機動戦士ガンダム 一年戦争異伝 【ゴーストクロニクル】 第12話 ネバーギブアップ 《series000》
「…………オペレーター。旗艦より発進の4機と、狙撃十字展開の先行4機の内の2機が、突入する様だ。見えているか?」
追撃艦隊2番艦のブリッジ。キャプテンシートに座すオルドー・ゼスト大尉が、上方スクリーンを見つめながら尋ねた。その目は不審者を見るように細められ、その声は訝しげだ。
艦の目であるオペレーターに向かって、見えているか? などと、問うたのには理由がある。スクリーンに映る6つの光点は明滅している。その明滅パターンは、彼等が発している友軍識別の為の暗号を複合化した、位置情報を投影しているだけだと告げている。こちらが熱源捕捉しているわけではないのだ。つまり、この6機は動力を停止して移動していることを表しているからだ。
「ぇ…… は! 計測します!」
オルドーはやや首を右に傾けながら、パン! と、指を鳴らした。慌てるオペレーターには情報確認の催促を伝え、キャプテンシートの斜め後方、特製の副長席に座る腹心には 『状況を読み解いて見せよ』の意味を伝えている。
「攻撃部隊の前衛に増援する様です。分かっています。何故、動力停止をして突入するのか……
ゲルググ展開の様子では確認できませんが、当然、無回避運動による直線加速をしていると思われます。その方法は、最速の移動を可能とします。……つまり、そういう事と判断します。交戦中に潜航突入を試みるということになり、そのリスクは極大で、なんと言うか、信じられない戦術ですが……恐るべき大胆さです」
リーレーンの返答は、やや爽快さに欠けている。
「……そうだな。そして、それだけのリスクを負って最速の突入を優先する以上、……減速は考えていまい。交戦空域に留まるつもりなら、回避運動をしながら突入しても変わらん。減速開始のタイミングを少し遅らせれば良いだけだからな──」
後方に、ハッとした様子のリーレーンの気配を感じながら、オルドーは続ける。
「──そう、ゲルググ隊は敵MSに一撃離脱を仕掛けて後、そのまま二頭立てに迫るつもりであろう。それならば、潜航突入は起動して即、攻撃の奇襲になり得る。減速しないのも戦果向上に助する事になる。一瞬で過ぎていくからな」
「突撃機動軍、その名の面目躍如といったところでしょうか」
オルドーはクスリともしない。どちらかというと機嫌は麗しくない様子だ。と、リーレーンは思った。
「……指令の戦術はもっと厚いぞ、リーレーン。
二頭立てに迫るとて、正面方向にはiフィールドが照射されている。ゲルググ隊が二頭立てを撃てるのは、それを過ぎた時だ。
ゲルググの接近を二頭立てが怖れても、その撃墜の為に、万一にでも、
iフィールド照射をしているメガ粒子砲の向きを動かそうものなら、その瞬間、
iフィールドに防がれなくなったビームが二頭立てを粉砕する。だから出来ん。
ゲルググ隊が二頭立てを過ぎたら、そこで勝負は決まる。そして、だからこそ、それまでの間、ゲルググ隊は二頭立てを撃つ必要がない。無駄だからな。そして、同時に、それまでは、二頭立てに撃たれる心配もない。通り過ぎたMS交戦空域に向けて射撃戦を展開しながら、後進加速で二頭立てに迫る気だろう。それならば、追い縋ってくることが予想される、敵MSからの射撃への対策も補完される。そちらを向くのだからな。
戦闘レンジが長大になることも問題はない。ビームライフルだからな。射程の制限は無い。むしろ、遠間での撃ち合いの方が、二頭立てに迫るまでの間を楽にいなせる。ゲルググ隊ならではの戦いだ──」
「確認できました! ゲルググ6機は潜航突入中です!」
バチン! オペレーターの報告に、オルドーは掌打して了解を示した。
「──敵MS隊は先行の前衛隊との近接戦闘、後発のゲルググ隊との長距離射撃戦闘の二面戦闘になる。ゲルググ隊が艦隊を盾に狙撃展開していたままなら、相手にしても無駄ゆえ、割り切って前衛戦にフォーカスできる。だが、こっちからも撃てば堕とせる射撃戦となれば、戦闘を意識してしまう。分かるか? これは挟撃になっているのだ。
更に、艦隊戦型にも指令は気が付いているだろう。敵艦の砲撃に揺らされることなく、敵MSを狙撃できる旗艦の第一砲手が、射撃戦とは逆方向から敵MSを撃つことになる。二重の挟撃だな。この状況、奴等はキツいぞ。
そして、これだけあっても、まだ、それだけではない。……見えているか? リーレーン。最速で押し上げせねばならない筈の敵の迎撃ラインの前進速度がどんどん低下している。もう、止まりそうだ」
リーレーンは、オルドーの視線を追った。上方スクリーン、全体展開立体図示の敵MSの迎撃網が、いつの間にか歪な六角形になっている。
単位時間あたりの移動経歴を表している立方体も、その長さがどんどん短くなっている。確かに、敵MS隊は迎撃ラインを押し上げられていない。
「確かに。一体、何故? 敵方にとって、こちらの艦隊との接近時間の削減は生命線のはず……」
「……制圧射撃だ。手元のデバイスに指令の射撃をコールさせて見ていた。指令が撃つ度に、連邦MSを示す光点が止まる。凄腕だな──」
制圧射撃!? 射圧とは、これ程のものなのか? 何という戦場支配力! ……しかし、オルドー閣下…………何という、慧眼だ! どうして指令の射圧にまで洞察が回るのだ!?
リーレーンは驚嘆した。オルドーは気がついた様子もなく、話を続けている。
「──奴らは相当な足踏みを喰らった。これで、ゲルググ隊が一撃離脱して二頭立てに向かう時点で、我が方が先に母艦に届くことになるだろう。だから、連邦MS隊はターンしてゲルググ隊を追わねばならない。待ち構え攻撃する立場から、追い縋り防御する立場にならざるを得ない。
我らが追い立てられていた状況を、指令はひっくり返したのだ。時間と戦わなくてはならないのは向こうに変わった。戦力的にも状況的にも劣勢な連邦の、唯一の優位性、時間という味方をも奪ったのだ」
……圧倒的だ。もう、オルドー閣下に並んで指揮を執れるだろう、などと、自惚れていた。……まだ遥か先に閣下はいる。並んだから背中が見えなくなったのではない。遥かに引き離されて、その背中を見失いかけていたのだ。
そして、ギュオス・メイ指令。……怖しい戦術家だ。これだけの作戦を、戦場で、立案したのか…………
リーレーンは、ただ、言葉を失っていた。
そして、もう……連邦の勝機は、何もないだろう。ギュオス・メイ少佐……凄まじい戦士だな。
オルドーも、いつしか黙していた。
・・・・・・・・
・・・・
ビームの閃光がメインモニターを切り裂き、コックピットが照らされた。
「ぐ……ぅおお!」
総毛が逆立つ。落雷に突っ込むような感覚に、歯が食いしばられる。スロットルを緩めようとする腕を、気力で支える。
二射目、三射目が、矢継ぎ早に撃ち込まれ、モニターを眩しく染めた。
「うぅ……ぉお……」
全身が狂ってしまったかの様だ。これ以上なく力んでいるみたいに硬いのに、筋弛緩剤でも打たれたのかと思う位、全く力が込められない。
最速の操縦をイメージしているのに、腕が、指が、スローモーションで動いている感じがする。……腰が抜ける、とは、こういうことか?
「や、野郎!!」
思わず頭に浮かんだイメージに、ジェットは怒りを口走った。
手足が……言うことを聞かねえ! 俺はどうしちまった!? わかってる! これは制圧射撃だ! 当たりはしない!! 出来るなら、とっくに殺ってる! くそ! くそ! くそ!!
制圧射撃を初体験しているわけではない。
P004のエースパイロット=G1=ジェット・イェット中尉。歴戦の勇士と言って良い経歴を持つ彼にして、これ程の射圧を受けた経験はなかった。
コンソールで明滅する僚機の光点からは、彼等も同様に動きを封じられた様子が伝わってくる。
…………適応しろ。俺なら、出来る。……慣れろ。潰せ。無効化しろ。
電子音が鳴った。音で吉報だと分かる。見ると、モニターサインが敵機の撃墜を表示している。やったのはG4だ。
「G4!!! ベスジョブ!!」
あらん限りの声を振り絞って、ジェットは叫んだ。孤高の僚機への激励と、そして、腑抜けている自分へ檄を飛ばす為だ。
……よく聞け、ジェット。当たったところで……死ぬだけだぞ?
意味は考えない。自らに聞かせた語感だけに集中する。気が鎮まり、少し力が戻ってくる。
助撃、大破、撃墜……たいした奴じゃないか、G4。こっちの3ポイントは全部、奴の手腕だ。
この、俺様の眼前で、それだけやってくれる奴を、どんな顔かも拝まずに、終わっていいのか、ジェット? いいや!! ダメだダメだ!!!
先程まで、必死に操縦していた腕に余裕を感じ始めた。力が、速度が、戻ってくる。
阿吽だな。ビンビン分かる。G4、お前は俺に、勝るとも劣らない。きっちり、P004MS隊のエース再認定をしないといけないな。
俺もエース認定2回なんだぜ? 三ツ星を賭けてやり合えるとはな! ゾクゾクするぜ!! 必ず、俺のウィングマンにしてやるからな! その為に……
充分に力が溜まった事を確かめる様に、ジェットはスティックを強く握った。よし、いける。
「まず、敵部隊をやっつけないとな!!」
気迫を込めてスティックを引いた。フルスロットルの爆光が、機体を前方に飛ばす。同時にフットバーをスウィングさせて、機体に捻りを掛ける。タイミング、スピード、パワーコントロール、全て完璧にバランシブだ。
力強い螺旋を描きながら、ビームライフルを構える。G1の双眸が輝いた。
・・・・・・・・
・・・・
追撃艦隊に伸びては、その手前で弾けていた何条もの光のラインが、一本、弾けることなく艦隊のすぐ横を抜けた。
『馬鹿野郎! 外すんじゃねぇ!!』
心臓が飛び出るような大音響が、ヘルメット内で暴れ回った。ラマン・ラマ大尉は、思わず握るレバーから手を離しそうになった。
「ば、バカ野郎ォ! そんな大声出すんじゃねえ!!」
逆ギレて怒鳴り返す。彼女は、P004左舷ドームより迫り出す第二メガ粒子砲を繰る第二砲撃手だ。
『いいか、ラマン! 敵艦、4隻5門! 自艦、1隻2門! こっちは何倍撃たれるか、言ってみろ!』
声のボリュームは少しも下がらない。右舷ドームの第一メガ粒子砲手、プロシューター・プロスター大尉は怒鳴った。
「舐めんじゃねえ! 10倍だ!! 発射間隔、出力は計算に入れず。だ!」
『そうだ! 分かってんじゃねえか! だから、お前が1発外すのは、敵さんが10発も外したのと同じってことだ! 10発も外してくれたら、俺なら、その瞬間に静止狙撃が出来るぞ!?』
「あ、あたしだって出来らあ!!」
『そうか!! じゃあ、二度と外すんじゃねえ!! 今、MS隊が喰われたら仕舞いなんだよ! 馬鹿野郎!!』
「う、 うるせえぇ!! 二度と外すか! バカ野郎!!」
なんて! むかつく男なんだ! てめえ絶対モテねえからな! くそ、くそ! 10倍とか、ヤバ過ぎんだよ! 舌噛みそうなんだよ! 震度幾つなんだよ、今、この艦! こんだけメチャメチャに揺れてんなか、当てるだけでもエラいんだよ! あたし、エラい!! くそ、くそ!
スコープの中ではムサイ級敵艦が暴れている。それは、直ぐにフレームアウトしてしまいそうになる激しさだ。
くそ! 敵め! 上手いんだよ! ムカつく! どういう連携砲撃だ! 揺らされるパターンが定まらない! くそ、くそ! 予測が出来ないんだよ!! くそ、くそ!
予測しきれない回避運動レベルMSか! てめえらはあぁ!
────亜光速の弾速を持つビームは避けられない。放たれた瞬間に着弾しているからだ。よって、的を仕留められなかったビームは、撃つ時に既に外れている。この『狙いを外させる』為に、MSは回避運動を行う。
狙えないとは、その回避運動に癖やパターンが見られないレベルのランダムさである事をいう。つまり、狙撃が極めて難しい。
今、ムサイ艦が回避運動をしているわけではない。P004が、絶え間ない砲撃で揺さぶられているのだ。
この状況で、敵の動きを見切るもくそもあるかあ! くそ、くそ!
──!
不意に、閃光が宙空に光ったような錯覚を覚えた。
瞬間、照星を左に振ってトリガーを引いた。同時に、左に飛ぶようにズレたムサイ艦の中心にビームがヒットし、弾けてスパークと変わった。
スコープで見ていても分かる位にムサイ艦が揺れる。ビームが敵艦の照射展開するiフィールド中心、ど真ん中を叩いた事による最大衝撃化が起きた証拠だった。
「あ、あたし! エラい!!」
言って、通話していなかった事に気がついた。
・・・・・・・・
・・・・
そうだ! それでいい!!
プロシューターは心中で喝采を叫んだ。
お前は、神から特別なギフトを授かっているんだ。ラマン。早くその才を掴め。ここに座ってみせろ。……まぁ、馬鹿だからな。……まだまだ、先だろうがな。
ポインターを反射している瞳が鋭く細められ、トリガーが絞られる。スコープに捉えたムサイ艦にスパークが弾けた。
……実際、無理ゲーだ。
この圧力差でこっちが当てるには、勘しかない。揺らされ方がエイムレスだからな。
超人的な射撃勘を持っていない者では、どんなに射撃の腕があっても無理だ。一方的に撃ち込まれながら、揺さぶり返されない敵はMSも狙撃できる。あれよあれよと敗北が決まってしまうだろう。俺達だから、艦砲射撃戦に出来ているんだ、ラマン。
……だが、やはり無理ゲーか……
隣のムサイ艦をヒットしながら、プロシューターは苦渋に皺を寄せた。
もうムサイ級しか撃てねえ。ザンジバル級はキャメルの三角シールドに守られちまった。着弾衝撃を受けない狙撃艦が出来ちまう。
プロシューターは、いいペースでヒットを続けているラマンの様子を確認して、素早く、ザンジバル級を狙撃した。弾けたビームは、やはり、ザンジバル級を揺らしていない。衝撃は手前の3隻へ分散したことが分かる。
……実際、ヤベえ敵だ。
艦隊の連携砲撃の上手さもビビるもんがあるが……あの戦型構築の速度は何だ!? 奴等、最初から動いてた。最大戦速に加速しながら、あの戦型構築も同時に始めてやがった。うちの操舵手じゃ、ちと出来ねえ芸当だろうな。
……単純比10倍ってえ艦砲差なのに、やるか? 普通……
「ラマン! お前は4番標的だけを撃て! 残りは俺が引き受ける!! 徹底的に殴り倒せ! 全弾、センターブローしろ! さっきのは偉かったぞ!」
『え……い、いつもエラいんだよ! あたしは!』
プロシューターは、少し、笑った。
……実際、無理ゲーだ、と……思うがな。
崩しをかけ続けてみよう……やれる事をやり続けろ! やれる事を探し続けろ!! 諦めるのは死んでからだ!
「どうか、見ていてください」
プロシューターは、小さく、呟いた。
scene 012 ネバーギブアップ
Fin
and... to be continued
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