機動戦士ガンダム 一年戦争異伝 【ゴーストクロニクル】 第26話 小さな諜報戦 part 3 《series000》
「機械! た、確かに──AI作戦参謀官が諜報活動を行うなら無敵だ! P004のナビゲーターなら全ての情報にアクセスできる! それに──盗み聞きでも、そもそも最強だ。Navigational Codexを破るなら、彼はクルーのOperational Voicesに限らず、プライベートでの会話や独り言まで、艦内で発される全ての発言を記録できる! ま、まさか──ホ、HOLOがスパイなのか!? それではもう、どうしようも──」
「カムジン、違う、そうじゃない、落ち着け」
カイルの取り乱し様に面喰らいながら、アームオンは笑ってそれを宥めた。
「……HOLOじゃあない。AI作戦参謀官をスパイに出来るなら、それはもう諜報活動がどうとか云う次元の話では無くなる。戦争が成り立たないだろう。AI作戦参謀官を掌中にしている陣営の圧勝だ。全ての基地も部隊も兵器も取り上げられた様なものだからな。
AI作戦参謀官以上の上位クオンタムAIマシンは最高の帰属性をその生成の根底に宿している。スパイ級の裏切り行為は不可能だ。もし何らかの方法でその意志を持たせることが出来たとしても、その途端に自己崩壊を起こす。
それに、万に一つHOLOがスパイ活動を行うんだとしても、彼等はミノフスキー粒子散布濃度が低くなければまともに活動できない。qubitが障害を起こすからな。まあ、とにかく──HOLOではない」
アームオンの目が、安心しろと言っている。と、カムジンには感じられた。
「P004でスパイ活動を行っているのは機械だ。しかし、AI作戦参謀官ではない。
カムジン、何故AI作戦参謀官だと思ったんだ? 私は機械としか言っていないのに。もし、AI作戦参謀官だというなら、そう言うと思わないか?」
確かに──わざわざ、機械だ、などという持って回った言い方はしない。
落ち着きを取り戻しながらカイルは心中で返事をした。
「そう、そのスパイマシンは、機械と言われてもパッと思い浮かばないほど、ごく自然に我々のそばにいる。だから、誰にも気にされる事もない。よって、今ここにいるのは完全に自分独りだと思わないと口にしない様な独り言さえ、当たり前に盗み聞く事ができる。
高度な知性は必要ない。高濃度のミノフスキー粒子環境でも動作するbitCPUをコアに持つ自動機械──彼の様にな」
カイルはアームオンの視線を追った。すると、ほとんど無音で回転浮遊する直径10センチ程のフリスビーが、部屋の隅でせっせと仕事に励んでいた。
その長閑な光景を見て、カイルは戦慄した。今の今まで、ここに掃除ロボットが居た事にも、こんなに走り回りながら床壁面の掃除や除菌作業を行っていた事にも、彼は全く気が付いていなかったのだ。
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・・・・
………………何だ? これは。
SPY-1は鎌首を持ち上げた。先端に様々なカラーの小さな光点が出現し、毛髪より細いレーザーが照射された。カラフルな多数のレーザーラインが、高速に対象物の隅々までを薙ぎ払う様にサーチする。
構造は球形。外装一層目より、全耐性複合エアリジウム──劣化損傷なし。耐真空オービタイト──劣化損傷なし。対電磁シルベックス──劣化損傷なし。対衝撃フレキフレックス──劣化損傷なし────
SPY-1が探っているのは、この隠されたフロアの奥に出現した、エリアの大部分を埋め尽くさんばかりにずらっと並んでいる球状の物体だ。
もし、彼が普通のSSだったなら、それが何か? などを気に留める事は無かっただろう。彼等の仕事は構造体や設備の劣化を検知し、本来の状態に復旧保守する事であり、その用途は何なのかと言う様な疑問は興味も必要もない事柄だからだ。
今は、ここに隠されているに違いない鳩を見つけ出し、それを破棄するという目的意識が動機となっている。だから直ぐに用途の解らない物体に対して、看過出来ない疑問が発生しているのだ。
────中央空間に有人操縦機構──劣化損傷なし。重心にパイロットシートシステム──劣化損傷なし。以上、異常なし。…………何だ? これは。
SPY-1の古典的なプロセッサーは、初期的な推論エンジンしか備えていない。
……鳩では無い。…………と思う。……形状、刻印等に鳩に関連するファクターは見受けられない……し。
彼にはこれ以上の理解が困難だったが──
……これをグレートパパに送信すれば良いのだ。パパのモジュールならきっと解析できる。
「「SPY-1より、グレートパ──」」
金属炸裂の高音を響かせて、SPY-1のヘッドが砕け散った。
「標的、気密監視ボット55号機、排除」
ライフルを構えたMPの通信が送られた。
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『『SPY-1より、グレートパ──』』
!!────
グレートパパは即座にSPY-1の異変を察知した。
……Condition Thirty-Nineに該当すると、裁定する……
「「グレートパパより、全ユニット。事態39項が発生。データ抹消、自己消滅せよ。さらばだ、勇敢な仲間たち。ジークジオン」」
グレートパパは自らの最終プロトコルを起動させた。全ての消滅が完了するまでの数秒間に、これまでの任務遂行の軌跡がフラッシュバックした。迷いはなかった。これが、彼と彼のチームの名誉を永遠にすると信じていたからだ。
最後の自我消滅が始まった。意識が消えゆく中、グレートパパは、一度も見たことはない夕日の風景というものを視覚した。なんとも静かで、己の意志が切り裂かれるような、しかし痛覚は特に無い、理解不可能な困惑を覚えた。
グレートパパのボディで、最後に瞬いていたインジケーターライトが消えた。
「標的、自己消滅、確認中」
宇宙用戦闘服姿のMPが、トリガーを引きかけていた指を戻し、狙撃姿勢を解きながら、機能停止した様子の大型艦外作業ロボットに歩み寄って行った。
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『標的、気密監視ボット55号機、排除』
カイルのインカムに通信が入り、モバイルに記録された映像が再生される。気密監視ロボットが十字線中央に標的としてマークされている。
映像のスタートはシールセントリーが多数のサーチレーザーを放っている所だ。画面には既にこれが7秒後だと告げるカウントが刻まれている。通常ならシールセントリーのサーチは長くても3秒だ。──8秒、──9秒、──カイルの口が小さく『決まりだ』を形造り、殆ど顔が動かない程度に左右に首を振った。途端に、画像が小さく揺れて標的の頭部が砕け散った。
「確認、気密監視ボット55号機、排除完了」
カイルは冷静に返答し、画面を左にスワイプした。SS-55と書かれた砕けたロボットの画像にターミネートのサインがスタンプされて画面から消える。
「明らかに特異行動をしているオートボット、出ました。気密監視ロボット、第五デッキです。大佐」
モバイルを見ていた顔を上げて、カイルはアームオンに報告した。
『被疑対象、生活補助ボット28号機、問題なし』
次に再生されたレコードの音声がインカムに聞こえる。モバイルをチラリと見ると、MPが対象に歩み寄っていく所だ。
「…………気密監視ロボットか──ボールの存在は、敵に知れたと想定すべきだな。作戦に手入れが必要かも知れない」
横顔のアームオンの声が珍しく無機的だ。アームオンは横を向いたまま、伸ばした人差し指をすいっと回してそのまま握り込んだ。
何か言いかけていたカイルは、口を閉じた。アームオンがしたのは『静か』というハンドシグナルだったからだ。状況によって、物音を立てるな、会話するな、閉じられた回線を使用せよ等に意味は変化する。今は、恐らくAI作戦参謀官と囁き通話をするという事だろう。ほどもなく、カイルの予想通りに、アームオンの閉じたままの唇が少し動くのが見えた。
モバイルに顔を戻すと、MPが対象に近付き止まった所だった。中央に空白の横バーが現れ、一瞬で左から右まで半透明なテクスチャーが走って『Norm』と表示された。画面には映っていないが、MPが検知ツールを使ったのだ。
「エコー、生活補助ボット28号機、問題なし承認」
カイルは画面を左スワイプした。クリアーとサインされて消える。
『標的、自己消滅、確認中』
続いて再生された通信に、カイルの眉間が寄った。映像は艦外、宇宙空間だ。艦橋の上かと思われる場所で、一台の大型艦外作業ロボットがじっとしたままで何やら激しくシグナルランプを明滅させて通信を行っている様子だ。MPがライフルを構えたらしい様子が感じ取れ、画面がスコープ映像に切り替わる。画面の十字線中央に標的が固定された。
「……どうした? カムジン」
カイルは再生をポーズして顔を上げた。横顔のままで視線をこちらに向けているアームオンと目が合った。見ていないと思ったら見ている、というのはいつもの事だ。カイルは驚く事もなく、モバイルに視線を戻しポーズを解除すると、寄せた眉のまま口を開いた。
「…………艦外、艦橋の上です。大型艦外作業ロボットの特異的行動。静止状態で通信していた様です。後、全機能停止した様子が窺えます。どうやら自己消去を行なった様です」
半ば実況中継のようにカイルは報告した。
「レビュー要請、自己消滅、追跡分析せよ」
通信を返すと、画面を右スワイプした。WW-6の画像に未完了とサインされ、未完了フォルダへ送られた。
「詳しく調査させます」
アームオンは目だけで頷いた。視線を元に戻し、囁き通話の続きをする様だ。
カイルもモバイルに意識を戻した 。
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・・・・
「あ!! いけない!」
フォーラ・フォスターはその場に相応しくない程の大きな声を出した。耳たぶに貼ったイヤーパッドからは、彼女にだけ聞こえる音楽が大音量で鳴り響いていたからだ。
先程、彼女の携帯端末に半舷上陸を始めて良いと言う指示が届いた。その嬉しさに、すっかり規定の職務を忘れていた事に気がついたのだ。
予備兵で待機要員の彼女は、現在、救護士の任務に就いている。忘れたのは、今、担当している第一戦闘要員のコミュニケート・オフィサーへの定時問診だ。
大して重要な事ではない。本当に忙しい時には率先して飛ばすことも多い。しかし、クランケはファーストクルーだ。万が一の事があったり、理由なく飛ばしたことを後で主任に問題視されても困る。フォーラは予定時間外の訪問をすべく、通路を急いだ。
医療科の奥の通路に並ぶツイン・ルームの一つに入り、右のベッドにアダム・ダムのプレートを確認すると、フォーラはそのまま声掛けもせずにベッドのカーテンを捲ってしまった。急いでいた事と、音楽を止めていなかった事、そして、元々の彼女の性格の雑な一面が重なった故の事だった。
もし、本来の状態で余裕があれば、彼女とてちゃんと音楽を止めて、まずは眠っている様子が無いか等のバイタルモニターをチェックしようとしただろう。そうしていれば、バイタルの珍しい律動や中から漏れ聞こえてくる異変にすぐに気が付けただろう。そうすれば、そのまま静かに立ち去ることも出来ていたはずだった。
「アダム・ダム中尉、どうですかー?」
大きな声でそう語りかけた彼女は、次の瞬間、目に入って来た光景に、口を開けたまま絶句した。
scene 026 小さな諜報戦 part 3
Fin
and... to be continued
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