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scene 005 運命のはじまり

「これは……」

 P004のブリッジ後方、高くせり上がったオペレーターシートの上で、オペレート・オフィサー=カイン・インは呟きを漏らした。嫌な予感を含んだ……と言うべきか、何かを怖れている様な声だ。

「どうした?」

 オペレーターシートの下、階段状のシャフトに据え付けられたキャプテンシートに座る、ロイデ・アームオン艦長は、静かに問い質した。

「敵追跡艦隊、進路変更しました!」

 ブリッジに、緊張が走った。

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 第4デッキをぐるりとめぐるキャットウォークの手摺に取り付き、身をひるがえして壁に落ち着くと、クラウザーはエアロックに入った。
 扉を閉め、しっかりと気密を確認する。壁のレバーを引き出し、空気注入の方へ倒した。
 エアロック内の照明がブルーに変わり、空気注入音とともに軽い圧迫感が身体を昇って来る。

 上昇していく気圧ゲージを見ながら、先程のシミュレーション、そしてウィルドの言葉を思い出していた。
 ────天才じゃないですか? 中尉!────
 視界を覆い尽くしていた、嬉々としたウィルドの……暑苦しい表情が浮かぶ。
 ──幻を払い除けるように首を振り、小さく笑った。

(悪い気はしないよな、やっぱり。でも、なんかあいつ、あからさま過ぎるんだよな……照れるよ……)

 深呼吸をして、にやけた表情を戻した。リストウォッチを見る。

(次、明日のシミュレーションまで……382分、か……ハードと言えばハードだけど、インターバルは充分取れるな。さっさと部屋に行って寝よう)

 室内が白色に戻り、気圧調整が終了した。
 入って来た時とは反対側のドアーを開け放ち、クラウザーは伸びをしながら、エア・ロックを後にした。

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「敵追跡艦隊、進路確定! 新進路は、X0.Y0.Z0 スリー・ゼロ! 本艦に向かっています!」

 カインのオペレーションが告げた。

「艦外作業員は直ちに撤収して下さい。ブロックの気密は必ずチェックして下さい」

 即座に、凛々しいソプラノがブリッジに流れた。
 コマンド・オフィサー=シュアル・オファーは、それだけを言って艦内マイクを切り、左手の指先をそっとインカムに添えるように置いて、振り返った。

「戦闘配置、どうします? 艦長」

 アームオンは目を閉じた。
 左手が上がり、撫でるともなく顎に触れた。彼はじっと考え込んでいる様子だった。

 ブリッジの最前席で舵を握る、エレン・マイラード中尉が何か言おうと振り返った。
 無重力の艦橋で、艶やかなブルネットがスローモーションで踊った。

「熱源を……探知されたんでしょうか?」

 沈黙が返答をした。彼女の問を気にとめる様子のクルーはいなかった。

「その可能性は低いです。この辺は、さっきの戦闘での友軍の残骸に守られた、多熱源発生地帯ですから」

 数秒の後、カインと背中を合わせるコミュニケート・オフィサー=アダム・ダムが答えた。
 淡々とした口調だが、明らかにエレンへの侮蔑感がある。

「そ、そうですよね……そうでなくても暗礁宙域ですもの、ね……特定は……出来ない……はず……ですよね…………」

 エレンは細い声で口篭もった。

「敵艦隊とのランデブーカウントは620!」

 カインの声が響く。
 小さく唇を結んで、握る舵を見つめていたエレンが首を傾げた。

「620……秒?」

「……10分ですね。マイラード中尉」

 エレンの呟きに、それを聞きとがめたアダムが応じた。
 後上方からの介添えの声に頭を押さえられたように、エレンはうつむき、なにやら、もごもごと頷いた。

「侮ったつもりはないが……見切られるとはな」

 アームオンは目を開けて、ブリッジ前方のスクリーンを見上げた。
 艦長の反応をじっと待っていたシュアルが、再び指示を仰ぐ。

「第一戦闘配置、コマンドして宜しいでしょうか? 艦長」

「……次からは…………次があれば、だが……裏をかくという事も、考えないとな」

 シュアルの問いには答えずに、アームオンは独白を続けた。
 しばしの沈黙がブリッジを包んだ。
 カインの、遭遇カウントを定期的に刻む声だけが聴こえている。

「艦長!」

 堪りかねたシュアルが強い呼びかけを発した時、アームオンはキャプテンシートの受話器を上げた。

艦長キャプテンだ。
 総員に、告ぐ! 第一戦闘配置!! これよりフォン・ブラウン出航以来、本艦を追跡してきた敵艦隊との交戦にはいる!
 全MS士官はモビルスーツ搭乗後、ノーカタパルト自由発進せよ! 離艦後は動力を抑えて慣性待機!
 アンブッシュ・カウンター・アタック※待ち伏せ迎撃を行う!」

 受話器を置いてシュアルを見た。

「シフトは任せる」

 直ちにコンソールに振り返ったシュアルが、レッドランプをオンにする。艦内にアラームが鳴り響いた。

「アンブッシュ? って……?」

 言いかけたエレンの背中に、アームオンの指示が飛ぶ。

「中尉! MS発進確認後、回頭! 対艦隊戦闘にベクトル合わせ! 推力80%で後進離脱しろ!」

「イ、イエッサー!」

 アームオンに返事を返し、彼女は直ぐに機関を始動させ始めた。

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 クラウザーは、待機レディルームに入っていた。
 パイロットスーツのファスナーを開きながら、スタンドでドリンクを手にした。その時、ヘルメットに艦内一斉放送の音声が流れてきた。
 この艦のコマンド・オフィサーのものだろう、その声は撤収指示を出していた。

 モニターでデッキの様子を見ると、ウィルドたちメカマンがサインを送りあいながら撤収を開始している。
 宇宙を覗かせていたデッキのカタパルトハッチが閉じていき、気密された。

(敵襲? ……な、わけないか……戦闘配置指示、アラーム出てないもんな。移動で加速するのかな? ……でも、わざわざ気密確認まで言うなんて、この艦のコマンダーは細かいんだな)

 笑いがこぼれた。
 くしゃっと潰した、空のドリンクパックをゴミ箱リサイクルボックスに放り投げ、ぐっしょり汗ばんだ髪をヘルメットから開放して息を吐いた。と、後ろで室内スピーカがハウリングした。
 再び、艦内一斉放送が流れ出す。今度は艦長、アームオン大佐だ。

(……なんか、変な艦)

 クラウザーは、また、笑った。

(この艦は可笑しいことが多いな……)

 思わずそんな事を考える。しかし、その笑顔は直ぐに消えた。
 艦長の放送が終わった時、ヘルメットを再びかぶり終えた彼は、デッキに向かって走り出していた。
 クラウザーがエアロックに飛び込むと同時に、全艦アラームが鳴り響いた。

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 鳴り響くアラームの中、シュアルはきびきびと指示を発していた。
 その視線は、コマンド・コンソール・ディスプレイを高速に流れるMS関連の現データを素早く正確に読み取っている。

「MSシフト、ノーマル! デッキは ノーカタパルト自由発進に備え着艦ハッチも開放のこと! MSP搭乗MSより、カウント20でハンガーリリース! 開放MSはマニュアルムーヴ離艦!
 機関起動中ですので微震ありえます! デッキウォール激突、注意よろしく! MSフォーメーションは──」

 指示を出しながら、新参のパイロットが確か行っていたはずのG型シミュレーションの結果が、データ・シートに未だ上がって来ていない事を、彼女は見逃さなかった。

「──で G1から3です! G4は、ハンガーリリースをペンディング! 第4デッキ、ハンガー4のタイプGです! 起動は完了してください!
 Gm1は指揮位置スタンドをキープ! フォローはGm8から11! サプライズ、備えてください! ミッションチャンネルは777!
 全機ラジャーコール! よろしい? ファーストコマンド、オーヴァー!」

 次々に帰ってくる、MSPモビルスーツパイロットのラジャーコールを聞き分けながら、練達したピアニストの様に、シュアルの指がコンソールを滑る。
 瞬時にクラウザーのパーソナルコードを呼び出した。

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 デッキに飛び出したクラウザーのヘルメットに、コマンダーの指示が流れていた。
 非常に早口のように感じるが、実際は走っていても充分理解できる滑らかで無駄の無い声だ。
 発音の正確さとイントネーションの置き方、そしてスピードコントロールが抜群に上手い。

 これならばパニックに陥ってしまった戦闘中でも、彼女の指示だけはしっかり聞こえるのでは無いかと思う。
 それは、パイロットにとっては計り知れない程、頼もしい事だった。

(内容がな、細かい事言うけど……)

 クラウザーはまたしても、まだ見ぬ、この艦のコマンダーを思い浮かべて少しほくそ笑んだ。が、直ぐに真剣な表情に戻った。

(でも……指示の順序や言い方も、上手い)

「けど……」

 MSP搭乗から20秒でハンガー解除指示とは、なんとも早い。
 相当熟練したパイロットでも、パイロットチェッカーをくぐってから20秒で起動完了しろと言われてしまうと焦る時間だ。

(厳しいよな。発艦順序は搭乗順だっていうなら、任せりゃいいのに……)

 緊急発進時に、MSPがMSに乗り込める順など不確定だ。
 MSP搭乗順、しかもカタパルトを使わず、発艦ハッチと着艦ハッチを同時開放して、任意選択の離艦指示がブリッジから出ている以上、カタパルトオフィサーは発艦の指揮を執らない。
 彼等はパイロット主導での発進の補佐にまわる事になる。

 デッキは縦長で、MSが並んで歩きまわれる程広くはない。
 それぞれのハッチはデッキの前後にある為に、一方通行にもならない。

(危険じゃないのか? へたくそいたら絡まるぞ? 機関の振動で、動くとき壁にぶつかる可能性は注意するくせに……)

 違和感があった。

(……! ……そんなに、この艦のパイロットは全員上手いのか?)

 MSPのレベルが全員高いとすれば、確かに、言っておく事は彼等が知り様の無い、艦の機関振動だけだ。
 熟練したパイロットは、同デッキの他の機体に乗り込む仲間の動向も必ず掴んでいる。
 クラウザーの場合は、チーム全員の起動必要時間を覚えておいて、大体の各機体のハンガー解除のタイミングを自分で計る事までするのだが、一律20秒なら楽だ。
 乗った順、20秒遅れの同じタイミングなのだから。
 全員がそのレベルなら、発進混乱はあり得ない。

(ほんとかよ? 凄いよ、それ。かなり)

 こんな手順でもスムーズに離艦できる連中なのだ。そう思い至れば、この指示は現状で最も速い緊急発進スクランブルかもしれない。
 クラウザーは軽い戦慄が背中に走るのを感じていた。

(でもコマンダーは『壁にぶつかるな』まで言うから細かいんだよな)

 三度、笑いながらも、クラウザーはこの艦の搭乗員のレベルの高さを感じていた。

 キャットウォークを巡り、最後尾のG4に向かって遊泳する為、手摺を蹴ろうとして、クラウザーは少し戸惑った。

(いいんだよな? こいつのシート行っちゃって)

 ちらりと下をみる。メカマン達は今、最も激しい戦闘中だった。ウィルドも当然例外ではない。

(ええい! 行け!)

 手摺を勢いよく蹴った。
 G4のコックピットに伸びた搭乗橋へ最短距離を体が流れる。
 橋頭に立つ黄縞の支柱タイガーポールを掴み、くるりとターンしてコックピットへ進路を合わせ、パイロットチェッカーの前を抜けた。
 認証ランプが素早く瞬き、コックピットハッチが緊急開壁した時、コマンダーの彼に関する指示が聞こえてきた。

『──から3です! G4は、ハンガーリリースをペンディング! 第4デッキ、ハンガー4のタイプGです! 起動は完了してください!
 Gm1は──』

(忘れられてないや。G4でコールしてるんだ)

 シートに滑り込むと同時に、ベルトをかけながら素早く予備電源を投入した。
 両手の指先がばらばらに動いてスイッチを弾き、足を滑らせながらヒールトゥで4つのペダルを同時にコントロールする。
 管制モニターに情報が流れ出し、エンジンの始動音が響いてくる。
 メイン電源が入り、オールグリーンサインが点灯する。
 ハッチが閉じ終わり、予備電源をスリープさせた時、コマンダーのオーヴァーコールが聞こえていた。

「G4! ラジャー!」

 全てが同時に行われたようだった。
 クラウザーのオペレーションも、負けてはいなかった。

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「G4、コール確認しました。シミュレーション結果を報告してください」

 パーソナル通信をいれて、シュアルは言った。

(……! ……もう起動終わってるのね、早いわ。……ひょっとして、出せるかしら?)

 コマンド・コンソールの、クラウザーの機体の起動サインがGOになっているのを見ながら思う。

『72%だ! 4機撃墜の、計9回死んだ! さっきのやつ、だろ? 知ってんだ!?』

 即答が帰ってきた。
 きびきびしていて好感が持てる。返答順序も良い。合格と言いたかったが……

「評価を報告してください」

(72%? なに言ってるのかしら。4回撃墜の9回被撃墜はわかるけど、そんなの言われても意味無いわ。……可愛いけどね)

 クス……シュアルの口元が小さく笑った。

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(評価? って?)

 クラウザーは戸惑った。
 何を要求されているのか、ピンと当てはまるものが浮かばなかった。

(……ええい!)

「天才だ! 予想は2週間でACEエース100!」

 一瞬迷ったが言い切った。
 これしか、他に評価は無かった。が……言いながら、少しどぎまぎしていた。

『……はあ??』

 彼の一縷いちるの望みを、あっさりと打ち砕く声が返ってきた。
 凛と美しい声であるだけに、そのストレートな響きは冷たく、クラウザーの胸に突き刺さった。

(……馬鹿と思われた、な)

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「G型実機シミュレーションの、結果表示の、機体完熟度評価を報告してください!」

(ばかじゃないかしら? この彼。……ふざけてるの? 天才?)

 シュアルは思わず、モニターの評価欄に『天才』と言う文字が表示されているシーンを思い浮かべてしまった。
 同時に、彼の言った『予想は2週間でエース100』と言うのが、
 ──2週間で敵100機撃墜できる天才だぜ、俺は!──
という意味かと考えてしまう。
 とたんに、なんだか馬鹿にされたような感覚が沸いた。

(……! ……第一戦闘配置、今、戦闘中なのよ? わかってんでしょう。
 次、セカンドコマンド 行かなきゃ……1秒 争ってるのよ?)

 インカムから、焦った声が返ってきた。

『すまん、コマンダー! それは、自分は見ていない!』

 シュアルの怒りに、呆れる気持ちが加わった。

「G4現状! 待機してください!」

『了か──』

 プッ!!

 スイッチを切った。
 クラウザーの即答のコールも、言い切る事は出来なかった。

(メカニックは、今、こんな事で呼び出せない。
 担当わからないし、ルートして自分でデータ呼んで来るしか……時間かかるわ……いいわ、いらない! あんな馬鹿パイロット!)

 そう見切りをつけると、彼女の表情は即座に切換った。
 高回転でアイドリングされていた、エンジンのクラッチが繋がる様に、頭脳からセカンドコマンドがせきを切って流れ出す。
 滑らかに、シュアルの唇が動き出した。

「キャナーシフト、ノーマル! ドーム展開は機関稼動確認後! パワーレベル60より、iフィールド展開! エリアはフォワード! ミノフスキー散布はレベルC! タイミングはフリーでよろしく!」

 瞳に戦闘情報が映り返り、思考は加速し、判断は飛躍する。
 コマンダーとして指示を出す時、シュアルはいつもそうである様に、心が冷静に研ぎ澄まされていくのを感じていた。

「ミサイルセット! 通常対艦仕様マーヴェリック! 装填は1から6番管! 全管、臨機発射ありえます! ローディングルートはクリアーにしておいてください! 対空砲レールガンは──」

 セカンドコマンドも半ばを過ぎる頃、常に次を思い先の思考をロードしていく彼女の頭脳は、先程の新参パイロットとのやり取りのことを気にかけはじめていた。

(……あの声……ふざけていたわけではないんだわ。……でも、じゃあ天才ってなによ? ……誰かに言われたとか? ありえるわ…………起動、凄く早かったもの。
 独りで収容されたんだし、勝手、わかんないものね。なら、やっぱり重要な戦力? パスはミスコマンドじゃないかしら? G型だもの……)

 指示を続けているシュアルの瞳が曇った。
 明晰なコマンダーの顔に、表情が生まれた。

(……でも、結果、自分で見てないなんて! 言われたからって、普通、天才とか報告する? 自分はエース100とか…………??? 変な言い方よね? 違う意味なのかしら…………パイロットスラングとかで……
 そうかも……私そういうの余り知らないみたいだから。……意味ある報告だったのかも。私が知らないせいで……
 対応、一生懸命だったし、返答は必ず即答だったわ。それに……可愛そうだわ)

 巡る思考は、戦闘とは関係ない方向に向かっていたが、シュアルはそれを自覚していなかった。

「──してください! 全砲ラジャーコール! よろしい? セカンドコマンド、オーヴァー!」

 帰ってくる砲兵のラジャーコールを聞き分けながら、シュアルの走る指先は、クラウザーのシミュレーションデータを呼び出そうとしていた。

scene 005 運命のはじまり

Fin

and... to be continued


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