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scene 011 阿修羅の戦士

「敵機撃墜!! ザクです! 先制しました! スコアはG1!」

 最大戦速の強烈なG、敵艦隊の嵐の様な砲撃を受けての激しい衝撃と、まぶしいスパーク。平衡感覚がどうにかなってしまいそうな程に狂おしいP004のブリッジで、インフォメーションがとどろいた。
 オペレート・オフィサー=カイン・インだ。
 音など聞こえるはずがないと錯覚しそうなこの状況で、その声はとてもよく聴こえてくる。声量に溢れていて、しかし、何処か平静で、叫んでいるように感じない。

「よし!」

「や、やったわ!!」

 ブリッジの最前席で舵を取る、エレン・マイラード中尉は叫びを漏らした。
絶え間なく稲光る閃光におののき細められていた目が、喜びに見開かれる。と、同時に後方から聞こえた声に、再び、いぶかしげに細められた。
 振り向いて、声の主と思う相手をうかがった。
 ブリッジ中央、階段上のシャフトに据えつけられたキャプテンシートに座る、P004艦長=ロイデ・アームオン大佐だ。

 振り向いたエレンと視線を合わす事もなく、アームオンは厳しい顔つきで前方スクリーンを凝視している。この厳つい様と、さっき聴こえた、安堵と歓喜の声はあまりにそぐわない。
 エレンは、はっとしたようにすぐに前に向き直ると、何か気のせいだったのだろうと思った。

(艦長でもあんな声を出すんだな……)

 シャフトの上で、後方からブリッジ全体を見下すツインシートの一方、コミュニケーターシートを指定席にするアダム・ダムは驚いた。

(間違ってませんよ、マイラード中尉…… 今、よし! って言ったのは艦長です)

 アダムとて、地震に揺れるクラブさながらのこのブリッジで、アームオンが叫ぶ姿を見届けたわけではない。
 彼の、コミュニケーターとしての優れた耳が、どんな状況でも発声の主を聴き間違えないだけだ。

(……やはり、あとはMS隊に託す事になるよな。
 バトラー中隊は生え抜きはえぬき中の生え抜きだ。全てを賭けるオールインなら、勝負できる切り札カードだと思う。きっとやってくれる)

 苦々しい表情で思考しているアダムの優れた耳が、ブリッジ右方の声に反応した。

「ミサイルセット! アンチビーム仕様マーヴェラス! コンバットシフト! 私が射撃指揮を執りますコマンダーコンダクト!  全弾装填の上、待機! 全管ラジャーコール! よろしい? オーヴァー!」

 次々と帰ってくるラジャーコールを、一つたりと聴き漏らさないように集中しながら、コマンド・オフィサー=シュアル・オファーはディスプレイを激しくタイピングしていた。
 そこには、敵艦隊の展開の様子が透視線画で表示されている。
ムサイ級3隻が正面に向けて、正三角形を作り上げようとしている。その背後中央にザンジバル級が着いて、四面体の陣形を構築しているようだ。

(急いで、私! なんて早い戦型構築! アンブッシュを見抜いていたからだとしても、判断も行動もすごく早い。時限信管の計算が間に合わない……
 この敵なら、この戦型の意味は、着弾衝撃を受けない狙撃艦フリー スナイプ キャナーしかない! どうすれば……)

「敵機大破! 2機目、排除! ザクです! スコアは……G4!」

 カインのオペレーションが吉報を叫ぶ。ブリッジが意気高揚の空気に包まれた。

「G4!?」

 今度こそ、エレンもはっきりと分かるアームオンの声が響き──

「え? G4って? 新入りさんの!?」

 ──しかし、そんなことより遥かに大事件だとばかりに、エレンが疑問を口走り──

(G4! って、128パトロール艦隊の生き残りの、収容した、あのパイロットだよな! 凄い! ってか、出てたんだ!? そうだよな、スクランブルだもんな! ……やった、凄いぞ!)

 ──アダムが理論的にそれを理解した時──

(G4……そうだわ!)

 ──クライマックスの速弾きに気迫こもるピアニストの様な、鬼気迫るタイピングを仕上げ、シュアルはサブミットを叩いた。

「ミサイルシフト! 送信した射出データを入力せよロード オーダー!」

 瞬く間に、completeコンプリートが点灯していく。24個のサインが揃った。

全弾発射ファイアー オール!!」

 ブリッジにミサイルが射出された振動が伝わってきた。
 ミサイルは機械的に発射管を抜けていくだけの無反動射出だ。大砲の様な爆発的な反動は全くない。24基一斉射出ならではの振動だった。
 発射されたミサイルは、バーニアを噴射してコマンドされた軌道をライドして行く。
 シュアルは、24発全てが、コマンドした通りに航行しているかをチェックした。大丈夫。正確に機動している。見つめながらうなずいて、ブラインドタッチでG4の展開の様子を表示した。
 
「敵機撃墜!! ザクです! 単純戦力比シンプルレシオは125%に上昇! スコアはG4!」

 ブリッジが抑えきれない歓声に包まれる。カインのオペレーションも高揚を隠せない。

(やはり! 艦を盾に狙撃展開している…… 指示がなくても自分で判断して── 優秀だわ)

 シュアルの指がコンソールを滑る。
 瞬時にクラウザーのパーソナルコードを呼び出した。

・・・・・・・・
・・・・

ゲルググ1番機ライフル1より、ゲルググ全機オールライフル! 聴け!
 潜航突入用意レディ ステルシー! 繰り返す! 潜航突入用意レディ ステルシー! 突入はゲルググ3番機から8番機ライフル3トゥ8!」

 ギュオスは、交信チャンネルのモードセレクターを弾いた。

「艦隊司令より1番艦ベルセルク! ゲルググ5番機から8番機残りを高速射出しろ。発進準備、出来ているな!? 進路計算は要らん、そのまま打ち出せ。発進した各機は各自で進路調整しろ」

 再びセレクターを『rifle teamライフル チーム』に戻した。

ゲルググ3番機カミングゲルググ4番機ヤーベルゲン、先行しろ。
 前衛が大きくリードされた。今すぐ、一気に厚くする。タイムリミットまでに敵迎撃ラインを破れないと、とても、……困るからな。
 私とゲルググ2番機ライフル2は射圧に残る。アルマン、出来るな?」

『メイ少佐。自分は制圧射撃スキルのホルダーサプレッサーでは有りません』

 すかさず、ゲルググ2番機=アルマンから通信が入った。

「今、成れ。いやがらせをすると思え。一番、うとましいタイミングとプレースT.Pで援護射撃を撃ち込む感じだ。やってみせろ」

 こともなげに言い放つギュオスの声は静かだ。

『ャ、了解ヤー!』

 制圧射撃は最も高度な援護射撃スキルだ。今、出来るように成れとは、無理難題はなはだしいと言って良い。それが解らないはずもないギュオスだが──アルマンは、やるしかないのだと理解した。

『こちらベルセルク! ワーデン艦長より、メイ司令へ交信要求! 繰り返します! こちら────』

「なんだ?」

 復唱させず。
 ギュオスは即座に、ライフルチームのチャンネルをホールドしたまま、セレクターをフックした。やはり声は静かだ。しかし、その顔はけわしい。

「少佐殿! 戦闘中に恐れ入ります!! 現在、我が方はMS戦で押されております! 敵に三乗倍するライフル隊は狙撃展開のまま──』

 ギュオスはフックしている小指を離した。ワーデンの声が途絶え、セレクターが、rifle teamライフル チームに光る。

「アルマン、敵の前衛、G型3機を射圧しろ。既に制圧してある。回復させなければいい。
 それらしく撃ち込めば、制圧継続できるはずだ。任せるぞ」

 そう言って、左右のスティックをツイストする。エイミングを開始した。狙撃ウィンドウには、鋭く回避運動をしながらスラスター全開で加速しているGm型が映っている。小指を戻し、フックする。

『──ったのは狙撃MSだと確認いたしました! 敵は我らをあざむかんと、1機だけG型を残し、奇襲狙撃を狙っていたのです! アンブッシュ・カウンターなどと言うのは、その為の』

「連邦は想像以上の精鋭だ。今すぐ前衛を最大強化せライフル隊を上げねば、迎撃ラインを崩せん。タイムオーバーになる。秒を競うぞ!  まさか、私の命令を止めてはいまいな?」

『そ──』

 再び小指を離すと、ビームライフル射撃のシークエンスクラッチングに指を踊らす。閃光がGm型の前方を横切り、次の瞬間、飛び退く様に逆噴射をした。ギュオスが笑う。

(聴こえるぞ! 逆噴射したら速度を殺してしまうしまった なぜ横に捻らなかった! と、思っているな? それが、恐怖だ!)

 次の的を正面に据えて、エイミングを開始する。小指がセレクターをフックした。

『──りますが、ライフル隊が動力停止で突撃潜航突入とは一体!? それでは回避運動が出来ず、狙われたらお終いです! 潜航突入は偵察などの──』

 フックをリリースして、赤い命中予想値のままクラッチングをする。ワーデンの声が遮断され、撃ち込んだビームが敵機の勢いを寸断する。
 次の的と入れ替えて、エイミングを始める。セレクターをフックした。

回避運動せずまっすぐに突入すれば最速だ。動力停止ハイドしたMSはそうそう見つからん。戦闘中に潜航するのは非常識だが……抜群だ」

 言いながら放ったビームが、敵機Gm型をまた一つ制圧した。途切れること無く、次の的へのエイミングを開始する。

『し、しかし』

「それに、ライフル隊奴等の狙撃力では荷が勝つ。
 信じられんが、連邦MS隊は全機、狙いきれないレベルの回避力エイムレシーだ。狙撃で堕とすには、第一砲手メイン キャナー静止狙撃フリー スナイプが要る──」

 電子音が鳴り『R3』のコールサインが点滅した。ゲルググ3番機からの通信要求だ。

「──そして、このタイミングでベルセルクがそのポジションに就こうとしている。殲滅部隊奴等、流石じゃないか。宇宙攻撃軍海兵とは、艦隊戦の捌きは見事なものだな」

『……』

 黙したワーデンをそのまま置いて、フックから指を離し、射撃する。Gm型が黙る。
 次のエイミングを始めながら、小指をフックに戻し──

「そして……私も根にもつ性格でな。
 殲滅部隊連中はどうも突撃機動軍我々を侮っているようだ。
 地獄の重力下に突撃し、地上制圧を成していった降下猟兵の戦いというものを、見せてやらないとな」

 ──スナイプ・ウィンドウに映るGm型に射圧を撃ち込み、挑戦的なトーンで静かに言った。

「ベルセルクは最大戦速のまま敵迎撃部隊を狙撃、これを駆逐して道をこじ開けてみせろ。
 何があろうと艦隊速度は緩めん。今度こそ、二頭立にとうだてを見失ったらゲームオーバーだ。攻撃部隊の掃討が不完全でも、艦隊突破は敢行する!
 二頭立てを仕留めるのは貴様の仕事だと言ったぞ。忘れてはいまいな」

『無論であります!』

 ギュオスは、セレクターフックを解除した。
 点滅していたrifle teamライフル チームが点灯で固定する。

『ライフル3より、ライフル1! 全機潜航突入用意完了! 指示を乞う!』

 的を入れ替え、スティックをツイストするギュオスのヘルメットに、ゲルググ3番機からの通信が飛び込んできた。

「ライフル1より、潜航突入するゲルググ各機ステルシーライフル。よく聴け。
 最高速度で突入せよ。減速処理は考えるな。各自最適のタイミングで起動、最大の奇襲をかけろ。よく、引きつけろよ?──」

 一瞬黙してクラッチングに集中する。放たれたビームが、狂いなくGm型を制圧した。

「──その後はターンするな。高速離脱ベクトルのままで、射撃戦を展開しろ。ビームライフルの長大な射程を活かして戦え。
 いいか? このフェーズから、タイムリミットを切られるのは向こうに変わる──」

 再び、一瞬黙して射撃する。また一つ、Gm型が制圧される。

「──二頭立てに迫れ。貴様達を、連邦MS隊奴らは追うことになる。
 母艦を沈められたら、MSは漂流死しかない。先に敵の母艦に届くのでなければ、迷わず母艦死守を優先する。艦載MSの鉄則だ──」

 P004MSチームの敷く六角形の迎撃ラインは、その頂点が、それぞれGm型2機一組で構成されている。ギュオスは、このタンデムのリーダー機を狙って射圧していた。
 先程、6機目を制圧した。ギュオスは敵機全体の様子をチェックした。

「──その為の射圧は、今、完了した。奴等は迎撃ラインを進められていない。だから、ターンして貴様らを追うしかない。こちらが負っていた、艦隊突破のリスクは消滅だ。
 貴様らは後進姿勢でMS戦をこなせ。やられなければいい。わかるな?
 二頭立てを過ぎて、射界にその図体を収めたら、沈めろ。ミッションコンプリートだ。
 全機、理解したな? オーヴァー」

 帰ってくるライフル隊の返答がしっかりしているか、丁寧に聴き分けた。大丈夫だ。ギュオスの笑みが凄みを増した。

(そして……約束通り、ガラ空きの背中に止めをくれてやるぞ、連邦MSども)

 マルチ・タスク──
 艦隊司令、MS隊長、主力パイロット、いくつもの役割を全て並行して完璧にこなせる卓越した能力。
 MS乗りが司令官を兼任するという姿は、ジオン公国軍ならではの光景だ。しかし、そのジオンにあっても、それを実際に遂行出来る者は、少ない。

 ────ギュオス・メイ。

 ジオン公国突撃機動軍将キシリア・ザビ直下勅命の機動艦隊ウルザンブルン司令官にして、サプレッサー級のMSパイロット。彼は、それを任ぜられた一人だった。

scene 011 阿修羅の戦士

Fin

and... to be continued


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