機動戦士ガンダム 一年戦争異伝 【ゴーストクロニクル】　第30話　熱戦のイヴ〜前編〜　《series000》

『G2　ラウザー　、聞こえるか？　今から想定シナリオ A1アルファ ワンのセッションを開始する』

　バトラー少佐の声がコックピットに響いた。コンソールの上部に描かれたG2の文字コールサインをチラリと見遣みやると、改めて、よく通る声だなとクラウザーは思った。
　メインモニターにはルウム暗礁宙域が広がっている。11時の方向に半球の地球が見える。上部に明滅するLive Simulation Mode実機シミュレーションモードの文字が、これが仮想であることを告げている。

『これがお前の最初のファーストトライだ。敵はドムバルクのタンデム。ガンナーはウチのメインキャナーの2名だが、プログラムE パイロットが前衛を盾とした静止狙撃戦型ハルダウンをしてくるぞ。レベルはA、敵情報の通りだ』

　────俺は一度も逃れられなかった。この艦のメインキャナープロシューターとラマンはエスパーなんだよ────

　サイレントマッパー作戦フェーズ２作戦詳細相互理解ブリーフチャット後、正式にFlight Duo ペア となった相棒、G1 ジェット のセリフが過よぎる。

『障害物は無し、直接対決だ。敵をヒットすれば撃墜キル、お前がヒットされたら被撃墜デスとなる。準備はいいか？』

　伏せ目がちだった瞳がすっと見開かれた。左手の小指で鋭く十字を切る。

「了解。やってくれ」

　クラウザーはG2のスロットルを全開にした。

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・・・・

「指定座標、Lo.Rostrumル・ロストラム、ポイントに接近。到着ベクトルは、Bブラボー・Tタンゴ・6シックス・Nノヴェンバー」

　P004のブリッジ──
　高く競り上がった階段状のシャフトの頂上で背中を合わせるツイン・シートの一席、オペレーターシートに座るカインの声が流れた。ブリッジの隅に居てもよく聞こえる明朗な声だが、印象はとても静かで、不意を突かれたようなストレスもない。

「Bブラボー・Tタンゴ・6シックス・Nノヴェンバー、ヨーソロー。空間静止モーリングに入ります」

　ブリッジ前方で舵を取るエレンが応えた。その声は緊張しているのか、やや掠かすれて震えを感じさせる。

「減速二つ、微速へ」

　スロットルシフトを切り替えながら、ペダルを二つ踏み込む。P004を前進させていた推進ロケット4基16発の後方ノズルの炎が消えて、代わって、前方ノズルが眩しく点火した。ボゥボゥと断続的な炎を噴いて減速していく。

「船首上げ角、一つ。右舷へ、ヨー、半分」

　左手でピッチングステアーをガクンと一つ引き、右手で舵輪頂上の舵柄スポークを握って右に傾ける。船体各所から小さなバーニアが噴出され、P004が緩やかに進路を変えていく感覚が伝わってくる。

「到着前至近点固定プリ・アライバル・ポイント。接舷操舵装置アプローチ・ベクター作動。係留作業アンカーリングに入ります」

　舵輪中央の円形ディスプレイを撫でて、空間係留のための座標位置保持システムを呼び出し、間違わないようにしっかりと操作ラインを入力する。もう一度、指示が正しいことを復唱するように眺めて確認し、スタートをタップした。

「到着前一時待機点に停止しましたホールド・ポジション・ポイント。指定座標、Lo.Rostrumル・ロストラムへ接点同期中────３、２、１、０。到着」

　カインのフォローが報告される。

「係留完了。着きました」

　エレンが、ほっと溜息をつくように報告した。

「時刻は？」

　ブリッジ中央階段シャフト途中に据えられた、キャプテンシートに座るアームオン艦長が訊ねた。

「予定の待ち合わせ時間内です。レーザー通信、送りますか？」

　シャフト頂上、ツイン・シートのもう一席、コミュニケーターシートに座るアダムが返答する。

「よし、先遣の艦隊空母に回線、開け」

　アームオンが号令した。

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"YOU HAVE BEEN HITヒットされました.”

"DEATH CONFIRMED死亡確認."

「ぇ……」

　メーデーアラームが鳴り響き、全てのステータスが一瞬でレッドに色を変えたコックピットで、メインモニターにいきなり表れた二行の文字列を眺めて、クラウザーは、呆ほうけたように呟つぶやいた。シミュレーションをスタートして、数秒後の事だった。

『終了だ、G2ラウザー。よし、反省会デブリーフェイングだ。何故、撃墜された？』

　バトラー少佐の話し方に、クラウザーは違和感を感じた。そしてすぐに、バトラーがあまりにも当然の様に話しているからだと気がついた。少しでも驚いた様子は疎おろか、早かったな？　等の言葉すらない。

「敵影を捉えてアドバンスド高精度射撃ポジションスナイパー・モードに。最大回避運動フル シャークしながら照準動作に入った。ミスはない」

　クラウザーは戸惑いながら、先の戦闘をレポートした。

『しかし、撃墜された。当てたのはプロシューターだ。初弾で命中を貰ったのは分かってるな？　偶然と考えるな。ラマンも100分の4秒差でお前を仕留めている。
　──つまり、実力差と言うことだ』

　一瞬で厳しい目つきになったクラウザーが苦々しく唇を曲げた。何かを言おうかと勝手に口が開き、そして言葉は何も出てこない。

『もう一度やるだろう？　お前が事実受け入れ完了お利口さんなら、想定シナリオ A2アルファ ツーに移ってもいいがな』

「当然だ。休憩は要らない。始めてくれ」

　低いトーンでクラウザーは即答した。

『よし、これがお前の2回目のセカンドトライだ。グッドラック、G2ラウザー』

　笑っているかのようなバトラーの通信が切れると同時に、シミュレーションがスタートした。

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・・・・

「フリードマン艦隊空母、回線、開きます」

　アダムの報告と同時に、ブリッジ上方スクリーンに並ぶ４ウィンドウの一つ、FCIS Friedman Flotillaフリードマン艦隊空母と表示されたウィンドウが映像に変わった。

『アームオンArmon.。待ち兼ねたぞGood to see you, my old friend.』

「フリードマンFriedman.。久しぶりだなIt’s been a long time,」

　ほとんど同時に二人が口を開いた。互いとも笑顔に崩れると、嬉しそうに笑いあった。

「続いて、リーバルト、マイザー、艦隊空母、回線、開きます」

　フリードマンの映像の左にFCIS Reibert Flotillaリーバルト艦隊空母と表示されていたウィンドウと、反対の右にFCIS Maizer Flotillaマイゼール艦隊空母と表示されていたウィンドウが人物に変わった。

『お久しぶりですLang nicht gesehen,、アームオン大佐Oberst Armon.』

　ピシッと軍帽を被った、青年将校が敬礼をした。

「今回はよろしく頼むDiesmal zähle ich auf Sie,、リーバルト大佐Oberst Reibert.」

　アームオンも敬礼を返して返答する。

『マイゼール大佐ですColonel Maizer.。
　お初にお目にかかりますEnchanté de faire votre connaissance,、アームオン大佐Colonel Armon.』

　首元から引き上げられたマスクネックゲイター越しに神経質そうな声がした。

「失敬した　Excusez mon impolitesse,、マイゼール大佐Colonel Maizer.。
　ニードルズアイ作戦Je suis bien conscientでの貴官の勇名は de votre réputation よく存じている dans l'Opération Needle's Eye.。
　部下にもあなたの教訓をJe ferai en sorte que mes subordonnés学ばせよう en tirent des leçons.。
　よろしく頼むJe compte sur vous.」

　アームオンの返答を聞きながら、アダムは舌を出した。

「エアリー艦隊空母、回線、開きます」

　右端の最後の一枚、FCIS Airy Flotillaアイリ艦隊空母という表示がその人を映すと、アームオンは軽く息を呑んだ。アーティスティックなウォーターカラータトゥーに彩られたその顔に、魅せられたからだ。

『お会いできて光栄です、アームオン大佐。アイリ大佐です。でも、エアリーで大丈夫ですよ、皆そう読みます』

　そう言って柔らかく笑った。

「私も貴官を拝見できてとても光栄だ。よろしく頼む、アイリ大佐」

　アームオンの返答に、アイリが再び可笑しそうに笑った。アームオンも目だけで笑う。

「改めて、サイレントマッパー作戦、統合指揮官、ロイデLoyde・アームオンArmon大佐だ。
　本時刻、0121オー・ワン・ツー・ワンをもって、本作戦フェーズ２の開始を命令する！　全軍に最高の働きを期待する！　以上だ」

　アームオンの号令に、4人の艦隊空母司令官は一堂に敬礼をした。

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・・・・

　ビーーーーーーーー！！　

　「クッソ！！！」

　耳障りな音を殴るように、クラウザーは拳を握り締めた。コンソールの全てのサインがレッドに光り、メインモニターに被撃墜デスを告げる文字列が並ぶ。
　開始5秒。クラウザーのセカンド・トライがセッションアウトした。

『終了だ、G2ラウザー。殆どタイムは変わらないな。何故、撃墜された？』

　バトラーの声は冷静だ。特に驚きも不満も込められていない。至極、当然の成り行きを見守っている。そんな感じだ。

「同じ事をして、違う結果を望んだ。俺の完全な間違いエラーだ」

　険しい表情でクラウザーは吐き捨てた。

『ほう？　ああ、そうだ。よし、もう一度だな？」

　バトラーの声に少し、色が付いた。

「ああ、頼む」

『よし、これがお前の3回目のサードトライだ。行くぞ、G2ラウザー』

　クラウザーは素早く、左手の小指で十字を切った。

・・・・・・・・

・・・・　

「コミュニケーター、各艦隊空母とのレーザー交信固定。本艦の進路をリアルタイムで送信しろ」

　ブリッジ前方スクリーンを見つめながらアームオンが命じた。

「了解。レーザー回線固定」

　アダムが簡潔に返答する。

「中尉、全艦、発進。ブラックヴォルトを目指せ。
　これより、航行の全権を預ける。進路は無論、速度もだ。
　以後、発生するあらゆる事態に、P004全クルーが全力で君をフォローする。待ち伏せなどは当然の想定事態だ。要塞到着にのみ、全力を尽くせ。頼んだぞ」

　ブリッジ前方スクリーン、遠く焦点していた視線をエレンの後ろ姿に向けて、アームオンは静かに命令した。

「イ、イエッサー！　進路ベクトル………………………………」

　ありありと緊張を感じさせる返答をしたエレンが、その先を言おうとして不意に黙した。沈黙の時が過ぎていく。
　アダムが、声を掛けようかと憂慮した時、エレンがゆっくりと言葉を紡いだ。その声は何処か呆然としているように感じられる。

「Xエックスレイ…………９ナイン・Fフォックストロット…………Sシエラ…………微速前進。発進します…………」

　言ってからも、まだ少しの間じっとしている。ゆっくりと舵輪を回しながら、スロットルペダルを軽く踏んだ。

　アダムが不安げな視線を背中に向けると、横顔でそれに気が付いたカインが、冷静な顔で頷いた。
　アームオンは右に顔を向けて、斜め後ろの人物を様子見る。と、タイミングよくクッタリと落胆する姿が見えた。アームオンの視線に気が付いた様子もない。
　今、このブリッジで、そのコマンダーシートに座る者だけが、エレンの操舵に全く注目していない。彼女は自分に課せられた任務に精一杯だったからだ。

「「──駄目だわ──何故？　敵はどうしてPhantomファントムを無視したの？　HOLOホロ」」

　疲れとも気落ちともつかないため息を吐きながら、シュアルは口内で言葉を形作った。囁き通話ウィスパーネットだ。ハミングするように話せば、骨伝導によって、制服のカラーにあるマイクがその振動を拾って言葉に解析する。
　P004AI作戦参謀官ナビゲーターHOLOホロとの会話に用いられる事が多いが、必要ならば、HOLOの交換中継で他の人物と会話する事も可能だ。

『『リアリティの不足です。正面からの照準を受けた時、現実のMSPはそれぞれに緊張テンションします。シュアル、あなたの操る幻影ファントムにはそれがありませんでした。だから、偽物ホロデコイと判断されたのです』』

　ホロの声が返ってきた。カラーからの骨伝導でシュアルの聴覚だけに聞こえている。

「「P004のMSPはとても優秀なはず。常に絶対の冷静アイスメナーを失わない彼等をリアルに再現したつもりなのだけど──」」

『『絶対の冷静アイスメナーは、無感情と言う形態で発揮されることはありません。本能的に感じる恐怖を戦闘効率に転化する事で彼等はパフォーマンスを維持、者によっては上昇さえさせます。例えばG1ジェットであれば、加速する闘志と言うような状態に緊張テンションします。Gm1バトラーであれば、その緊張テンションは、静かに研ぎ澄まされる闘志と言う様相を呈します』』

　聴いているとクラクラしてくる。ホロの言うことは理解できる。しかし、その熟練の強パイロットを、自分に演じろと言う要求に目眩めまいがするのだ。
　そもそも、今からと言うのが遅すぎる。数ヶ月はかけて訓練する内容ではないかとシュアルは思う。

　私コマンダーじゃなくて、パイロットがLiFASライファスを操作すればいいのでは？

　不意に過よぎった思いに、シュアルは苦々しく首を振った。そう、自分が感覚パイロットを掴む努力をする方が適切だ。それほどに、コマンド・ディスプレイに広がったLiFASライファスの感覚神経操作は難易度が高いのだ。

　それに……LiFASライファスが創れる幻は、モビルスーツだけに留まらない筈だわ。

『『少し休憩しましょう、シュアル。CombatVibeコンバットヴァイブが僅わずかに低下の兆きざしを見せています』』

　シュアルは一つ、大きく息を吐いた。

「「あら？　あなたが休みたいのではなくて？　私は全然平気よ？」」

『『……解りました、続けましょう。準備はいいですか？　シュアル』』

　シュアルは強く瞬まばたきをした。キッと、キツい瞳をディスプレイに向ける。

「「来て」」

　ディスプレイが、無限の奥行きを感じさせる宇宙空間を映し出した。

・・・・・・・・

・・・・

"YOU HAVE BEEN HITヒットされました.”

"DEATH CONFIRMED死亡確認.”

　ヘルメットの中、額から滝の様に止め処どなく汗が流れ、鼻梁を分けて首筋に消えていく。パイロットスーツの中はビショビショだ。荒い息遣いが耳の中で聴こえる。
　鳴り響いていたメーデーアラームが静まり、眩しいレッドライトが消えた。

『88回目のエイティーエイストライ、終了だ。G2ラウザー、何故、撃墜された？』

・・・・・・・・

・・・・

『ハァ……ハァ……ハァ………………ハァ……』

　P004第３デッキ待機レディルーム──
　セクショナル・コマンド・コンソールに向かって立つバトラーのヘッドフォンに、疲労困憊の呼吸音だけが返って来ていた。

「どうした？　居眠りしてるのか？　G2ラウザー」

　非難するような口笛が、ヘッドフォン越しにバトラーの耳に入った。P004MSチームサブリーダー、Gm2＝キャスパー・テラー大尉だ。
　腕組みをしたまま顔を向けると、同様のインカムヘッドフォンを被ったキャスパーが両手を挙げて首を振っている。バトラーはマイクをミュートした。

「なんだ？　キャス」

　恍とぼけたつもりもなく、バトラーは言った。

「……88回だ。新記録だろう。一番粘ったG1 ジェット でも79回だぜ？」

　キャスパーは痛々しげな表情をした。

「そうだな。根性あるじゃないか。G1 ジェット より物分かりが悪い馬鹿野郎って事だがな」

　バトラーは笑った。

「もう良いんじゃないか？　G2クラウザーも解ってる筈だ。この条件ではどうやっても勝つ事はできない」

「ダメだ。奴が自分で納得するまで、やる必要がある」

　バトラーは笑顔を消して、モニターに映るクラウザーを見た。

「この想定シナリオ A1アルファ ワンは、ただの無茶振りインポッシブルミッションゲームじゃない。これから俺達が遭遇する、一つの正確な可能性だ。もし、A1アルファ ワンが現実になった時、不可能を実感していなければ、奴は判断を誤って──死ぬ」

「そうかもしれないが、しかし──」

『ハァ……この──状況下では……ハァ……ハァ……俺に、勝てる可能性は、ほぼ無い……ハァ……ハァ……』

　クラウザーの返答が聞こえてきた。バトラーはキャスパーに、配置に戻れとハンドサインすると、ミュートを解除した。

「そうだな。しかし、ほぼ無いとは何だ？　具体性が無いぞ。ただの負け惜しみか？」

　モニターのクラウザーが憤いきどおるように拳を握り、自分のヘルメットを2回叩いた。

『休憩させてくれ……ハァ……ハァ……その後、負け惜しみではない事を証明する……ハァ……ハァ……』

　バトラーはキャスパーを見た。マイクのミュートを触って、キャスパーが笑う。

「いいだろう、90分のインターバルだ。何を見せてくれるのか楽しみにしているぞ。全力で休んで来い」

　バトラーもミュートを触ると、笑い声をあげた。

scene 030 熱戦のイヴ～前編～

Fin

and... to be continued