地獄の傍らに立つということ

2020年3月31日現在。
世界中で恐ろしい疫病が蔓延している。


私が暮らしている東京でも、多くの人々の疫病に対する姿勢がここ数日で明確に変わった。刻々と状況は変わり、聞き慣れない強い言葉たちが不穏な予感を纏い私達へ向けて昼夜を問わずに撃ち込まれ続けている。焦燥感からか時が流れる速度はほんの少し変わったように感じる。このような今だからこそ文字にしておかなければならないような気がしたいくつかの想いのようなものを書き残しておきたい。

今、適切な表現かはわからないが懐かしさに似たような感覚がある。

これまでにも何度か同じような感覚を抱いた事があるからだ。

その一つとして九年前の大震災を挙げたい。


当時、私はアンビエント・ミュージックを作り海外のレーベルからのリリースを中心に活動していた。
複数の興味深いレーベルからのリリースを控え、ひりひりしながらも高揚感のある充実した日々を送っていた。誤解を恐れずに言えば、音楽の力をどこまでも純真に信仰していた時期であった。音楽の最も忠実な信徒。


しかしその信仰はあの日からわずか数か月間で、木っ端微塵に打ち砕かれる事になる。

止まない揺れ、繰り返す恐ろしい映像。今と同じように刻々と状況は変わり、聞き慣れない強い言葉たちが不穏な予感を纏い私達へ向けて撃ち込まれ続けた。


音楽の力では到底どうすることもできないような事態を目の当たりにし、おそらく無数の人々がそうであったように、私も無力感に襲われた。
その中でリリースが決まっていたアルバムを何とか完成させたものの、創造する意欲というか、感性のふたのようなものが閉じてしまった。
こんな事をして何になるのだろう、というような気持ちに近かったと思う。


そうして音楽への信仰を失った私は、音楽を一切作ることができなくなってしまった。


それから九年が経ち、再び当時と同じような感覚を抱いている。
しかし、当時と異なり災害や疫病といった大きな不仕合せに対して「音楽(に限らず、全ての表現/芸術)は無力」であるとは思っていない。


その真逆で、こういう時だからこそ芸術が必要だという想いが日に日に強まっている。


「芸術」と一括りにしてしまうと大きすぎるし、現代音楽が芸術に含まれるのかというあれこれもあるだろうし、人によっては芸術という言葉を遠いものに感じてしまうかも知れないので「孤独や傷痕に寄り添い慰めになるもの」と言い換えてみたい。


各々に各々の地獄があり、地獄は例外なくあるものが欠けている。
それは共有できる者の存在だ。
私にとっての地獄は、どうしても拭いきれない罪悪感や孤独感、忘れたい記憶や漠然とした底なしの不安などでできている。
そして、地獄は常にたった一人だ。


しかし、人間は地獄を抱えたまま悲観し続ける生き物なのかという結論には至らない。
なぜならば「孤独や傷痕に寄り添い慰めになるもの」があるからだ。


「孤独や傷痕に寄り添い慰めになるもの」は受け手の地獄を代弁する。
「孤独や傷痕に寄り添い慰めになるもの」は時に大勢の人々の心や空間をつなぎ、一つにすることができる。
地獄の完全な共有は難しくとも、寄り添う事が救いになる。
私が何度も救われてきたように。


そして今、もう一度音楽を作っている。
一度ふたをしてしまった感性を呼び起こすのに少し時間がかかっているけれど、必要としてくれる人の地獄の傍らに立つために必ず完成させたい。
どうか生き残る事を恐れないで、待っていてもらえたらと思う。

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