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彼の手、彼女の手

電車に、高校生の集団と乗り合わせた。男の子数人が押し合いへし合い、夕方の車内は窮屈だった。学ランの黒とシャツの白、電車が揺れると、にょきっと伸びた手がつり革をつかんだ。その手の甲はしっかりと日焼けしていて、わたしはまじまじとそれを見てしまう。遠のいた夏の光景が、ぐんぐん近づいてきたりする。それは目が痛いくらいの白い、夏のグラウンド。

みんな、部活のメンバーなのだろう。何部なのかしら。坊主頭ではないので、野球部じゃない。サッカーかしら。二重の幅の広い、くりっとした瞳の男の子と目が合う。ウーム、サッカー少年っぽい、カオしてる。わたしは目をそらして、また日焼けした手を、見る。つり革のベルト部分を掴んでる。あんなところまで手が届くのね。どうしてまた、男の子というのは、あんなに背が伸びるのかしら。生まれたときは、あんなにちいちゃいというのに。

黄色いチョークで、黒板に問題の答えを書く。でっかいお弁当箱を食べ終えて、ナフキンでつつむ。シャープペンシルの芯を入れる。教科書のページの端を折る。頬杖をつく。プリントを後ろの席に回す。瞼をひっくり返す。体操着の襟元で、鼻の汗を拭く。したじきをうちわにして扇ぐ。眠い目をこする。スパイクの紐を結ぶ。ジャージのジッパーを上げる。サッカーボールを拭く。へこんだロッカーを無理矢理閉める。クリーム色のカーテンを開ける。黒板消しをたたきまくる。石油ストーブにかざす。バレンタインの日には、机の中をまさぐる。

そういう手を見ているのは、あるいは想像してしまうのは、わたしだけかしら、それとも……。さっきファミレスでは、メニューに書いてある小さな文字を見比べて、カロリー談義をしている女の子たちを見た。彼女たちの手は、カーディガンの長い袖に隠れていたのだった。

あの暑くて暑くてたまらなく、長い夏はすっかりどこかへ行ってしまって、後は寒くなるばかり。手はかじかむばかり。男の子の手も、女の子の手も。

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