび、そのまま勝手に展開した。続けて再びサインが浮かび、送られてきた情報が自動展開する。どうやら、起爆に関する指令のようだ。
しかし……結論は最適解……の、可能性が高い。
起爆位置と実行条件、その時の敵味方の展開予想、そして、敵艦隊攻撃に関する情報。クラウザーの真剣な眼差しがモニターに展開した指令を精査する。
いつ、考えた作戦なんだ?
それは勿論、交戦が開始されてからだという事は、彼女の説明から分かっている。情報量と指示の細かさに、一体いつから立案していたのかと考えてしまうのだ。
指令ファイルを読み解くほどに、彼女のいう通り、既に敗北は確定的で、それを勝利に変えられるプランがこれであり、そして、こうしなければ間に合わなかった。いや、これでも間に合うとは言い切れない。と、理解出来てくる。
「よく、自分を使う決断が出来たな」
あまり実務的ではない質問を口走ってしまったなと思う。彼女の意図は理解した。それでも、危険な博打を打ったと思わざるを得なかったからだろう。
クラウザーの役目は最も重要だ。このポジションの能力如何で作戦の成否は決定する。未知のMSPに任せるなどあり得ない。
ふと、最初の彼女とのやり取りが思い出された。初のG型シミュレーションの評価報告を求められて交わした交信。彼女の心象は非常に悪かっただろうし、そのシミュレーションの評価自体も、とても低かった筈だった。
『あなたには、遂行能力があると分かったからよ』
クラウザーは笑った。リラックスユーモアのリップサービスを受けた時の人の反射反応の笑いだ。でも、その笑いにアンバランスな引き攣りを感じる。そう、あまりに真摯に彼女が言うから、本心に聞こえるのだ。クラウザーは左手の小指でクロスを切った。
リップサービスか否か、それはいい。自分の能力を彼女がわかるわけはないが、結論、正解だ。自分は自分の能力をわかっている。
「Gm8 lost」
マシンボイスが聴こえた。ボリュームは情報の優先度によって調整してある。友軍機被撃墜の情報は小さめに設定している。激しい交戦中には聞こえる事はあまりない。今、潜航突入中の静けさにあって、とてもよく聞こえるなと、クラウザーは思った。
コンソールを確認する。初の友軍機被撃墜だ。こちらのMS迎撃隊と敵の攻撃部隊はまだ距離がある。格闘戦には入っていない。コマンダーの言っていた、敵艦隊の戦型が気になった。メインモニターに望遠ウィンドウを開き、敵艦隊の様子を観察する。
……遊覧飛行みたいだな。
動力を停止して真っ直ぐ飛行しているだけの今、特にすることは何もない。呼吸をするかのように回避運動し続ける操作も、複眼になったかのように視界のあちこちで情報を読み取る必要もない。ただ、プレッシャーと戦う精神力だけはいつもより激しく消耗している。
敵艦隊は確かに四面体を形作って展開している様だ。G4から見える姿では、逆三角形の頂点に3隻のムサイ級、そして、中央にザンジバル級が位置している。こちらの母艦とメガビームを激しく撃ち合っているのが分かる。注意深く観察して、中央のイノシシにはビームが届いていないことを見て取った。やはり、Gm8を墜としたのはコイツだろうか?
観察を続けるクラウザーが、左上のラクダに母艦からの砲撃が多く撃ち込まれていることに気がついた時、突如、そのムサイ級が打ちのめされたかのようにグラついて、ノックダウンするかの様に艦隊戦型から外れていった。
凄い! これは……砲撃で撃ち崩したってことか!? 敵艦隊4隻が相手では10倍の火力差になるって言ってたよな!
4機の敵MSと切り結んで、やられるどころか、返り討ちにする戦闘を想像した。無意識に頭を振る。先程、8機相手に生き残れる可能性は0だと思ったばかりだ。半分の4機でも、返り討ちにするとなると、自信はない。
そんなことを考えているうちに、みるみる敵艦隊の戦型が崩壊していった。旗艦と思われるイノシシが艦隊戦型を離脱する様だ。残された2隻のラクダは、逆に寄り添うように接近して行く。
『G4シフト。第一優先目標を2番に変更。──敵艦隊の動きから、指揮を執っているのは2番です。1番はありません』
シュアルの通信が入った。
「ラジャー、G4」
即答する。コマンダーの判断が正しいのかは分からない。しかし、そんな事はもう関係ない。彼女のプランを了解し、指揮下に入って作戦行動しているのだ。疑問を返すなどあり得ない。それに、違和感もない。あのイノシシの動きは、指揮をしている艦には思えない。
クラウザーはすぐに、潜航突入しているルートに調整が必要かを確認した。大丈夫だ。このまま行けば良い。G4はすでにMS交戦エリアを飛行していた。最大加速を続けていたスラスターは、予定の突入相対速度を得た為に停止している。もう眩しく光ってはいない。静かに息を吐いた。
「Gm5 lost」
マシンボイスだ。コンソールで見ると敵機が1機、こちらの迎撃部隊に切り込んでいる。光点の動きだけで分かる。こいつは、アイツだ。敵攻撃部隊最強の暗褐色のビグロだ。
「Gm6 lost」
瞬く間に、次の凶報を告げるマシンボイスが聴こえた。殆ど間隔がない。連続撃墜だ。しかし、クラウザーは驚けなかった。アイツなら、そうだろうと思う。
「G3 lost」
三度目のマシンボイスが聴こえた時、クラウザーは暗褐色のビグロをフォーカスしていた。ドクン、と、嫌な鼓動が聴こえた気がした。緊張を否めない。左手の小指でクロスを切った。
暗褐色のビグロは次の間近の目標に向かっていないようだ。誰か、指定の目標へ向けて駆けている動きだ。コンソールの展開を一目見て、標的はG1だと判断した。
G1は別の敵機とドッグファイトしている様だ。素早く別ウィンドウを開いてG1とその格闘戦中の敵の様子を見た。黄色がかったビグロだ。双方の様子を見た瞬間に分かる。G1の勝ちはもう決まっている。
随分と丁寧に追い詰めているな……
もう、とっくにトドメが撃ち込まれていて良いはずの展開だ。ビグロは反撃も逃走もできない損傷なのは間違いない。クラウザーは、かの敵の特別な能力を知らない。致命の一撃を撃ち込むことが極めて難しい敵なのだとは分からない。
遂に完全なトドメを撃ち込むべく、G1が、サーベルを光らせてビグロに接近して行った。何か、嫌な予感がした。この2機の交戦にではない。そう、アイツにだ。暗褐色のビグロをフォーカスしているウィンドウに視線を飛ばした。
フォーカスウィンドウは全景の俯瞰ビューではない。暗褐色のビグロの姿だけが映っている。それでも、クラウザーにはビグロの戦闘機動がわかった。フルスロットルで駆けていると思しきビグロが、小刻みにバーニアを噴射して機体を震わせている。間違いない。奴の技だ。バトンタッチの死角を縫ってG1に迫っているのだ。
「離脱しろ!! G1!」
先に叫んでいた。確信に従った。真偽の確認作業は完全に飛ばした。次の瞬間、G1をフォーカスしているウィンドウと、ビグロをフォーカスしているウィンドウが、アングル違いの同じシーンを見せた。
全力全方位緊急回避をするG1の至近を、メガビームとサーベル2振りの全火器攻撃をしながらビグロが駆け抜けて行った。総毛が逆立つ寒気を感じながら、クラウザーは小さく息をついて、左手の小指でクロスを切った。
「Ready to start」
作戦開始準備を告げるマシンボイスの、大きな声が聴こえた。小さく舌打ちをして、クラウザーは開いていた余計なウィンドウを全て閉じた。
G1のこの先が気になるが、彼に託すしか無い。自分はこれから、全力で任務を遂行しなければならない。左手の小指でクロスを切った。そして気がついて思う。やたらと、これをしているな、と。戦闘していない、というのは、心臓に悪いもんなんだな、と。
「G4よりコマンダー。予定のラインに到達する。全て順調。作戦を開始する」
『了解、確認しています。グッドラック、G4』
メインモニターを通常戦闘モードにした。視界が開けたように、宇宙空間が広がる。瞬く星辰を散りばめたブラックな空はどこまでも深く、そして明るい。クラウザーは深呼吸をしていた。
デンジャーアラームが鳴った。クラウザーが最も強く反応する音だ。それは、敵機が出現した事を意味している。驚くより先に、応戦の行動を取っていた。出現地点は後方、かなりの先だ。友軍間で共有される情報から、現れたのはゲルググらしい。6機だ。コンソールに反映された光点の動きだけで非常に高い相対速度だと思えた。ここまで一瞬で理解して、すぐに自分が交戦すべき状況ではないと判断する。
「Gm9 lost. Gm7 lost. Gm10 lost」
ほぼ同時の3機被撃墜だ。これは、サプライズアタックを強襲された様だ。一体どうして? ……まさか。
敵にも潜航突入してきた奴が居た?
電子音が鳴った。音で吉報だと分かる。見ると、モニターサインがゲルググの撃墜を表示している。やったのはG1だ。返り討ちにしたのか、流石だ。暗褐色のビグロにもやられていなかった。
お前が間違いなく、このチームのエースなんだな。
『G1! 行けぇ!! 追え!
リーダーより! G型全機! 母艦に迫るゲルググを追え! 絶対に仕留めろ! Gm2、3、4! 俺に続け! 敵の最強のビグロを包囲殲滅するぞ! 残るGm型はザクどもを止めろ! オーバー!』
厳しい──
「──だが、よく……見えている……」
クラウザーは慎重に呟いた。
敵MS各機の戦闘力は個々にみてもとても高い。しかしそれでも、フォーカスしなければならないのは暗褐色のビグロなのだ。こちらのMSリーダーは、それが、よく、見えている。
このフォーメーションは暗褐色のビグロを止める為のものだ。母艦の危機を処理する為の要衝は、ゲルググを追う事ではなく、奴を止める事の方なのだと、この1回の戦闘の最中に、既に明確に理解しているのだ。隊長自身が奴と斬り結んだ訳でもないだろう。自分も全力戦闘を行いながら、戦場全体を同レベルで把握していた証拠だ。なんという頼もしい隊長だろう。
──それでも非常に厳しい、がな。
味方が敵機撃墜をした電子音が鳴った。
少々驚きながら、コンソールの端に浮かんだ、撃墜のスコアを瞬間見する。
G1が! 母艦に突入するゲルググを一機、撃ち堕としたのか!?
心で喝采した──
「G2 lost」
──のも束の間。心で吐息する。
これでもう敵機を追うのは、G1、一機だけになってしまった。P004に迫るゲルググは、まだ4機いる。
もうMS戦でも圧倒的な数差が開いてしまった。コマンダーが正しかったと思う。今、ここに、自分がいなければ、どうしようも無かっただろうと思う。
クラウザーの表情は落ち着いている。これだけの事態になっても、左手の小指でクロスを切ることもない。彼は今、完全に本来の戦闘モードにあるMSPだった。予備電源のフリーゲージに目を遣った。十分な残量がある事を確認する。
タイミングバッチリに作戦開始地点への到達を告げるサインがモニターに点灯した。マーヴェラスの位置図がオートで展開し、予定との誤差を修正して行く。追うようにコンソールを指先で撫でて、レーザー起爆させる順番が最速になるように調整を掛ける。
「起動時間を計測しろ」
全身の筋肉が鋼鉄になって行くかの様な、力強いプレッシャーを感じる。冷静さも完璧だ。
「Roger, Boot time is measured」
すい、と、動き出した両手の指先がばらばらに動いてスイッチを弾き、足を滑らせながらヒールトゥで4つのペダルを同時にコントロールする。
管制モニターに情報が流れ出し、エンジンの始動音が響いてくる。
メイン電源が入り、オールグリーンサインが点灯する。
予備電源をスリープさせ、敵の探知が目覚めたG4に気づいた事をパッシブアラームが告げてきた時、G4のレーザー照射が開始された。
「6.9 seconds」
起動完了時間を告げるマシンボイスと同時に、後方で強大な光量の爆発が連続した。
『キャナーシフト! 対空迎撃戦闘開始!! 突入してくるゲルググを堕とせ! 各砲座、全力を尽くせ! オーヴァー!』
シュアルのコマンドが聴こえた。
展開したビーム撹乱膜の壁は敵艦隊の砲火を遮っている筈だ。だから、P004はもう敵艦の砲撃による震動を喰らわない。つまり、完全静止狙撃が可能になったが故の対空迎撃の指示だ。
しかし……
クラウザーは苦く眉を寄せた。
敵のMS部隊のレベルの高さを知っているからだ。突入しているゲルググは当然最大回避運動しているだろう。
メインキャナーの完全静止狙撃でも、あの予測不能回避クラスの敵MS隊を撃墜できるとは思えなかった。
と、クラウザーの懸念を裏切り、敵機撃墜の電子音が鳴った。
「!──堕としたのか!? ナ、ナイス!!」
思わず叫んでしまった。その驚きも覚めやらぬ束の間に、再度の敵機撃墜アラームが連鳴した。
……す、凄い! ……P004のメインキャナーって……一体どうなって……
先だっての、敵艦隊のトライアングルシールドを撃ち崩した砲撃シーンが思い出された。あれも、信じられない様な非常な驚きがあった。
あの時は自分には経験則の無い艦砲戦での出来事だったが故に、こんなこともあるのか程度の感覚だった。が、今回は違う。対MS迎撃狙撃だ。クラウザーが実体験を持ってよく知る事柄なのだ。
任務遂行の手が止まっている事に気付き、クラウザーはハッと我に返った。
彼等──P004MS隊、メインキャナー、そしてシュアル──は、敵の勝利を阻んでいる。P004を守り切ろうとしている。
後は、自分だ。こちらの勝利を決定しなければならない。ここで決められなかったら、交戦は仕切り直しになる。もう一度、互いに勝利を画しての戦闘が再開する事になる。残戦力の差は明らかだ。延長戦でのこちらの勝利の目は、薄い。
左手の小指でクロスを切った。スナイパー・スコープ・ウィンドウに捉えている、敵艦隊旗艦、ムサイ級2番を睨む。
クラウザーは狙撃エイミングを開始した。
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Return to the Main Story
~遡った時は物語に追いついて、ここからまた一つの流れとして続いていく~
・・・・
scene 018 プレイメイカー ウィズ ゲームメイカー
Fin
and... to be continued
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